目の前に古今東西、あらゆる武器があるとして。女性や力が弱い子供が護身用の武器を持つとしたら、一体何を選ぶのがベストだろうか。
一見拳銃が一番強い武器に見えるかもしれない。遠くから撃つことができ、威力も高く、一発当てるだけで敵を即死させることも可能な恐ろしい武器だ。だがしかしその実拳銃というのはかなりの訓練がいると知っている。実際ミノルたちを狙ってきた鏑木の銃弾がまだ一発も当たっていないのは、純粋に彼の訓練不足が大きいのだろう。
狙いをつけて、引き金を引き、次のリカバリーを考える。簡単に見えて、このプロセスは意外と難しい。射的で遊んだことがあれば理解できるかもしれないが、時間をかけて狙ったところで標的に当たらないことなどザラにあるのだ。玄人はその狙いが正確につけられる上〝狙いを定めるまでの時間〟も短くて済むという話だが、素人はそうはいかない。かっこいい拳銃の早撃ち!なんて読緒度訓練を積まない限り、そうそうできるものではないのだ。
また、反動も馬鹿にはできない。銃の威力を鑑みれば必然で、口径が大きくパワーのある銃であればあるほど無視できない反動が来る。きちんと足腰が踏ん張れなければ後ろに吹っ飛んだり、手首が脱臼することもあると聞く。仮にそうならなくても、狙いがブレることは避けられないだろう。
つまり、力の弱い女性、さほど訓練していない女性に銃を持たせるのはかえって危険なのだ。奪われて、逆に利用されてしまうことも考えられるから尚更に。
だからこそ。
――催涙スプレーは、一般的にも護身用の武器として活用されることが多い。……やっぱ、そう来るよなあ!
ミノルは土壇場で身を屈めていた。マチコが武器にするとすればスプレーかスタンガンのどっちかだろうと踏んでいたためだ。催涙スプレーを顔面に噴射されれば無視できない痛みで体が硬直する。その間なら、女性だって屈強な男を倒せるかもしれない。スタンガンは相手に直接攻撃をぶちこむ必要があるとはいえ、うまくいけば気絶させることも不可能ではない。どちらも武器として相当有効だ。
だが、その時。
「陛下!」
静の鋭い声が飛んだ。はっとして真横を見れば、こちらを銃で狙っている鏑木の姿があるではないか。
「ハッハーァ!ハチの巣にしてやんぜ!」
どうやら今の隙に、弾の補充を終えたらしい。だが、彼の腕ならば狙いをつけてから引き金を引くまでコンマ数秒時間がかかる。ミノルは男が引き金を引けないよう、身を屈めた姿勢のままマチコの真横に体を滑り込ませようとした。彼女の後ろにいれば、さほど狙いが正確ではない鏑木は弾くことができないと踏んだからだ。
案の定、銃弾は飛んでこなかった。だが。
「〝Thunder〟」
「んがあっ!」
体に、衝撃。見ることはできなかったが、すぐに理解した。雷魔法が上から降ってきた、ということくらいは。
マチコの催涙スプレーを避け、鏑木の銃弾を気にしていたのではどうしてもそれ以上に気を配ることができなくなる。ぐらり、とミノルの身体が傾いだ。バランスが取れない。そのまま地面がまっすぐ目の前に迫ってくる。
「まずは、一人」
顔面を強打しないためには、手をつく他なかった。ミノルは真っ先に、失格となってしまったのである。
***
「いいかんじ、いいかんじ!アタシらいいトリオ―!」
わいわいとマチコが飛び跳ねて喜んでいる。相変らず可愛い女だ、と鏑木はにやりと笑った。昨夜、彼女と布団の中で語り合ったことを思い出す。
『ねえ鏑木。……あんた、どこまで上に行くつもりなの?』
鏑木の裸の首筋を指でなぞりながら、同じく生まれたままの姿の女が語る。彼女の髪にキスを落としながら、鏑木は告げたのだった。
『決まってんだろ。おれは、どこまでも登ってやるぜ。かならずビリヤードの№2……あの人の右腕になってやるさ』
『この国を、正しく人間の楽園にするために?』
『おう。あの人についていけば、必ずその望みが叶えられる。そのためには、手段なんか選ばねえ』
かつてこの世界で繰り返された、陰惨な戦争の数々。それを耳にするたび、魔族とはなんて恐ろしい存在なのかと戦々恐々としたものだ。
人間達の中には、奴らと共存共栄をなんて言う連中もいる。だが、人間にはない飢えた牙を隠し持っているような連中と、一体どうすれば手を取り合えるというのだろう?油断すれば、簡単に魔法で寝首をかけるのが奴らなのだ。そのせいで、過去何度人間は魔族にに煮え湯を飲まされてきたと思っているのだろう?
この世界は人間と、人間に従順な魔族だけでいい。
自由意志や権利なんてものを振りかざす猛獣なんか必要ない。奴らが町を自由に闊歩しているのは即ち、猛獣を檻から解き放っているようなものではないか。
動物園で、動物が可哀想だからとトラやライオンを檻の外に出したらどうなるのか?そんなもの、言うまでもなく明らかだ。危険な魔族どもは一生檻に閉じ込めて人間が飼う、それができない場合は殺す。それこそが、唯一人間が幸福に暮らせる道なのである。
だからこそ人間たちは今まで散々、山から人里へ降りて来たクマを容赦なく駆除してきたのだから。
『あの方が、おれを信じて任せてくれたミッションだ。絶対に成功させてやる』
〝あの方〟は鏑木を信じて、この重要任務を任せてくれた。
これは革命の鏑矢に過ぎない。魔王学園アルカディアは、次の魔王を任命する重要な拠点であり、魔族の精鋭を育てる訓練施設でもある。その生徒が学園の外で殺されたなどともなれば、奴らも閉じこもるしかできなくなるだろう。そして、自分達がどれほど人間に憎まれているのかを嫌でも思い知るはずだ。
同時にこれは、人間達に理解してもらうための狼煙でもある。
危険な魔族は野放しにするべきではない。それを排除できる力を持つ者が人間たちの味方をしている。それがわかれば、日和見気味の連中も行動を起こしやすくなるに違いない。
『高校生のガキを殺すのは、そりゃあおれだっていい気分しねえけどな。高校生だとしても、やつらは魔族だ。野に放たれた狂暴な猛獣だ。人間を守るため、おれはそいつらを駆除しなくちゃならねえ。これは、誰かがやらなくちゃいけない聖なる役目なのさ』
『うふふふ……元々愚連隊だったアンタの口から、そんな言葉を聞く日が来るなんてね』
『自分でも驚いてるよ、マチコ。でも、今は本当に充実してんだ。何の目的もなく、暴れるばかりのおれにあの人は目的をくれたんだからよ。……絶対に失敗しねえ。マチコ、お前も力を貸してくれよ』
『ええ、もちろん』
彼女は愛し気に鏑木の首に手を回し、頬のキスを落としてきた。鏑木もまた恋人を抱きしめ、その誘いに応えたのである。
――おれとマチコの絆は完璧だ。でもって、ウチに来て日は浅いし半分は魔族だが……だからこそ、酒井の狂気と忠誠心も本当だと知っている。
作戦は最初から決まっていた。まずは一人を集中攻撃して、失格させるのだと。一番強そうな奴は後に回すのがベスト。そうなった時、狙う人間は一番平凡そうな見た目の少年だった。
ムキムキの五條とかいう奴は、相当喧嘩慣れしていそうだし体格もある。
静という眼鏡の美少年はヒョロそうだが、酒井いわくとてつもない魔力を秘めているとのこと。最強魔法でもぶっぱなされたらこちらも大怪我をしかねない。
ならば残る一人、あまり喧嘩もできなさそうで、かつ静より魔力が低そうな彼に絞るべき。三人の意見は一致していたのだ。
ラッキーなことに、彼は単騎でマチコを狙いにきてくれた。これも予想通りだったのである。チームで一番弱そうな奴から削りに行くのは定石。マチコをあちらが狙ってくるのは当然のことだったからである。
だからマチコは最もカウンターがきく武器を持たせていたのだ。催涙スプレー。軽く、女でも扱えて、かつそこそこ広範囲に攻撃できる汎用性の高い武器。そしてそれを避けたら大きく隙ができる。鏑木が銃で狙い撃ちすれば、簡単にハチの巣にできる算段だった。それが無理でも、最後の一人である酒井がいる。不意打ちで頭から雷を落とされたら、抵抗できる奴はいまい。
――まあ、できれば……奴が失格になる前に、頭をブチ抜いておきたかったんだがな。気絶したみたいだし、まあいいか。
少年は当たり所が悪かったのか、地面に倒れたまま動かない。まあ、そのままおねんねしてくれているならいいということにしよう。
「さあて、こちらのリードだ。残るお二人さん、もうちょい楽しませてくれよ?全然連携できてねえみたいだけどよ」
「くっ」
倒れた少年の周囲に、バリアーのようなものが形成される。これは、さきほど鏑木が説明した通りだ。
『なお、土俵の外に出た奴、土俵内で足の裏以外をついた奴。そういう途中で失格条件を満たした者は、その時点で終了時までダメ―ジを受けなくなる。巻き添えを食うことはねえ』
敗北者は、こうしてゲームから除外される。仮に今ここで鏑木が少年を撃っても、今度は完全なノーダメージだろう。
――ま、説明してないルールはあるんだがな。
それを知っていることも、自分達のアドバンテージだ。この状況では知っていたところで活用できないだろうが。
――奴ら、あんまり仲良しグループじゃないのかもな。……さっきだってそう、マチコを三人で集中攻撃すりゃいいものを、一人だけ飛んできて後の二人は全然動けてなかった。まったく息があってねえ。
まあ、魔法を飛ばした直後だった静が動けなかったのは仕方ないことかもしれない。自分は魔族ではないので詳しくわからないが、酒井いわく〝魔法を使うとその直後は体が硬直することが多い〟とのことである。大きな魔法ほどその傾向が強いのだとか。
――魔法を撃った隙を狙えば、反撃も難しくなさそうだな。
ならば、静は最後に回して問題ないだろう。次は五條とかいうムキムキの奴を狙うべきか。
「酒井。さっきあの静とかいう眼鏡のボウヤが言った呪文、聞こえたか?」
「いえ、小声だったので、聞こえなかったッス」
鏑木の言葉に、酒井はそう答えた。自分も聞こえなかった。本人が小声だった上、口元を押さえて唇を読ませないようにしていたからである。
だが。魔法の種類をそうやって隠したところで、撃たれた技を見れば想像はつくというものだ。
「属性と種類、わかるか?」
自分は無理でも、こちらは酒井がいる。この男はさほど多くの種類の魔法が使えるわけではないが、知識は豊富だ。
「多分、〝Hurricane〟とかそこらかと。風属性の中級魔法だ」
「よーし、わかったぜ」
中級魔法というからには、さっき吹き荒れた風くらいの威力が精々だろう。ならば、そこまで遅るるに足らず。魔法を放った反動も大きいようだし、やはり彼は最後にして良さそうだ。
「マチコ、酒井。……次はあの五條とかいうでけえガキを狙うぞ」
「わかったわ」
「了解ッス、リーダー」
一人ずつ堅実に削ってやる。
このゲームに負けられないのは、自分達も同じなのだから。