ひっかかるのは、あの大柄な少年がまだ武器を見せていないことだ。
静、という眼鏡の彼が風魔法〝Hurricane〟を選んだっぽいということまではわかった。失格した少年も、失格したし気絶しているのでわからないままになったことも別に気にする必要はないだろう。
だが、五條という少年の武器がわからないままなのは頂けない。彼の体格ならば、魔法と武器、どちらを選ぶことも考えられるからだ。魔法だけ警戒していたらナイフが飛んできた、なんてことも考えられなくはない。
ゆえに、鏑木は考えるのである。
――奴らは林間学校の途中だった。荷物も一緒に落ちて来たかもしれねえが、だからって普通は凶器の類なんか持ち歩いていねえはずだ。
これが本格的な登山の途中だったなら、野営のための道具のひとつとしてサバイバルナイフくらい持っていてもおかしくはなかったが、彼らは普通のジャージ姿だしスパイクも履いていない。ほぼハイキング程度の装備しか持っていないと考えて間違いないだろう。
ゆえに、魔法の方が可能性が高い、が。そう確定するのは早計だ。ならば、なるべく早く奴を倒してしまうか、それが無理でもさっさと魔法を使わせて装備を確定させてしまいたいところである。
――静ってやつの魔法がHurricaneなら、飛んでくるのは突風のみ!炎や氷みたく、致命傷を負う心配はほとんどねえ!
「マチコ!」
「ええ!」
マチコが催涙スプレーを構えた状態で五條につっこんでいく。五條は舌打ちをすると、一歩後ろに跳んで噴射をかわした。
「遅ぇよクソ女!そんなすっとろい攻撃、余裕でかわせるっつーの!」
「ああもうっ!」
かわせる。そう言いつつも、泰輔の顔には焦りがある。真っ先に一人削られてしまったことに動揺しているのは明らかだった。同時に、マチコのスプレーをかわした時にカウンターを入れてこなかった。うまくいけば、彼女をぶちのめして失格にできたかもしれないというのに。
考えられることは一つ。なんだかんだいってこの不良ちっくな少年は、女を殴ることには抵抗があるタイプなのだろう。
――は!お優しいこった!
ならば、いっそその紳士的なココロを存分に利用させて貰うとしよう。鏑木はベルトのホルダーに拳銃をしまうと、一気に五條への距離を潰す。
拳銃を選択しなかったのは、マチコと彼の距離が近すぎるためだ。自分の腕前がショボいことは自分でもわかっている。うっかりマチコに当てないためには、時に近接戦闘を挑む度胸も必要だ。
「うらあ!」
「ぐっ!」
鏑木の右ストレートを、五條は左腕のガードで防いでみせた。今度は彼も容赦なくカウンターのパンチを飛ばしてくる。首をそらしてかわしたものの、頬を若干掠めた。凄まじい風圧を感じて、少しだけ冷や汗をかく。体格通りのパワフルで豪快なパンチだ。真正面からもらったら意識がぶっとんでいきそうである。
ならば。
「パワー勝負なんざしねえよボケ!オラオラオラオラオラ!」
手数で勝負。鏑木は容赦ないラッシュを彼に浴びせた。パワーならばこちらが若干下であるようだが、スピードならば負けはしない。もっといえば、こちとら愚連隊になる前は大学でボクシングをしていたのだ。鍛え方が違うのである、鍛え方が。
「ぐ、うおっ……はやっ!」
五條は防戦一方だった。両腕でどうにかパンチを防ぎ続けているものの、殴られればガードした腕にも充分すぎるほど衝撃があるはずだ。実際、肉と骨が軋む感覚に、彼の顔が歪んでいく。やはり、自分のパンチを見切れるほどの腕前はないようだ。防ぐだけでいっぱいいっぱいで、視界がどんどん狭くなっていっていることにも気づいていないらしい。
それはつまり、こちらのチャンスということ。
「く、く、クソッタレがあああ!」
なんとか状況を打破しようと焦ったのだろう。泰輔がやぶれかぶれのパンチを繰り出す。こうも密集していては、静の風魔法によるヘルプもみこめない。自分で状況をなんとかするしかない――彼がそう考えた、そこまでは正解だ。
だが、前のめりになったパンチはそう簡単に当たらない。さらに腰が入っていないからバランスもガタガタになっている。
その状態で、魔法を食らったらどうなるか。
「今だ、酒井!」
「はいッス!〝Thunder〟!」
馬鹿なガキだ。さっき倒されたお仲間と、まったく同じ手を食らうだなんて。
「があああああああ!?」
頭上から下級雷属性魔法を浴びて、五條が白目をむいて悶絶する。やった――そう思った時だった。
「!?」
なんと、五條は雷を貰ったはずなのに、すぐに復帰して走り出したのだった。自分達から離れたところへ猛ダッシュで逃げる少年。なんで動ける、と鏑木は目を剥く。
答えはすぐにわかった。
「〝Anti-Thunder〟……!?まさか、雷属性無効魔法を……」
「!!」
そうだ、確か酒井から、そういう魔法もあると聞いていたような。
だが、アンチ・サンダーの魔法は雷属性魔法にしか効果がない。どんな雷属性魔法も一度だけ無効にできるが、他の魔法に対しては一切効果がないものだったはず。こちらが使ってくる魔法が雷属性だと知っていなければ、そんな〝武器〟を選ぶはずがない。
ということはあの少年、仲間がThunderでやられたのを見てから隙をついてアンチ・サンダーの魔法を選択し、自分にかけていたということか。まさかこのゲームでそんな限定的な魔法を選ぶとは。
――だが、あいつが武器を雷属性を打ち消す魔法にしたってなら、他の攻撃魔法は持てねえはず。なら接近戦しかできないはずなのに、なんで逃げ……。
「か、鏑木さん!」
その時、悲鳴に近い酒井の声が響き渡った。一体なんだ、と思って振り返った鏑木は見てしまう。
倒れていたはずの既に失格になった少年が、倒れた姿勢のままこちらに手を向けていることに。
「〝Magma-Carpet〟」
嘘だろ、と思わず呟いてしまった。
彼の方から真っ赤に燃え盛るマグマが噴き出し、こちらに向かってきたのだから。
――こ、これから逃げるために、あいつは!
「やべえ、と、飛び越えろ!」
「いやああ!」
あれに足を焼かれたら、大怪我なんてものじゃない。ゲーム終了とともに傷は治るとはいえ、痛い思いをするなんてのは論外だ。
――あいつら、気づいてやがったのか……このゲームの穴に!
だとしたら、ハメられたのは自分達の方だ。
鏑木は歯噛みするしかなかったのである。
***
『一つ、どうしても気になったことがあって』
作戦会議中、ミノルは仲間たちにこう尋ねた。
『洞窟に手をつくとか、土俵の外に出て失格になったやつは……ゲーム終了までどうなるんだ?』
鏑木が説明してくれたのは、〝土俵の外に出た奴、土俵内で足の裏以外をついた奴など途中で失格条件を満たした者は、その時点で終了時までダメ―ジを受けなくなる〟ということのみである。もし、人狼ゲームにおける霊界のようによその空間に飛ばされるなら、一時退去になるみたいな言葉を使ったはずだ。
ということは、失格となった人間はその場に、ダメージを受けない状態で場に残る、ということではないだろうか。
『もし、ダメージ受けない状態で失格者が残るならさ。その失格者が、残ってる敵チームを攻撃するのってアウトなのかな?』
『それは、私も引っかかっていました。……さて、どっちなのでしょうね?』
『魔女の
どちらも、ありうる。
だが、もしも失格した人間も最後まで戦闘に参加できるなら、それを利用した不意打ち騙し討ちも可能ということになるはずだ。
『……相手の行動次第で読める、とは思う』
考えた末、ミノルはこのような結論を出した。
『もしあっちのチームの奴らが、俺達を本気で殺そうとしてきたら、それをやっても違反じゃないってことでいんじゃないかな。だってさ、このゲームは土俵の外に押し出すか、手をつかせるだけで勝利できるはずなんだ。相手を本来、殺すほどのダメージで攻撃する必要はない』
『そうですね』
『で、それを踏まえて、なんだけど……』
失格ではなく殺害を狙ってきた場合は、相手にとって〝動ける状態の失格者がまずいと考えている可能性が高い〟ということになる。
つまり、殺意を持って攻撃を仕掛けてきた時点で、失格者はゲームに最後まで参加できると判断するべきだということ。ゆえに。
『一人わざと、失格になっておくのはどう?……この場合、俺が適任だと思うんだよな』
それは、当然理由あっての決断だった。
『この三人だと、俺が一番弱そうに見えると思うんだ。俺、先代魔王の生まれ変わりとはいえ、まだ完全に目覚めてないから魔力も中途半端にしか戻ってない。現時点では静より全然魔力少なそうに見えるはずだ。で、体格で行ったら五條が一番ムキムキで強そうだろ』
『まあ、弱い者を集中攻撃するのが定石ですよね』
『ああ。その上で……俺がわざと、あのマチコって女に単騎突撃して狙われやすくする。でもって集中攻撃を食らう。うまくいけば同時に、あいつら三人の武器を丸裸にできるかもしれねえ』
マチコが搦め手を使ってくる可能性、厄介な武器を使ってくる可能性。初見殺しのものが多いと見込まれる以上、早めに手の内を明かさせるべきだ。
同時に唯一魔法を使える酒井が何を選択しているのかも早めに知りたい。集中攻撃を受けることはつまり、それらを全て後の二人の前に明るみに出すことができるということ。
『攻撃を食らった振りでもなんでもして、適当なところで手をついて失格になってみるよ。でもって、気絶したフリでもしておく。……俺がやられたら多分次は五條が集中攻撃を食らうから……』
全ては、最初に決めた作戦通り。
彼らはミノルを失格に追い込むのと引き換えに、全員の武器を早々に晒すことになった。ミノルと泰輔が、何の魔法を選んだのかもわからないままに。
このゲーム。選ぶ武器が一種類ならば、後出しで選んでもなんら問題がない。何故なら開始時にお互いの武器を明かすシステムではないからだ。
泰輔はそれを利用し、酒井の魔法を見てから自分の武器をアンチ・サンダーに定めたのである。それにより、雷魔法の直撃を食らっても即動けたというわけだ。
そう、全ては、トドメを刺したと彼らが確信した瞬間の隙をつくために。
――五條を集中攻撃していた奴らは、倒れて気絶してると思ってる失格者の俺への警戒が格段に下がってる!
その瞬間に放たれる、マグマ・カーペットという魔法。それは、足元からマグマを噴出させ、対象の足を燃やしてしまうという炎属性魔法の一つだ。不意打ちで放たれたこれを避ける方法はただ一つ。慌ててジャンプして飛び越えるくらいしかない。
だが、空中に跳んでしまえば――次の一撃は防げない。
「かかりましたね」
静がその手をまっすぐ、ジャンプした三人に伸ばした。
「これで終わりです。〝Tornado〟」
「そ、その魔法、は……あ、あああああああ!?」
酒井がスペルを聞いて驚いた顔をしたが、もう遅い。
「ぐおおおおおお!」
「き、きいい!?きゃあああああ!?」
悲鳴を上げてぶっとんでいく鏑木、マチコ、酒井の三人。彼らはそのまま洞窟の外に放り出され、土俵の向こうに弾き出される。
「よっしゃあああああ!」
ゲームセット。
それは自画自賛したくなるほど鮮やかな勝利であったのである。