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<83・ヘルプミー静様!>

「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバーイ!!」


 ミノルはパニックになって、職員室へ走った。すれ違った先生の一人に「廊下は走るなよー」なんて注意を受けたが、そんなことを聞いている場合では、ない。


「宿題いいいいい!どこおおおおお!」


 まったく心当たりがありませんし、聞いてもおりません。そういうミノルの様子に気付いたのか、その場に残っていたクラスのメンバーの殆どが心底気の毒そうな顔をした。

 というのも夏休みは、既に三分の一以上が終わっている。鬼の課題山盛りの他のクラスメートたちよりだいぶマシだろうとはいえ、この学園のルールに慣れていないミノルがこなすのは相当厳しいだろうと思われたからだ。


『……あのですね、ミノルくん』


 社が、それはそれは気の毒そうにミノルに言った。


『この学校の夏休みの課題って、すっぽかすって選択肢が皆無なんす。理由はいくつかあって。……まず一つが、課題が終わってない生徒は部活動なんかも大幅制限されるし、外出許可もまず出ないってことなんすよね。なんならある程度終わる見込みがないと帰省許可も取り消されるケースが』

『ナンデスト?』

『もちろん成績はガタ落ちするんで、それで留年とか退学なんかになるケースもあるっす。あとは……宿題終わらなかった生徒はその名前を堂々と貼りだされて、みんなの前で公開説教&反省文を朗読させられるっす。その反省文、めっちゃ書き直し要求されるんである意味修行も同然で……。あ、一部でも終わらなかったら同じ刑罰っす』

『ナンデスト?』

『先代魔王陛下が、宿題終わらなくて〝公開処刑〟を食らうって恥ずかしいどころではないかと』

『ぐおおおおお!!』


 それは、嫌すぎる。いや、自分は全科目やらなくていいだけあって、少しは希望があるはずだ。精々一般常識テストと、魔法学のレポートとかその程度のものだろう。そうでなければ困る。夏休みの課題が終わらなくて反省文書かされる魔王様なんて、一体どこのコメディ漫画だと言いたい!


――で、できるできるできる!俺は魔王俺は魔王俺は魔王……い、一応前世の記憶も戻りつつあるし、魔法の知識だってある程度覚えてるつもりだし、実際前世でちゃんと戦えていたんだし大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫……!


 そう己に言い聞かせながら、ミノルは職員室に向かった。願わくば兆野あやめ先生が所定の位置に置いてくれたと思しき課題の内容が、可能な限りうすっぺらいものであることを期待して。

 ところが。


「この世界には、神様も仏様もおらんのやなってぇぇぇ!」


 職員室に、あやめ先生はいなかった。しかし彼女の机の上、課題箱と書かれた半透明のトレーの中にきっちりミノル用への課題が入っていたのである。

 思わず関西弁になって突っ込んでしまうのも道理だろう。

 それがこう、辞書かと思うくらい分厚い束ともなれば!


『先代魔王、一倉ミノルくんへ(はぁと)』


 あやめはハートマークつきで、ミノルへのメッセージを残していた。


『魔王様は他の生徒のみんなと違って現代文や数学の課題がないし、その分魔法学のレポートとドリルを多めに詰んでおきましたー!あ、ドリルに答えは付属してないから、答え見て映して提出とかできないのでそのつもりでぇ!』


 まごうことなき鬼である。

 いくらミノルが、魔法学の授業だけは真面目に出ていると言っても、これでは!


「俺、死んだ……」


 そこで、真っ先に思ったのはコレである。

 そうだ、静に助けてもらおう、だった。




 ***




 だがしかし。

 もう一度寮に戻ったものの、やっぱり静の姿はない。彼は帰省していないはずなので、学園のどこかにいるはずなのだが。


『静はんに教えてもらうつもりなん?……まあ、その様子だと、それしかあらへんって感じやんな』


 一度教室に戻り、美琴に尋ねる。ミノルが絶望的な顔で分厚い課題の束を抱えているのを見て、美琴は心底不憫そうな顔をした。最終的に科目が偏っただけで、ほぼ自分達と変わらぬ量の課題を出されたと知ったからだろう、一気にクラスメートたちの目が同情的なものに変わる。


『あの人、孤児院出身やし帰る場所もないはずやけど。でも、学園のどこに行ったかは……そのうち部屋に戻ってくるんちゃうか?』

『そのうち、じゃ駄目なんだよお……!今日から、今日から手をつけないとこれは絶対間に合わないからあ!』

『そうは言われてもなあ……』


 どうやら静が何処に言ったのかは、美琴や社もまったく知らないということらしい。

 ただ静は成績優秀ということもあって、他の生徒と比べると出された課題の量は最小限で済んでいるはずだ、とのこと。また、彼のことだから夏休み入って数日で終わらせている可能性が高いらしい。

 他の生徒は他人を助ける余裕なんぞないが、静ならばヘルプを頼める可能性は高いだろうと教えてもらった。


――どこだ、静!魔王陛下がピンチだぞ、お助けたもれっ!


 自分でも意味がわからぬ単語を心の中で唱えながら、ミノルは一度部屋に大量の課題を置いてくると、そのままグラウンドへ飛び出したのだった。コンビニやドラッグストア、スーパーなどの施設があるのがこの学園である。そのどこかに静が行っている可能性は充分考えられるだろう。

 と、その時だった。


「あ、魔王陛下ー!ミノルさまー!おーいおーい!」

「んあ?」


 グラウンドから、突然ミノルを呼ぶ声が。誰か、と思ってみれば。


「雲雀?」


 同じクラスの九重雲雀ここのえひばり。サッカー部のユニフォームを着た彼が、ぱたぱたとこちらに駆けてくるところだった。




 ***




 雲雀はいかにも爽やかなサッカー少年といった見た目の人物である。金髪碧眼、ミノルの目から見ると白人風の外見に見える。太陽の下を走り回る部活をしているはずなのに、全然日焼けしない白い肌が眩しい。身長190cm、とにかくスピードが武器のエースストライカー。

 今まで何度かサッカー部に入らないかと勧誘を受けていたのだが、そのすべてをミノルは断っていた。もう一度サッカーをする気になれなかったのと、この世界のマジカルサッカーは少しルールが異なるせいで足をひっぱりかねないと思ったからだ。

 ゆえに、最近は勧誘の頻度が下がっていたのだが。


「は?助っ人?」

「そうなんッスよ、この通り!」


 なんと雲雀は、両手を合わせて助っ人を懇願してきたのである。

 ちなみに正式なサッカー部員でなくても、同じ学校の生徒ならば大会に出ることは可能。彼が懇願しているのは、マジカルサッカーの大会初日の試合の参加であるようなのだが。


「実はよりにもよってレギュラーの一人が、そのタイミングでどうしても試合に出られなくなっちまって」

「なんでだよ!?そんな急に……」

「親戚の都合。法事をぶちこまれたらしいッス……。この学園の生徒って、家庭の事情が複雑な奴も多くて、簡単に断れないんだよな」


 それを言われてしまうと、こちらとしてもそれ以上つっこめない。

 だが、よりにもよって大切な初日の試合で、レギュラーの一人がいなくなる。なかなか不運としか言いようがなかった。

 しかもマジカルサッカーの要である〝魔法要員〟の一人であったというのだからどうしようもない。


「マジカルサッカーについてはルールよく知らないだろうから、簡単にこれだけ言っておくんだけど」


 雲雀は困ったような顔で続けた。


「マジカルサッカーは、試合中に魔法を使って相手を牽制したり、妨害することが許される特殊なサッカーでして。うちの部は普通のサッカーの大会とマジカルサッカーの大会の両方に出てる。日程は被らないようになってるから大丈夫なんスよ。で、マジカルサッカーも、特別な装具を嵌めることで人間も疑似的に魔法が使えるようになって、だから人間たちとのチームでの試合も成立してるんスけど……魔族側は、魔族本来の魔法で戦うのがルールなんスよね」

「なるほど。ひょっとして、ルール上魔法を使える人間は限られてたり?」

「そうッス。特にサッカー向けの魔法を使える人間を選び抜いて、魔法要員として据えてるんッス。これは、フォワードとかディフェンダーとかと兼任だと思ってもらえれば」


 よりにもよって、その魔法要員の一人が欠けてしまったという。

 もちろん自分達は魔族だから、他の部員たちだってみんな魔法は使える。それに、控えの選手だっていないわけじゃない。

 が、あくまでその選手を要に作戦を立てていたので、初戦で抜けられるのは非常に痛いのだという。しかも、よりにもよって第一回戦で強豪校と当たってしまったというのだ。


「メンバーのエントリーまではまだ時間があるから、今から別の助っ人を入れて提出することは可能なんッスよ」


 でもって、と彼は言う。


「確か魔王陛下、サッカー得意だったッスよね?頼むッスよミノル様ー!オレらを助けてくださいッス!大ピンチなんッス!このとーり!」

「そ、そんなこと言われても……」


 正式な部員ではなく、一日だけ。これは逆に魅力的な誘いに違いなかった。一日助っ人で参加するというのならば、それ以降でいなくなっても他の部員たちに迷惑をかける必要はないだろう。

 ミノルだってサッカーをやりたい気持ちはあったし、こうやって頼りにされるのは嬉しい。自分のサッカーの技術と魔法があれば(といっても現状本当に限られた魔法しかまだ使えないけれど)少しは役に立てるかもしれない。それは喜ばしいことだ、とは思う。

 だが、ここで頷くわけにはいかなかった。というのも。


「……雲雀、誘いは嬉しいんだけど」


 ミノルは空中に四角いマークを描きながら言った。


「俺な。……ナツヤスミのアレが終わってなくてだな。というか、俺にも課題出されていたことに今気づいてだな。……アレが終わってないと、部活ってかなり制限されるんじゃなかったっけ?」

「……マジ?」


 そう告げると、雲雀はものすごくしょっぱい顔になった。この様子だと雲雀は終わっているのだろう。彼はこのチャラそうな見た目に反して成績優秀だと知っている。


「うわあ、うわあ……そ、それは、その、ご愁傷様?」

「それで、終わらせるために静を探し回ってるわけ。あいつの力を頼れば、早急に終わらせられるかもしれねえけどさあ。……静どこに行ったか、知らねえ?」

「ええ、静様?うーん」


 雲雀は少し悩んだ後、「あ」と声を上げたのだった。


「そういえば静様って、結構校長先生に呼び出されてるらしいッスよ?ひょっとしたらそっちにいるかも。見に行ってみたらどうッスか?」


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