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<87・駆け抜けるフィールド>

 課題と並行して、ミノルはサッカー部の練習に参加させて貰うようになった。

 まずは通常のサッカーがどれほどできるか、である。サッカー部を引退してからも一応ボールを蹴ったり体を鍛えたりということはしていたが、それでも仲間とトレーニングをするのは久しぶりだ。鈍っていたらむしろ足を引っ張ってしまう、と思っていたところだったのだが。


――視線、バレバレだぜ。


 まずは紅白戦。

 真正面から突進してくるサッカー部の二年生を、ミノルは迎え撃っていた。彼は紅チームなので、紅色のゼッケンを着ている。ミノルは白チームだ。

 さっきからちらちらと左側に目線をやっているのには気づいていた。ミノルと相対する直前、左サイドから走りこんできている紅チームの三年生にパスをするつもりなのだろう。時折誤魔化すように右サイドの一年生もチラ見するが、明らかにこちらが本命なのが透けている。

 そうなれば、タイミングを見計らうまでのこと。

 二年生がパスを出そうと足を振りぬいた直後、ミノルは彼から見て左側に飛び込んでいた。ドンピシャリ。仲間にパスしようとしたボールは見事、ミノルの足元に収まっている。


「貰った!」

「え、ええ!?」


 なんで読まれたの!?と言わんばかりの顔。すぐに立て直さないと追いつけないというのに、呆然としている暇があるのだろうか。

 ミノルは彼の横を悠々と抜けていく。当然、紅チームのメンバーが両サイドからプレッシャーをかけてきた。

 正面に一人、両サイドに一人ずつ、合計三人。さて、どう抜くのが正解か、と素早く頭を回す。


――真正面のこいつはスイーパー……最後の砦。こいつを抜いたらもうキーパーだけだから、そのままシュートしてもいいが……。


 それでも決められる自信はある。しかしここで考えたのは、自分はあくまで助っ人だ、ということ。そしてこのサッカー部が、どのようなプレイヤーを欲しているのかということだった。

 これはチームカラーと言っていい。個人技を重視するチームもあれば、連携を重視するチームもある。そのチームによって当然欲しい選手のタイプは変わってくるというものだ。ミノルの分析通りなら、このチームは個人技が突出した選手が雲雀くらいしかいない。ゆえに、連携で圧をかけて敵を翻弄するのを主な作戦としている。さっきのプレッシャーのかけ方もそうだ。

 ならば。


「そらっ」


 敵のスイーパーの正面に来たところで、ボールを高々と打ち上げた。それも真正面ではなく、ミノルから見て右サイドに、だ。

 何故なら見えていたからである。ミノルに集中するあまりぽっかり空いていたスペースに、白組の一年生が走りこんできているのを。


「な、しまった!」


 振り返ってびっくりする少年を置き去りにして、ミノルは一年生がパスを受け取るのを確認する前に走り出していた。年には念を。彼がシュートをミスしたら即座にカバーに入れる人員が必要。

 いや、それ以前にこのシュートの成功率をできる限り上げておきたい。つまり。


「み、見えない……!」

「だろー!?」


 一年生とキーパーの間に駆け込み、それとなくブラインドになったのである。今回紅組キーパーに選ばれた少年は二年生だったが、身長174cmあるミノルと比べてだいぶ小柄だった。彼にとっては突然現れた壁も同然だろう。

 一見するとシュートコースをキーパーと共に塞いでしまっているようにも見えるかもしれないが、問題ない。さっき見た、この一年生のシュートならば――。


「はああああ!」


 一年生が放ったのは、アウトフロントキックにより回転をかけたシュート。自分達を避けるように、ボールは弧を描いて飛んでいった。目隠しされている状態のキーパーに、その軌道を読んで止めることは至難の業だろう。


「ああっ!」


 小さく上がる悲鳴。ネットが揺れ、キーパーの足元にボールが転がった。

 ホイッスルが鳴った。今回の紅白戦はミニゲームであり、一点先取で勝利というルールだったのである。これで白チームの勝利、試合終了というわけだ。


「お疲れ様!」

「お疲れ様です、一倉先輩!」

「お疲れ様でーす!」

「ありがとうございましたー!」


 それぞれ挨拶したところで、ベンチから見ていたひとりの少年が駆け寄ってきた。三年一組、ミノルのクラスメートでありサッカー部のキャプテンである九重雲雀である。


「流石ッスね、ミノル様!サッカーのスキルは申し分ないッス!流石魔王陛下、そこに痺れる憧れるう!」

「褒めすぎ、褒めすぎ!……俺の世界じゃもう引退してたからさ、勘が鈍ってたらどうしようかと思ったけど何とかなって良かったよ」


 それは心の底から本心だった。初めて参加するチーム、初めての場所での試合。いくら助っ人とはいえ、参加するからには全力を尽くさなければいけない。

 魔法の面ではどうしても自分は足手まといになりかねないし、サッカーの技術だけでも貢献しなければどうしようもならないと考えていたところである。少しでも役に立てそうなら、本当に良かったと思う。


「いくつか気になったプレイがあるんッスけど、質問しても?」

「どうぞ」

「じゃあ、まず質問一。パスを奪った時、なんであっちにパスするってわかったんスか?あいつ、右サイドにも視線やってフェイントかけてたッスよね?」


 あいつ、と雲雀が示したのは、最初にミノルがパスを奪った二年生だ。彼から見て左サイド(ミノルから見ると右サイド)にいる三年生にパスをしようとしてミノルに奪われた形だった。確かにあの局面、一年生にパスを出す可能性もゼロではなかったのだが。


「さっきみんなのミニゲームを一通り見させてもらって、得意不得意は大体把握したんだけどさ。あの二年生の彼、正面突破苦手だろ?体格も細いし、ドリブルに課題がある印象だった。だから、そのまま俺をターンとかフェイントで抜いてくることはないだろうなって思ってたんだ」


 その上で、両サイドに味方。

 ミノルの実力はわかっていなくても、レギュラー差し置いて助っ人としてキャプテンが連れて来たというのは知られているわけだ。ならば警戒するのは当然。ドリブルに難があるなら、リスクを取るのは避けることだろう。

 パスのコントロールはかなり上手い印象だったし、ならパスを出すと考えるのが妥当。でもって。


「視線がさあ、一年生の方を見る時と三年生の方を見る時で明らかに違ったんだよな。それでどっちがフェイントか結構明らかだったというか」

「あー」

「それで、パス先にいた三年生の方、三組の三上みかみだろ?副将で、中盤の要だ」


 ミノルは視線を、三年三組の三上青みかみあおの方へ投げる。そこには195cmの縦にも横にも大きな体を持つ、マッチョ体型な少年がいた。他の紅組メンバーと反省会をしているのか、こちらの視線には気づいていない様子だ。


「あいつは突出した能力はないが、凄くバランスが取れてる。取り立てて欠点がないし、特に足腰の強さはピカイチだ。……さっきのミニゲームでもそうだけど、このチームの人間って困ったら雲雀か……もしくあの三上にボール集めがちって感じだったんだよな」

「うわ、バレてる。……それで?」

「だからそっちにパスするとヤマ張った。八割はイケると思ったしな。あと、俺の後ろに白組の二年生がカバーに走ってたから、失敗してもそいつが拾ってくれるだろと思ったよ」


 それと、これも気になっているだろうから説明しておこうか。

 最後のシュートの場面での選択だ。


「もう一つ。俺がゴール前でスイーパー抜いてシュート決めなかった最大の理由は、このチームが個人技より連携を大事にするタイプだって思ったからだ。なら、俺も個人技アピより連携アピした方がポイント高いんじゃね?と思ってなー」


 それに、理由はもう一つある。それは。


「あとあとー、シュート決めたあの一年生な。あいつパワーもスピードもないけど、コントロールなら俺より上かもしれねえってレベルで凄いと思った。野球のピッチャーで言うなら、コントロール抜群の変化球投手ってかんじ?相手にあわせていろんなボールを撃てるし、ピンポイントで狙い撃ちもできる。……さっきのゲームでゴールポストにブチ当てて押し込んだの、あれ狙ってのことだろ?」

「すご、そんなところまで見てたんスか!……ひょっとして、あのキーパーの体格ならブラインドになれると思って飛び込んだのも計算ずく?」

「もちろん」

「おおおおお!」


 ぱちぱちぱちぱち、と嬉しそうに雲雀は手を叩く。ここまでわかりやすく賞賛されるのは、悪い気がしない。

 さっきのゲームは勘もあったし、それがぴったりハマって本当に良かったと思う。


「ミノルさんの最大の武器は、その視野の広さと判断力、分析力ッスねえ。チームのみんなの武器をもう把握してるのもすごいし、後ろに目がついてんじゃないのって思うくらいみんなの動きもよく見えてるし。ほええ……」


 これなら安心ッスね、と彼はうんうんと頷いた。


「サッカーの技量はまったく問題ない、ってことがわかりました。とすると、次はマジカルサッカーの場合はどうなのか、ってことッスねえ」

「すまん、俺はまだルールも知らねえんだ。魔法を使ったサッカーってことと、人間サイドも魔法が使える装置を使うってことだってのは聞いた。あと、魔法を使う人間は人数が決まってる、ってことも」

「あ、そこまでは知ってるんスね。了解了解」


 そう言うと、雲雀はベンチのところまで行き、何やらダンボールから備品を取り出した。それは、銀色のブレスレットのようなものである。それをぱちり、と自分の左腕に嵌めてみせる。


「これが、目印なんス。マジカルサッカーでは、チーム内で三人だけ魔法を使うことを許されるんスよね。正確には、フィールドに立っている人間のうちの三人、ってところなんで……ベンチにいる人間と交代しても問題はないッス。これをつけた人間は〝ウィザード〟という名称で呼ばれるんッス。ディフェンダーとか、フォワードとかと兼業ッスね」

「それをつけると魔法が使えるのか?」

「ルール上使っていいことになるってだけで、この腕輪自体はただのアクセサリーッス。ただし、人間サイドは腕輪に組み込まれた疑似的な魔法を使うことができるので、同じ見た目のまったく性能の異なる腕輪を身に着けるわけですが」


 なるほど、今雲雀が手首につけているのはただの腕輪、らしい。魔族は何もしなくても魔法を使うことができるからだろう。


「で、どうやってバランスを取るのかというとー、実は!」


 にやり、と雲雀は笑ってこう告げた。


「マジカルサッカーにはずばり、魔女の夜会サバトの魔法を使うことになってるんッス!」


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