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<73・踊り狂い、舞乱れ>

 一つ、ミノルとしてはどうしても気になったことがある。

 ルール上説明されなかった〝あること〟についてだ。三人で魔法を決めた後、静に対して尋ねると彼も頷いた。


「それは、私も引っかかっていました。……さて、どっちなのでしょうね?」

「魔女の夜会サバトだと、重要なルールの一部をわざと説明しねえこともあるからな」


 ちっ、と舌打ちしながら言う泰輔。


「虚偽の説明をするのは駄目だが、勝利条件・敗北条件以外のことであえて一部のルールを伏せても違反とはみなされない。だから、この魔法を使う奴は、それも含めてルールを推察しながら戦うしかねえ」

「経験者は説得力がありますこと」

「いちいちうるせえよ静!」


 一度ゲームを主催したことのある泰輔だからこそ言える台詞でもあるのだろう。

 何にせよ、これは両方のパターンを想定した上で動いた方が良さそうだ。


「……相手の行動次第で読める、とは思う」


 考えた末、ミノルは結論を出す。


「もしあっちのチームの奴らが……をしてきたら、それをやっても違反じゃないってことでいんじゃないかな。だってさ、このゲームは土俵の外に押し出すか、手をつかせるだけで勝利できるはずなんだ。相手を本来、殺すほどのダメージで攻撃する必要はない」

「そうですね」

「で、それを踏まえて、なんだけど……」


 もし、自分の予想通りのことが起きた場合。

 自分が引っかかっているとあるルールがもし、違反行為ではない場合。

 ある方法を使うことが、非常に有効かもしれない。なんせ、このゲーム三人ともが敗北条件を満たさなければ負けにはならないのだから。


「……てめえの作戦に乗るのは癪だが、ここは乗ってやるよ。俺様も死にたくはねえからな」


 苦々しい表情で、泰輔は言う。


「つか、負けたらマジで殺される……死体さえ消滅ってことになる。んなもん洒落にもなりゃしねえ。腹括れよな、一倉」

「わかってるよ」

「本当にわかってんのか?自分らが勝利した時のこと考えて鬱になってんじゃねえぞ」

「う」


 やっぱり、そこらへんは見抜かれている。ミノルは言葉に詰まった。

 この勝負、自分達が消されるかもしれないというだけじゃない。己が生き残ろうとしたら、彼らを消さなければいいけないというのも問題なのだ。

 負けた方のチームが、消滅する。向こうが設定してきたルールとはいえ、自分達は勝つことによって人殺しになる責を負わなければいけない。その覚悟がない人間は、生き残ることなど到底できないだろう。


「我々が戦い慣れしていない学生であることも踏まえて、そういうルールにしてきたんでしょうね。躊躇いを抱くように。迷うように」


 静が淡々と告げた。


「女性を一人入れたのもそういうことなのだと思っていますよ。どうしても一般の男子高校生は、女性を殴るのに抵抗があるものでしょう?」

「俺、そのへんあんま理解できないやー。女を殴るなっていうけどさ、男相手だって本来殴っちゃ駄目だろ。強いていうならそこは〝老若男女問わず自分より弱い相手を殴るな〟って言っておくべきじゃないのかなあ。なんていうか、今時のご時世に合ってない感ねえ?」

「まったくの同感です。ちなみに私は、外道なら女だろうがなんだろうが容赦なくブン殴りますがね」


 泰輔が不自然に明後日の方向を見ている。まあ、彼は喧嘩でたくさん人を殴ってきただろうからノーコメントなのだろう。

 わかっている。マジな話命懸けの勝負である以上、女であるマチコだって殴る勇気が必要なのだ。そういうルールで喧嘩を売ってきたのはあちらさんなのだから。その上で〝女を殴るなんて最低!〟なんて言い出すような輩なら尚更容赦など必要あるまい。


「そろそろ決まったか?」


 あくびを噛み殺しながら、鏑木が言った。


「お前ら作戦会議長スギー!おれらはとっくに決まってるってのによー!タイム・イズ・マネーだぜぼうやたちぃ」

「よく言うぜ。お前らは準備万端で待ち構えてたくせによ」


 忌々しい、と言わんばかりに泰輔が吐き捨てる。しかし、鏑木もマチコも酒井も、まったく気分を害した様子もなくへらへらと笑っていた。余裕で勝てるから下々の言葉なんぞ気にしません!といった態度だ。


――マジでムカつくわ。しばいたろ。


 何故か心の中で関西弁でつっこみつつ、ミノル達は所定の位置についた。鏑木、マチコ、酒井の三人も反対側の壁際に立つ。

 できる相談は充分にした。あとは、どれほど三人で息を合わせられるかどうか、だ。泰輔が不安材料ではあるが、彼も死にたくないなら無駄に逆らうことはしないだろう。少なくとも、さっきの態度を見る限りでは。


「レディ……ゴー!」


 ぎらり、と境界線を示すように紫の壁が光り、洞窟と外の境界線に白いラインが走った。

 だがミノル達が距離を詰める前に、鏑木はとんでもない手を打ってくる。


「先手必勝だぁ……ぼっちゃんら、これは予想してたかよ?え?」


 なんと、彼は懐から拳銃を抜いてきたのだ。


「は!?」

「この世界は銃刀法ねえのっ!?」


 茫然とする泰輔、思わずツッコミを入れてしまったミノル。そんな自分達の服を引っ張って、間一髪で静が岩陰に自分達を引きずりこんだ。チュイン!と甲高い音がして、ミノルの耳スレスレを銃弾が掠めていく。

 鏑木が早撃ちしてこなかったのが不幸中の幸いだった。なんとか無傷で岩影に飛び込むことに成功する。


「まあ、半グレなら銃くらい持っていてもおかしくないですかね」


 静が様子を見ようと少しだけ頭を出すと、即座に銃撃が来る。彼はそれをどうにかかわしながら、ミノル達に言った。


「魔法がないのなら、アレが最強武器の一角なのは間違いないですし」

「感心してる場合か!?……くそ、あんなのがあるなら距離が詰められねえじゃねえか、クソが!」


 泰輔が悔しそうに吐き捨てる。そう、とりあえず岩陰に飛び込んだはいいが、このままじりじりと距離を詰められたらおしまいだ。

 それに鏑木以外の二人の武器が何であるのかも気になる。酒井も酒井で、魔法と見せかけて銃を持ってきている可能性もゼロではない。


「……賭け、だな」


 考えた末、ミノルは言う。


「静、当初の予定を変更。……お前の武器は〝Tornado〟にしてもらってもいいか」

「トルネード?」


 静が眉を寄せる。その反応は当然だ。トルネードとは、英吾で竜巻の意味。そして、風属性最上級魔法でもある。以前魔法訓練の時、一度だけ見せて貰ったあの魔法だ。

 本来、この狭い洞窟で戦うならそんな強い魔法はいらない。むしろ、威力が大きすぎて洞窟自体の崩落を招く。だから当初の予定では、もう少し弱い魔法を選ぶつもりだったのだが。


「四木乱汰に襲撃された日の授業の内容、覚えてるよな。あやめ先生がやってくれた、実技訓練のやつだ」





『ところが、それができるんです。強大な魔力と強大な魔法、そのコントールを最大限まで行えば。巨大な爆発の力で、小さな的の中心だけ破壊することも理論上は可能なのですよ』




 あの日やったのは、的の中心を魔法で射貫くという訓練だった。ただし、まだ初級魔法しか使えないミノルを除いたクラスメート達は、最大火力の魔法で的の中心だけを攻撃するという制約を課せられている。

 その結果、生徒たちの多くが最大火力の魔法をセーブできず、的そのものを吹き飛ばしてしまったり狙いが逸れたりと四苦八苦していたのだった。

 そう、及第点以上の結果を出したのはただ一人――静だけ。彼だけは、風属性最大魔法の威力を上手にセーブし、見事課題をクリアしてみせたのである。

 静にならできるのだ。強い魔法をセーブして、特定の範囲や威力に留めることが。


「今回の勝負、魔法の属性どころか威力も選ばなきゃいけない。だから弱い魔法を選んだら弱い魔法しか使えないし、強い魔法を選んだら強い魔法しか使えない。そういう制限が課せられることになる……本来なら」


 でも、最大火力の魔法を最小限に抑えることができる静なら。


「あれを、〝Hurricane〟くらいの威力に抑えて、洞窟が崩れない範囲で撃ち放つこともできるんじゃないか」


 連中を風で吹っ飛ばせば、その間は銃弾が飛んでくるのを防ぐことができる。うまくいけば、そのまま一人二人は洞窟の外まで弾き飛ばせるかもしれない。


「……まったく、あれ、私としてもそんなに簡単じゃないんですがね」


 静は肩をすくめて言った。


「……拳銃の弾は、限りがあるはずです。装弾数何発かわかりませんが、必ず補充しなければならなくなる時が来るはず」


 こちらを牽制するためか、鏑木は銃を撃ち続けている。岩のスレスレを狙ってはいるようだが、時々かなり逸れているあたりそこまで拳銃の腕前がいいわけではないのだろう。

 弾幕が切れた時、一気に勝負をかける。


「そこから先は、作戦通りに。まずは、絶対何か厄介なもの持ってそうな女から先に落とす。俺が行くよ」

「了解です」

「仕方ねえ、わかったよ」


 静が、泰輔が頷く。とにかく、油断や迷いがないようにしなければいけない。いくつか作戦のパターンは考えた。以降作戦会議できるタイミングはないだろう。

 状況に応じて、臨機応変に動く他あるまい。


――よし!


 バチュン!と銃弾が跳ねた。そしてカチリ、と空打ちするような音が響き渡る。

 弾切れになった。ならば、タイミングは今しかない。


「GO!」


 三人は一斉に飛び出した。同時に静が極めて小さな声で呪文を唱える。


「〝Tornado〟……!」


 旋風が洞窟を吹き荒れた。ミノルたちがいる壁際から、反対側の壁際まで。


「うおおおおお!?」

「ぐっ」

「きゃあああああ!?」


 それぞれの声とともに吹き飛ぶ三人。壁を触るのは今回ルール上敗北にはならない。流石にこの角度で、彼らを土俵の外=洞窟の外に押し出すのは難しかったらしい。

 行ける、とミノルはまっすぐマチコの方へ走った。女だというだけで手加減したくなってしまう存在。理屈ではわかっていても殴りづらい相手。後に残しておくのは面倒なことになる。


「悪いけど殴らせてもらうぞ、お姉さん!」

「やだあ、女を殴るなんて、ひっどおおおい!」


 マチコはしなを作って、ヒステリーのように喚く。絶対何かある、と思った次の瞬間、彼女が取りだしたのはスプレーのようなものだった。


「女の子に暴力を奮う悪いオトコノコは……そのままお目々が痛くなっちゃえばいいのよ、ばーか!」


――さ、催涙スプレーか!?


 次の瞬間、ミノルの顔面に強烈な一撃が吹きかけられたのだった。


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