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<85・秘密、宿題、試練、挑戦>

 ミノルの話を聞くと、静は露骨にしょっぱい顔をした。京堂も似たり寄ったりの表情である。

 明らかに歓迎されていないのはわかっていた。何故ならば。


「……陛下が、サッカー部の面々を助けたいと思う気持ちはわかります。試合を助けつつ、彼らの警護をしたいという気持ちは否定しません。実際対策を打つ必要はありましたしね」


 ですが、と静は続ける。


「危険であるのは言うまでもない。今度の相手はテロ組織です。魔族の評判を落とし、皆殺しにするためならばどんな手段も厭わない相手。……魔女の夜会サバトを使ってきた時点で、組織の下っ端連中や四木乱汰の方がまだマシだったかもしれないほどです」

「わかってる。真っ当にゲームで決着なんかつけさせてもらえない可能性が高いんだろ」

「でもって……現在これが最大のアドバンテージなんですが。陛下の顔と名前は、学園の外に公表されておりません。つまり、あなたが先代魔王だと人間たちはみんな知らない。ビリヤードだって掴んではいないでしょう」

「まあ、そうだろうな……」


 前回、下っ端三人と戦った時のことを思い出す。




『三対三。負けた三人は死ぬ。でもって、その死体は消滅する。……生き残るのは、勝った奴だけだぁ……ふひひひっ』




 鏑木のあの様子。マチコも酒井もそうだが、全員ミノルの顔を見てもなんの反応もなかった。ミノルが先代魔王であり、別世界から継承のために連れてこられた存在だと知っていたらもっと浮足立っていたはずだ。ミノルはまだ誰にも魔王を継承していない。その前にミノルを殺すことができれば、魔族側の大幅戦力ダウンは間違いないことなのだから。うまくいけば、そのまま壊滅に追い込むことも不可能ではなかったことだろう。

 魔王を引き継ぐ学園である、ということは知っていた様子なので、単純にミノルがそうだと知らなかったのだと思われる。上から知らされていなかったのか、トップの不可思議も知らないのかは現状定かではないが――学園内の情報統制がしっかりしているのならば、後者の可能性が高いだろう。


「万が一俺に何かあったら、魔王学園としての損失は計り知れない。……そういうことだろ」


 ミノルはぎゅっと拳を握りしめて言った。


「なら簡単だ。俺が死ななければいい」

「陛下、でも……」

「危ないってのはわかってる。でも、あいつらが危険に晒されるのがわかった上でほっとくなんてことできるはずがないだろ!」


 大会を中止にする、という選択肢はない。

 というのもこの手のテロ組織の場合は、大会を中止にしたら標的を別のところに変更するだけだというのが目に見えているからだ。ただ雲雀たちに涙をのんで貰えばいいなんて単純な話ではないのである。

 言い方は悪いが、彼らが標的になるとわかっている現状、囮になって貰った方がいい。

 計画そのものを大幅変更させるより、土壇場で奴らの計画を失敗させて現場にいる組織の者たちをしょっぴいた方が遥かにダメージがでかいはずだ。仮に計画変更になった時、次は萬屋組でも情報を掴めない可能性がある。というか、恐らく向こうが〝情報が漏れた〟と気づいていないこの状況が唯一無二のチャンスなのだ。

 先日戦って思った。マチコと酒井はともかく、鏑木は目的のためならば自分の命をも厭わない様子だったのである。最後は笑いながら死んでいった。あんな人間が、ビリヤードにはごまんといるのかもしれないのだ。

 それこそ魔族を皆殺しにするためには、爆弾を積んだトラックで群衆に突っ込んで自爆する――くらいの真似はやりかねない。ならばそんな大惨事になる前に、水際で食い止めるしかないではないか。


「俺は空を飛べる魔法もあるし、自分で言うもなんだけど炎属性の魔法だけならかなり使えると思ってる。多少は戦い慣れもしてきたつもりです。ちょこっとだけど……補助魔法も練習したし。……自分の身くらい、自分で守ってみせます」


 どっちみち、アルカディアが標的にされているのであれば他人事ではない。

 そのような狂った思想で、仲間を犠牲にすることなんてできるはずがないのだ。


「よろしくお願いします、校長!俺を、サッカー部の助っ人として試合に出させてください!校長だって、いろいろ警護つけたり対策はしてくれるんでしょう?」

「……確かに、そうだが……うむ」


 暫く考え込む様子の校長。やがて、発された言葉は――。


「時にミノルくん。君は、夏休みの課題は終わっているのかね?」

「……ファ?」


 思いがけないものだった。それは、ミノルが静を探していた理由であり、ぶっちゃけ今の話を聞いてぶっとびかけていた件である。

 思わず変な声が出てしまった。固まるミノルに、京堂は容赦なく告げる。


「いやね、兆野先生から連絡が来ていたんだ。君がいつまでたっても夏休みの課題を取りに来ないもんだから、ボイコットするつもりなのではないかと……」

「い、いやそれは、その、先生の話を聞き落としていただけで。ていうか、そんな場合じゃあ……」

「いいや、そんな場合だとも。というのも夏休みの課題が終わっていない生徒は公式試合に出られないというのが、うちの学園の規則だからねえ」

「ほわっつー!?」


 社が言っていた言葉を思い出す。課題が終わっていない生徒は部活動を制限される、と。具体的にどれくらい制限がかかるかわからなかったので、雲雀には曖昧な返事を返しておいたのだが。


「あ、あの量を……試合の日までに終わらせろ、と?」


 ミノルの視線は自然と校長室の壁に向かっていく。そこにかけられたカレンダーを見て言葉を失った。

 マジカルサッカーの大会は、普通のサッカー大会と日程がずれていることもあって夏休み下旬から始まるという。はっきりとした日付は聞いていないが、下旬というからには二十日以降なのだろう。

 仮に二十日だとした場合、宿題のために使える残り日数は――。


「まさか、陛下、本当にまったく、1ページも終わらせてないんですか?」


 静が呆れ果てて言った。


「さすがに言葉がないですよ。先生、ちゃんとあなたに言ってましたよ?あなたにも課題用意したから、ちゃんと職員室に取りに来るようにって」

「……キイテ、ナカッタ、デ、ゴザイマス……」


 ロボットのようにかくかくと首を振りながら言葉を返すほかない。いや本当に、申し訳ないの一言に尽きる。


「確かに大会の警備は大事だが、だからといって君だけ特例で規則違反を許すわけにはいかんからな」


 京堂はにこにこと笑って言った。


「それに、課題をこなすことは君の実力の向上にもなる。君はまだまだ魔法に関する知識が少ない。炎属性と飛翔魔法以外の魔法がろくに使えないのも問題がある。兆野先生のことだ、きっと君の苦手を克服できるような素晴らしい課題を考えてくれているだろうさ」

「そ、そうは言われましても……」

「どうしても困っているなら、そこにいる静くんに手を貸してもらうといい。彼はもうとっくの昔に終わっているそうだからね」

「さ、さすが……」


 やっぱり終わっているのか。ミノルが尊敬のまなざしで見れば、静は呆れつつも肩をすくめたのだった。


「原稿用紙二十枚のレポートと一部のドリルくらい、普通三日で終わるでしょう?私は他の生徒より少ないですしね」

「……少なくてその量なん?」


 ドリルはわからないが、少なくとも原稿用紙二十枚を書くのはそんな簡単なことではないと思うのだが。しかも、社と美琴の話によれば生成AI対策でデジタル原稿がNGになっているのである。手書きでよくぞ、と言わざるをえない。


「……やっぱり宿題、やらなきゃダメ?」


 素晴らしい課題とか言われても、まだ内容を見ていないのでなんとも言えないのは確かで。

 それに、二十枚のレポートとドリルを三日で終わらせた人に言われても、どうしても説得力というものがないわけであって。

 ミノルは思わず縋るような目で尋ねると、校長と静は揃ってはっきりきっぱりと告げたのだった。


「「ダメ」」

「……デスヨネー」


 どうやらここはもう腹をくくるしかないようだ。令和日本の高校でも、お世辞にも成績が良いとは言えなかったミノルである。正確には、死ぬ気で勉強して進学校に入ったはいいが、そこから先授業についていけていなくてヒーヒー言っている、というのが正しい。

 この学園の授業レベルは、自分がいた学校以上だと踏んでいる。そんな中、あの五條泰輔でさえなんだかんだと課題と試験をクリアして留年せずにここまで来ているのだ。ミノルがぐだぐだ言っているのはあまりにも恥ずかしいというものだろう。


「……わかったよ、もう。静、教えてくれ。なんとか試合の日までに終わらせるから。……校長、エントリーまではいいんですよね?」

「ああ。ただし、課題が終わっていなかったら当日試合には出さないから、そのつもりでな。両立できるのであれば部活には参加していいぞ。そこまでは禁止せんからな」

「ハァイ……」


 そのまま静と一緒に戻ろうとしたところ、京堂は「ちょっと待て」と呼び止めてきた。


「静くんにはもう一つ話したいことがある。……ミノルくんは先に寮に戻ってなさい」

「ん?わかりました」


 なんだろう、とミノルは静の手に持った紙の束を見つめて思う。ビリヤードの件、以外にも何か報告があるのだろうか。

 とりあえず校長室を出たはいいが、扉を閉めて一歩進んだところで聞こえてしまった。


『静くん。いつまでも内緒にしておくつもりなのか?』


 内緒。

 その言葉に、思わず足を止めてしまう。


『君の献身は見ていて胸が痛いほどだ。……ミノルくんに近づく不埒な輩の露払いも続けているようだしな』

『それが私の仕事ですから』

『本当に?ただ、君に与えられた任務だから、というだけなのか?』


 京堂が声をひそめて言う。


『ミノルくんの記憶も戻りつつある。いずれ全てを思い出すだろう。だが……記憶が戻ることと、感情を思い出すことは別だ。そして、現在のミノルくんの気持ちとルカインの気持ちは似て非なるものだろう。……特定の生徒に肩入れするべきではないのが儂の立場だがね。それでも、君が選ばれてくれたら嬉しいという気持ちはあるのだよ』


 だから、と彼は続ける。


『君から想いを伝えにいってもいいはずだ。……思っている以上に、残された時間は長くないかもしれないぞ。よく考えておくといい』

『……わかっています』


 静の言葉は、どこか消え入りそうだった。何かを強く、葛藤しているように。


――内緒?秘密ってことか?……何を?


 やはり彼の前世はフレアだと、そういうことなのだろうか?そう悩むミノル。

 残念ながら、その場で答えなど出るはずもなかったけれど。



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