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<78・未来を導く>

――いやだから!ここ男子校なのになんでそんな噂が当たり前のようにあるんですかねえええええ!?


 ミノルは内心、頭を抱えて絶叫していた。

 魔王学園アルカディアは、魔王の継承者を選ぶ学園だとは言われている。だが歴史を見てみるに、魔王の継承者が必要でない時にもこの学園は普通に開かれているのだ。多分、来るべき戦争のための人員を育てておく側面があるのだろう。実際、戦時でなくてもアルカディアの生徒の多くが、いわゆる魔族専用の自衛隊みたいなところに務めるようになるのだと聞いている。そのあたりは、まだ詳しく教えてもらっていないのでよくわかっていない。

 だが、魔王の継承者うんうんとも関係なく、ここは男子校なのだ。

 左右に座る相手も当然のように男ばかり。にも拘らず、隣に座ったら結ばれる、的な話が当然のように都市伝説になっているのは一体どういうことなのだろうか。


――だ、男子校ってそういう環境なのか?男同士で、継承者関係なく惚れた腫れたするのが当たり前なのか?やっぱりそうなのか?


 いくら心の中でツッコミをいれまくったところで、答えなんか出るはずがない。だって声に出していないのだから。

 そもそも今、食事のお盆をもって並んでいる周囲に親しい者達はいないのである。ミノルがそういう話をぎゃーぎゃーと喚いたところでドン引きせずにツッコミを入れてくれる親切な人間はいないだろう。


――べ、別に……キャンプファイヤーの日を囲んで御飯食べて歌うだけだし。ほ、他に何かイベントがあるわけでもないし……!たまたま隣の席になったらどうとか、そういうわけでは……!


「ねえ、キャンプファイアーの噂知ってる?」


 唐突に、耳に入った声。群衆の中、三年生の誰かが話しているのが聞こえる。


「キャンプファイアーの火を囲んで座るの、完全にランダムじゃん?偶然隣になれた相手とは、親密な関係になれるらしいよ?」

「え、それ、本当?え、映様の隣になれるかな……僕……!」

「高嶺の花狙いだねえ。俺はやっぱり生徒会長の静様かなあって」

「そっちもそっちで相当高嶺の花じゃん!継承者関係なく、静様狙いの人は多いんだからね!?美人だし、落ち着いててクールでかっこいいし……魔法の成績もすっごくいいし」

「大空クンとかも人気だよね。可愛いし」

「あ、それはわかる。めっちゃ可愛いし。でもってかわいい見た目に反してオオカミっぽいのがいい」

「わかるわーそれ」

「あと、オオカミといえば意外と不良の五條あたりがさ……」

「ええ!?あいつ人気あるの!?」

「一部のコアな層にはなかなか人気があるっぽい。ケダモノのように抱かれてみたいとかなんとか……」

「どういう趣味!?」


――いやほんとどういう趣味ー!?


 聞くんじゃなかった!と内心絶叫するミノルである。わからない。この空気が全然わからない。

 はっきり言ってどっかの浮ついた女子なんだと思うようなトークを、男子校で聞くことになる意味も全然わからない!


「それと、魔王陛下はどうなの?陛下、好きな人を継承者に選ぼうとしてるって話だから、あわよくば、だよ?」


――あぐっ!


 ここで魔王陛下、と呼ばれたらミノルのことなのは明らかである。血の気の引いた顔でミノルは声の主を探そうとするが、群衆の中では見つけることなどできるはずもない。


「やっぱり継承権は欲しいもんな、俺達そのためにこの学園に入ったんだし」

「そうだよね。……ていうかヤるとなったらどっち?」

「うーんそりゃ、男役の方がいいだろ、やっぱ。女役痛そうだし」

「だよねー」


――うわあああああああああああああああ!


 もはや絶叫を越えて、断末魔の叫びをあげたい心地である。そんな生々しい話をするのはやめてほしい。

 同時に実感するのだった。


――し、死ぬ気で勝ち続けないと……!


 ゲームに負けたらどうなるか。今更ながら理解させられたミノルであった。




 ***




 で。

 一体誰が隣になるのかと気になっていたら、まさかの。


「なんでお前ー!?」

「それはこっちの台詞だっつーの」


 ランダムで座った席が、まさかの泰輔の隣である。ロマンもへったくれもあったもんじゃない。

 そりゃ、いくらこの学園にキレイどころが多いとは言ってもだ。こいつと恋人同士になるなんて、そんなこと1ミリも想像できいないのである。

 静は先生に呼ばれているのか、周囲を見渡しても見つけられなかった。恐る恐る、ミノルは泰輔に声をかける。


「お前まさか……先生に頼んで俺の隣になったとか言わないよな?例の噂?都市伝説?みたいなのを真に受けて……」

「あ?噂ってなんだよ?」


 泰輔は本気で意味がわからないらしく、キョトンとしている。どうやらキャンプファイアーでとなりになると結ばれるうんぬんというのは、知っている人間と知らない人間がいるらしい。――彼は本当に、たまたま隣になってしまっただけであるようだった。正直安堵するミノルである。さすがに、泰輔相手に惚れた腫れたを考えるシュミはないのだ。

 なんにせよ余計なツッコミはしないでおくべきだろう。ある意味、継承者や色恋を狙う見知らぬ生徒が座るよりマシだったと言えなくもないのだから。


「わけわかんね。たかが飯食って歌うだけだろ」


 泰輔はため息まじりに言った。あぐらをかいて座り、カレーを乗せたおぼんを膝の上にのっけている。


「さっさと食べた方がいいぞ。時間そんなにねえからな」

「あ、う、うん……」


 なんだろう。反応が普通すぎて、逆に怖い。ミノルも今日の晩御飯、カレーライスに目を落としたのだった。

 カレーを見ると、どうしても子供の頃を思い出してしまう。ミノルの家では、カレーライスが出る頻度が非常に高かった。しかし、小さな頃はカレーがあまり好きではなかったのである。入っているものが苦い、と感じてしまったがゆえに。


――思い出すな。小さい頃、俺カレー嫌いだったっけ。……母さん、カレーに何故かピーマン入れてたからなあ。


 ピーマンのせいで、カレーというものが辛い、ではなく苦い、というイメージがついてしまっていたのである。最初はピーマンのせいだとわからなかったので、母は首を傾げていたのだった。カレーが嫌いな子供が世の中にいるということが想像できなかったのだろう。同時に、ピーマンを入れるのが当たり前になりすぎて、子どもに不人気の食材であるということもすっぽぬけていたと思われる。

 世間のカレーには、ピーマンが入っていることが少ない。

 学校の給食で初めてカレーを食べた時普通に美味しくて驚いたものだった。そこでようやく、ピーマンはカレーの具材としてそこまで一般的ではないということを知ったのである。

 それ以来、母は残念がりながらもカレーにピーマンを入れなくなった。――ミノルがピーマンを食べられるようになったのは、中学生になってからのことである。


――肉詰めピーマンとか、青椒肉絲チンジャオロースなら食べられたんだよな。それから、ピーマン自体が食べられるようになって。懐かしいや。


 ぱく、と一口カレーを食べる。やっぱり、家で食べる味とは違う。鶏肉、ニンジン、じゃがいも、玉ネギ。玉ネギの大きさが、家で食べるそれよりも大きかった。家だと、よくルーに溶けるようにとかなり細かく刻んでいたのである。

 ルーの味も、少し辛め。弟のカオルが甘党ということもあって、我が家では甘めのカレーがよく出るのだ。


――母さん、自分の好みより、家族の好みを優先してくれてたんだよな。


 帰りたい。そんな気持ちが強くなる。早く帰って、母のカレーが食べたいと。

 だが同時に、帰りたくない気持ちも出てきてしまっているのだ。元の世界に帰ったら最後、自分はもう二度とこの世界に来ることはできなくなるだろう。静たちとも、永遠に別れなければならない可能性が高い。


――最初は、早く帰りたくて仕方なかったのに。……いつの間に、だろう。帰りたいと帰りたくない、の気持ちが同じくらいになっていったのは。


 カレーを口に運びながら、今日までのことに想いを馳せる。

 二つの世界をもっと自由に行き来できたなら、こんな風に悩まなくて済んだというのに。何故異世界転移なんてことができる魔法があるのに、都合よくドラえもんのどこでもドアは存在しないのだろう?


「ホームシックか」

「!」


 唐突に声をかけられ、ミノルは慌てて顔を上げた。みると、あっというまにカレーを平らげたらしい泰輔が、じっとこちらを見ている。


「忘れてたけどお前、別の世界から来たんだっけ。元々の世界では人間だった、と」

「あ、まあ……うん。魔族がいない世界だったし」

「そうか。……そうだよな」


 何が言いたいんだろう。泰輔は初めてみるような表情で、燃えるキャンプファイアーの火を見ている。

 パチパチと爆ぜる火の粉が、時々こちらまで飛んできた。温かい風と、赤い光の渦。その奥に、何か特別なものが見えてきそうな気がするから不思議だ。炎が何かを語るわけでもないというのに。


「陽介が」


 ぽつり、と泰輔は告げる。


「さっきな。……楽しそうに他の奴らと喋ってたんだ。トラブルもあったが、山登り自体は結構楽しかったみたいだしな。頂上の出店で買い食いもして、かき氷が美味かったらしい」

「あー、いいなあ。俺達頂上に行けなかったから」

「ああ。山登りは二日目もあるだろ。……一日目は残念だったけど五條さんも明日は一緒に買い食いしましょうよー、とか言いやがった。山登りじゃなくて屋上広場の屋台目当てかよ、ってつっこんじまったぜ。まあ山登りも楽しかったんだろうが」

「花より団子的な?」

「間違ってねえかもな」


 なんとなく、彼が何を話したいのかわかった気がした。だから、ミノルは黙ってそれに耳を傾けることにする。

 この男がいつになく真剣なのは、充分伝わってきたからだ。


「俺は……どうせ、明日死ぬかもしれない日々が続くなら。未来に期待するようなことなんか、何もない方が幸せだと思ってたんだ。陽介だってそうだろうって。でも、あいつは……そうじゃなかったんだろうなって。そういう風に考えるのは、俺様のエゴだったんだろうなって」


 からん、と空の皿の上で、スプーンが音を立てる。


「だから……悪かった。林間学校の前、お前らに言った言葉。……マジで、悪かったよ」

「ん」


 なんだ、と少しだけおかしくなってしまった。

 不良ちっくな見た目と言動をしているくせに――こいつは、ちゃんと人に謝れる人間ではないか、と。


「全然、気にしてない。……あいつのこと心配してた、それだけだろ。お前なりにさ」


 むしろ俺からもお礼言わせてくれよ、とミノルは笑う。


「今日のゲーム、お前が頑張ってくれなきゃ勝てなかった。ありがとな、五條」

「……おう」


 炎が爆ぜる音がする。

 多分、本当はもっともっと語るべき言葉はあったのだろうが――今はきっと、これだけでも充分なのだろう。

 自分達は今日も生き残った。その結果、また誰かが笑顔になれている。


――きっと、それでいい。


 考えるべき問題が山積していたとしても、とりあえず今は――きっと。


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