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<82・ザ・夏休みの宿題地獄>

 夏休みになれば、学園から人は少なくなる。夏休み期間中は、許可さえ出れば実家に帰省することが許されるからだと聞いている。

 何故〝許可さえ出れば〟なのかというと、住んでいる地域の治安状況いかんによっては許可が出ないケースがあるからだそうだ。例えば人間の反魔族組織が繰り返しテロを起こしているような地域。そんなところに魔王学園の生徒が帰ればどうなるかは火を見るよりも明らかである。学校側としては、生徒の安全のためOKすることはできないのだろう。

 もう一つ。過去に帰省してトラブルを起こしたことのある生徒も許可が下りないパターンがあるらしい。まあ、こっちに関しては自業自得である。その他実家の方から「こっちに帰すな馬鹿野郎!」となんらかの事情で突っぱねられた場合も却下。生徒が路頭に迷うとわかっていて外に出すわけにはいかないからだ。帰すな、の理由は家との関係悪化が原因であることもあるし、実家になんらかの危険があって子供を迎えたくないから拒絶してくる場合もあると聞いている。

 また、そもそも帰省申請を出さない生徒も少なくない。

 例えば静は身寄りがないので帰るところがないらしいし、泰輔は「卒業するまで戻ってくるな」と言われているらしく夏休みに帰ることはないとぼやいていた。他にも数名、それぞれの事情で帰らない生徒はいる。

 また夏休みいっぱい帰るのではなく、短期間だけ戻る者もいなくはない。

 いずれにせよ今は丁度日本でいうところのお盆の期間ともあって、学園にいない生徒は半数以上に上るのだった。


――だから、人が少ないのはわかるんだけど。


 それにしても、いなさすぎ、である。

 ミノルは着替えて校舎に向かいながら思う。


――静は帰省先ないし。大空ももう少し後で帰るって言ってたよな?なんでどっちもいないっぽいんだ?


 まさか教室にいやしないよな、なんて思いながら三年一組の教室の前へ行く。

 すると中から、悲鳴のような声が聞こえてきたのだった。


『むりむりむりむりむりむりいいいい』

『あはは、なんか、空にたくさん音符が浮いてりゅう……』

『先生を呪えば減るかな、そうかなー?』

『お前ら落ち着け、マジで落ち着け頼むから!!』

『うごおおお、死ぬるう、我はここで死ぬるのじゃああああ』

『たあああすうううけえええてええええ……!』

『この世は、地獄、デス』

『どっかで聞いたセリフだぁ、あひひひ、あははははっ……』


 いやな予感しか、しない。

 恐る恐る教室のドアを開けたミノルは、思わず叫んでいた。


「え、ちょ、何があったあああああ!?」


 机に突っ伏して魂を飛ばしているもの、床にうつぶせで倒れているもの、窓によりかかって呻いているもの、明後日の方向を見てちょうちょを追っかけているもの。

 おおよそ十数人がおかしくなっている。まさに教室の中は、死屍累々の有様だった。


「あー……ミノルはん、おはよーさんやあ……」


 そんなミノルに気付いてか、美琴が死んだ目で手を挙げてきたのだった。

 なお彼は机に突っ伏して、まさに屍と化していた人間の一人である。




 ***




 実は魔王学園は、三年生の人数が一年や二年より少ない。

 その理由は、毎年一定数退学者・留年者が出るから、だとミノルは聞いていた。

 それは厳しいカリキュラムについていけずに自らやめる者、金銭的事情でやめざるをえない者もいるにはいるが、一番多いのは成績不振での退学だという。ちなみに一回単位が取れなかっただけならば留年で済むが、二回目はないのでもう一度単位取得に失敗した時点で退学処分が下されるらしいのだ。なんとも恐ろしい話である。

 中間試験や期末試験、長期休暇時の課題などなど。成績は様々な要因で決定される。

 この学園は最終的に魔族のリーダーになれる者を選び、同時にそのリーダーを支えることができる優秀な兵士を育てるという側面がある。基本的な魔法の知識や一般常識を身に着けられない生徒は魔王軍候補生として相応しくないとみなされてしまうというわけだ。

 それはつまり、三年生まで留年せず生き残っていた時点であの五條泰輔のような生徒もそれなりの成績を保っていたくらいには優秀だったということになるわけだが。


「……おはよーさんやあ、じゃないって」


 ミノルは呆れ果てて言った。


「つまりここでぶっ倒れている皆さんは、夏休みの課題が終わらなくて死にかけてると」

「そういうことやな」


 美琴はぐちゃぐちゃになっていたノートをどうにか元通りに直しながら言った。


「ちなみにうちのガッコ、レポートを未だに原稿用紙で書かせるんやで」

「は!?なんで!?」

「AIに書かせて誤魔化す人が続出して、先生がブチギレたからやねん。あと資料をまるまるコピペする輩やな。あと、手書きの原稿用紙なら、他の人のデータをそのまま改変して提出するなんてこともできひんし、まる写しするのも手間がかかるやろ?せやから、このご時世に超アナログやねん」

「そ、そうかあ……」


 そのへんは令和日本でもよく問題になっていた話である。確かにAIによる不正やコピペを防ぐために、アナログというのはある種対策として優秀なのかもしれない。

 だが、それは添削する先生も大変なのではなかろうか。もしくはスキャンすると勝手に文字をデータ化してくれるソフトでもあるのだろうか?この世界の科学技術は令和日本より進んでいるようだし、充分考えられる範囲ではあるが。


「課題も、みんな同じじゃないんすよねえ」


 床に転がって現実逃避していた社が言った。


「例えばテストの成績が良かった生徒は、夏休みの課題もかなり減らして貰えるんす。裏を返せば、中間や期末の点がよろしくなくても、課題次第で挽回できるってことなんっすけどね。……自分は赤点の常習犯なんで、とにかくこれ終わらせないと、詰むんっす……。うち、留年できるほどのお金ないし」

「ならそんなところで寝っ転がって現実逃避してる場合じゃなくない?お前何やってんの?」

「天国にいるおじいちゃんにお願いしてるっすー!少しでも頭良くなって、あの鬼ムズの数学ドリルがソッコーで片付きますようにって!じいちゃんたのむ、自分に、力を!ぷぁわーをおおおおおお!この祈り、届けええええええ!」

「他力本願してんな!」


 駄目だこりゃ、と思う。同時に、ふとあることに気付いた。

 どうやらこの学校、夏季休暇中の課題の量が基本的にナイトメアモードである、ということで有名らしい。教室に詰めている生徒たちは、それなり程度の課題を片付けようという気持ちがあるからこそここにいるのだろう。

 つまりこの課題から逃れるために、あらゆる手段を講じようとする生徒がいてもおかしくないわけで。


「……林間学校の後から、魔女の夜会サバトでゲームを挑んでくる生徒が増えたんだよな」


 ミノルはジト目になって彼らを見回す。

 今まで静が露払いしてくれていたし、現在でも頑張ってはくれているのだろう。しかしそれでも足りないくらいの数の生徒が、急にミノルにゲームを仕掛けてくるようになったのだ。


「今のところ全部勝ってるけど。ここにきて急に、自分を継承者に選べー!って勝負しようとしてくる奴が増えたのってさ……なんか関係してたり、する?」

「ご名答」


 パチパチパチ、と美琴が手を叩いた。


「ていうか、ミノルはんは知らんかったん?……ミノルはんと関係を結んで、正式に継承者になった人は……その時点でこのガッコ、卒業扱いになるねんて」

「マジ!?」

「本人が希望するならその後も授業受けることはできるんやけどな。受けなくてもええし、課題もやらなくてもええっちゅうことになってる。……確かにみんな、元々は魔王の継承者を目指してこの学園に入っとるし、ミノルはんが記憶を完全に取り戻すまで様子見してた人も多いんやろうけど、うん。記憶も結構戻ってきとるみたいやしー……」


 何より、と彼は続ける。


「この鬼のような課題地獄から逃れられるなら、さっさと継承者に選ばれて卒業してしまうのが一番ええって考える人も、少なくないやろね」

「ええ、えええええ!?そんな理由!?」


 勘弁してくれ!とミノルは頭を抱えた。

 実際昨日なんか大変だったのだ。勝負を挑んてきたのが『昆虫大好きクラブ』の生徒だったため(再三になるが、うちの学校はヘンテコな部活がやたらめったら多いのだ)、ゲームの内容も虫だらけだったのである。

 先に水色の毛虫を捕まえた方が勝ち、というゲーム。けして難易度は高くなかったし、結局ミノルが勝ったからそれはいいのだが。


――もう二度とあんなのやりたくねええええ!


 そもそも毛虫に笑顔デスリスリと頬ずりし、時にアレルギー症状を起こしても「我が人生に一片の悔いなし!!」と宣言して毛虫の海に沈んでいくような人間と一緒にしないでほしいのである。こちとら、毛虫に触るだけでさぶいぼが立つ程度には普通の人間なのだ。いかにゲーム用に用意された毒のない毛虫ばかりと言われたって、その中をかきわけて水色の毛虫を探す作業がどれほど苦行であったのかは言うまでもない。

 いや本当に、勘弁してほしい。なんせ大量の毛虫たちは、下着の中にまで入ってきてものすごく気持ち悪かったのだから!


――その前は、謎の計算勝負を挑まれたしなあ……。


 『数学溺愛しちゃってるクラブ』の者達から挑まれた勝負も散々なものだった。なんせ、暗算対決なんてミノルにできっこないゲームの内容だったからである。

 それがどうにか成立したのは、こちら側に静というブレインが一緒にいたからだろう。静が一人で数学溺愛しちゃってるクラブのメンバー二人をぶっ倒してくれたのでどうにかなったようなものだ。あれも、別の意味で二度とやりたくないゲームだった。その日の夜は夢の中にまで数字が乱舞して大変なことになったのである。


「……お前らも、大変なの、な」


 いや、自分も自分で大変でしたけどね、とは心の中だけで。このまま話が流れていくと、この場でゾンビになったクラスメートの一人からやぶれかぶれの勝負を挑まれかねない。

 ここいらで撤退しようかな、とそれとなく出口に向かおうとしたその時だった。


「そういえば、ミノルくんは夏休みの宿題終わったんっすか?」

「……ハエ?」


 社の言葉に、すっとんきょうな声を上げるミノル。

 自分はこの学園の普通の生徒ではない。授業を全て受ける義務はないし、テストだって参加しなくていいことになっている。だから当然課題も何も関係ないはずだが。


「ちょ、まさかミノルくん、先生の話聞いてなかったんすか!?」


 ミノルの様子を見て、慌てたように社が体を起こした。


「魔王陛下だって、最低限知識は必要だし、記憶を復活させなきゃいけないでしょ!というわけで課題は出てるし、職員室に取りに来いって兆野先生が言ってたじゃないっすかああああ!」

「ハイイイイイィィィ!?」


 ナニソレ聞いてないんですけど!

 ミノルはその場で大絶叫したのだった。


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