特殊形式の相撲、とは一体どういうことなのか。
困惑していると、鏑木はマチコと酒井を誘導して、洞窟の中に入ってきた。そして、自分達から見て左側に集まる。
「おれらがこちら側に一列並び、お前らが反対側一列に並ぶ。ここがスタート」
鏑木は、洞窟の出口を指さす。
「洞窟の外が、土俵の外だと思えばいい。……で、あってんだよな、酒井?」
「はい、そうッス、鏑木さん」
どうやら元々ルールは酒井と相談して決めてあったということらしい。リーダーの言葉に頷く酒井。
「相撲ッスからね。土俵の外……イコール洞窟の外に一歩でも出るか、あるいは足の裏以外の場所が地面についたら負けッス」
「……ってところだ、理解したか?」
「ルールは極めてシンプルですね。わかりやすくていい」
ただ、と静が眼鏡を押し上げながら尋ねる。
「特殊形式の相撲というからには、それだけではないですね?ましてや、そちらの一人は女性ですし……酒井氏も、魔法はともかく格闘技の心得があるようには見えませんが?」
そうだ。相撲は、日本古来からの無差別級格闘技。とにかく体重が重く、デカく、力が強い人間こそ有利の勝負だ。
こちらも泰輔以外体格がいいとは言えないが、女とヒョロ男混じりのあちらのチームと比べると幾分マシな印象である。パワーの総合力ならばこちらが上なのではないだろうか。
向こうから仕掛けておいて、あちらが不利なルールを指定してくるとはとても思えない。必ず、何か裏があるはずだ。
「おう、そりゃそうだ。……だから普通の相撲とはでっけえ違いがある」
にやり、と笑う鏑木。
「ズバリ、全員……武器を使っていいことにする。もっとも、今現在持っているもの限定だがな」
「武器?」
「武器がないなら、お前ら魔族は代わりに魔法を選択してもいいぜえ?ただし魔法は一つの属性、一つのスペルに限定する。……こう言えば、お前らにゃ言いたいことは理解できるってなもんだろ?」
「……そういうことですか」
静が眉をひそめる。
「随分と用意周到ですね。私達を倒すためだけに、一体どれほど準備をしてきたというのです?」
何が言いたいのだろう。困惑するミノルに、つまり、と静が説明してくれる。
「彼らは予め三人とも準備してきた、ということです。……武器を使って相手を倒す、あるいは洞窟の外に押し出してもいいとのことですが……我々は登山中、トラブルで穴に落ちた者と助けに来た者だけです。ろくな装備もありません。つまり、武器らしい武器なんて何も持っていない。魔法を選択するしかないのです」
事実だった。実は、ミノルと静はスマホくらいしか道具を持っていない。というのも、万が一泰輔を引き上げるとなった時、荷物があると重量オーバーになりかねなかったからだ。
かろうじて泰輔は荷物も一緒に落ちてはいるが、あくまで持っているのは一般的な登山道具のみ。それも軽いハイキングであったものだからピッケルみたいなものも持っていない。どっちみち、金属バッドのような武器に代用できそうなものもないというわけだ。
対して鏑木たちはゲームのルールを決めた上でこの場所に立っているわけである。武器になりそうなものも持ちこんでいると考えるのが妥当。――なるほど、武器の種類や扱うスキル次第では、女性であっても十分に戦力になり得るだろう。相手を油断させる効果もあるなら、悪い選択ではない。
「そして、彼はわざわざ〝魔法の場合は一つの属性、一つのスペルに限定する〟と宣言してきたわけです。……陛下、問題です。炎属性の最弱魔法は?」
「え?〝Fire〟だろ?」
「その通り。では、先日の四木乱汰とのゲーム内であなたが使ったより上位の炎魔法は?」
「……あー」
ミノルは炎属性魔法ならば、下級から最上位魔法まで使いこなせるようになっている。
乱汰と行ったゲーム内で使った魔法には溶岩を示す〝Lava〟、煉獄を示す〝Purgatory〟などなどの魔法があった。どれも属性的には全て炎に該当し、Fireの上位互換に当たる。つまり。
「同じ属性でも、上位レベルの魔法になるとスペルの名前が変わる……一つのスペルしか使えねえってことは、どの属性の魔法のどの強さを使うか、完全に固定されるってわけか」
「そういうことです。でもって、そんな言葉が出るのはつまり……あの鏑木という男が魔法に関してそれなりに知識を得ているということに他なりません。本人は人間であるにも関わらず、ね」
それも踏まえて用意周到だと静は言ったのだ。
なるほど、これはかなり難しいゲームになるかもしれない。自分達は武器など何も持っていないので魔法を選択するしかないが、魔法を使うならどれを選ぶか慎重に決めなければいけないということだ。
どの属性の魔法にするか。防御にするか、攻撃にするか。っして、どれくらいの強さを選ぶか。
敵が持っている武器いかんでは、防御魔法を選ぶ選択肢もなくはないが。
「防御なんてしゃらくせえ。ガンガン攻撃してぶちのめすのが早いだろ」
泰輔は舌打ちしながら言った。
「それとも何か?静てめえ、一人は防御や回復に回すとか、日和ったこと言うつもりねえよな?」
「個人的には、あまり選びたくない選択ではありますねえ。私はこれでも一応、あなたと違って策士で売ってるものですから」
煽るような泰輔の言葉にも冷静に返す静。
「あなたも知っているでしょうが、防御魔法は対応できる属性や性質が限定されているものが多い。例えば〝Protect〟は物理系のダメージは半減させますが、魔法系には効果がない。逆に〝Barrier〟は魔法ダメージしか防げない」
「補助魔法はどうだよ?Hastとか、速度アップ系の魔法を全体にかけるのも一つの方法じゃないか?」
「なくはないですが、それよりも個々で攻撃できる方が魅力的ではありますね……」
これ以上の相談は内緒でやった方がいいだろう。ミノルは顔を上げて鏑木を見た。
「おい、チーム内で作戦会議させてもらえるのか?」
「いいぜー?どの魔法にするのかじーっくり選べや」
「それと、自分が選んだ武器、もしくや魔法を事前に公開する義務は?」
「ねえな。いざ使ってからのお楽しみってなーへっへっへ」
いざ使ってから。
ということはやはり、鏑木は自分達の武器をギリギリまで隠して不意打ちしたい、ということなのだろう。
特に女であるマチコが何の武器を使ってくるかは気になるところだったが、そこはもう仕方ない。自分達も魔法の種類を公開しなくて済むだけよしということにしよう。
「……どうする?」
そのまますぐ、作戦会議の時間が始まった。二つのチームがそれぞれ離れた場所に立ち、こそこそと耳打ちする形で会議することになる。
出口付近では、洞窟の幅はかなり広いものとなっていた。おおよそではあるが、10メートルくらいの幅はあるのではなかろうか。
洞窟側は同じく10メートルほど進んだところに壁が形成されており、それより奥には戻れないようになっている。紫のドームは洞窟から少し出た森の一部も覆っていて、そこが土俵外という判定になるようだ。
決着は二つ。敵三人を全員洞窟の外に吹っ飛ばすか、あるいは膝をつかせるか、だ。
「おい、お前らが俺様のゲームでやった方法はナシなのか?」
声をひそめて泰輔が言う。
「作戦会議中にこっそり全員に補助魔法をかける、とか」
「それはお勧めしませんね」
ミノルもちょっと考えたテであったが、静がNOを示す。
「あちらに魔族の血を引いた者がいる以上、この至近距離で補助魔法を使ったらバレそうです。その時点でルール違反とみなされて即負けになる可能性があります」
「そうかよ」
「もっと有り得るのは、例えば私がスピードを上げる魔法を使った場合、このゲーム中はその魔法以外を使えなくなる可能性でしょうか。それが、私が選んだ武器と判定される可能性が高そうだなと」
「あー……ありそうだな」
ならば、やはりきちんとどの魔法にするか選ぶべき、ということか。
わかっているのは、あちらのうち二人は人間で魔法が使えないということ。鏑木とマチコはなんらかの武器を使って攻撃してくることでほぼ確定であり、ヒョロそうなハーフの酒井のみ魔法を使ってくる可能性があるということだ。
残念ながら情報不足で、それに応じた魔法を考えるのはやめた方がよさそうだ。仮にアンチ・サンダーを唱えたところで、酒井が雷属性を選ばなければ意味がない。そして魔法防御であるBarrierを使っても、酒井以外の二人の武器攻撃を防げないのでは同じである。そして逆に、物理攻撃を防ぐProtectでは、酒井の魔法攻撃を一切防げないわけだ。
「得意な属性は、俺が炎で、静が風で、五條が雷だっけか?」
二人の顔を見ながら告げるミノル。
「悪いけど俺、空を飛ぶ魔法以外だと炎魔法しか使えねえぞ。つか、五條も雷魔法以外はあんまり得意じゃないだろ?」
「うっせえな」
「私はどの属性の魔法も、回復や補助もできなくはないですが、それでもやはり風魔法が最も得意ですね。……と、これは質問しておくべきですか」
いやなことに気付いてしまった。そんな渋い顔をして、静が顔を上げる。
「そこのお三方、質問です。……魔法や武器で攻撃するならば、相手を死亡させる可能性もありますよね?……万が一プレイヤーが決着前に死んだらどうなりますか?」
「うわ」
その可能性を考慮していなかった。ミノルはしょっぱい気持ちになる。
よくよく考えたらこの特殊形式の相撲とやら、途中で死者が出る可能性もあるではないか、と。
「殺しても反則じゃないぜえ?」
にやにや笑いながら言う鏑木。
「まあ安心しろよ。ゲーム中の怪我や死亡は、ゲーム終了と同時にリセットされる。ま、敗者のチームの人間は生き返った直後にもっかい死ぬけどな」
どうやら、そこは四木乱汰のゲームと同じ仕組みであるようだ。死んでもゲーム上リスクがないし、反則にはならない。しかしそうなると、相手を殺してしまうのも一つ選択肢に入ってくるということである。
当然だろう――死体は抵抗できないのだから。そいつをぶっ殺してしまえば、自動で倒れるし、外に吹き飛ばすことだって可能。良心の呵責がないなら、そういう手段を取るのも戦略ではあるに違いない。
「なお、土俵の外に出た奴、土俵内で足の裏以外をついた奴。そういう途中で失格条件を満たした者は、その時点で終了時までダメ―ジを受けなくなる。巻き添えを食うことはねえ」
でもって、と彼はくるくると指を回す。
「お互いのチームのメンバーが先に全員失格になった方が負けってな。……ま、そんなわけだから慎重に選べや。お前らの身を守ってくれる魔法の種類とやらをよ」