雲雀いわく。
魔女の
「マジカルサッカーの場合、主審が必ず魔族の血を引く人間になるんス。ハーフでもクオーターでもいい。最低限、魔女の
「でも、審判はゲームに参加しないんだろ?あれって、発動した人間が参加することが絶対条件なんじゃないのか?」
ミノルがそう尋ねると、「知らなかったんッスか?」と雲雀は目を丸くした。
「発動者は、代理人を選んでもいいんスよ。つまり、自分の代わりにゲームをやってくれる人達ッスね。ただ、自分自身の命や命運を賭けない分、少し制約は厳しくなります。例えば、負けた側は死ぬ……みたいなのは駄目だったはずッス」
彼が説明してくれたところによると。
おおよそのルールそのものは、サッカーと変わらない。ただし負担が通常のサッカーより大きいということもあり、通常前半三十分、後半三十分。また、補佐として魔女の
「魔女の
ぴん、と指を一本立てて説明する雲雀。
「例えばリバーシで勝負!って話だったとするでしょ?リバーシでは一ターンに一枚しか置いてはいけないし、不利になってムカついたからって対戦相手をぶん殴っても駄目でしょ?」
「そりゃそうだ」
「でも、普通はやらないだけで、マナーの悪いプレイヤーならそれができてしまうものでもある。……魔女の
「ほうほうほうほう!」
言われてみればそうかもしれない。
審判が判断する場合はどうしても人の主観が入るし、見落としのリスクなんかも完全に防ぐことはできないだろう。だが、魔法というシステムそのものが判定するならば、可能な限りあらゆる反則や不法行為を防止できるし、サイドラインを割っただの割ってないだので揉める心配もないだろう。
「報酬は、〝勝利したチームだけが今大会において先の試合に進める〟。ね、成立するっしょ?」
雲雀はニコニコしながら続けた。
「で、これは魔族側と人間側の魔法における不平等の解消にも繋がるッス。……魔法を使えるウィザードと、魔法の種類は試合前に登録しておく必要があります。ウィザードは一人一つだけ魔法を使うことができる。敵のドリブラーを阻止するためのブロック魔法、シュートを決めるためのシュート魔法、ドリブルで使えるドリブル魔法……それから、敵のシュートを止めるのに有用なキーパー魔法ッスね。おおよそ大別するとその四種類です」
「魔法を使えるウィザードとやらは、三人だけなんだよな?」
「今大会ではそうッスね。ルールによってはこれが四人になったり、全員使用可能とかいうすんごいルールで行われるケースもありますが。で、ウィザードに選ばれた人はこの銀の腕輪を嵌めて、自分がウィザードであると誰の目からもわかるようにします。試合中、登録した魔法を使えるようになるわけッスね」
彼は銀色の腕輪を持ち上げて見せてくる。
魔族にとってはただのウィザードの目印だが、人間達が持つこの腕輪には特殊な魔法発生装置が組み込まれており、人間も腕輪を嵌めている間は魔法が使えるようになる、のだったか。
「魔法の威力は、相手が大怪我をしないように魔女の
なるほど、そういう理由でミノルが呼ばれたというわけらしい。
まだ完全に記憶は戻っていないが、それでも現時点でミノルの魔力はそれなりである。静ほどではないが、一般の生徒と比較すると多い方だろう。
雲雀によると、人間側もゲーム中に魔法を使用すると、魔族が魔力を使ったのと同じように披露していくらしい。
魔族の魔力消費はスタミナに直結する。魔力がすっからかんになってしまうと、疲れて動けなくなってしまう。このゲームにおいては人間も同じように体力を消耗して行動不能に陥るらしい。
つまりウィザードがどこで魔法を使うのか?どの魔法を使うのか?誰が使うのかという選択は極めて重要ということだ。
「ふむ、なかなか面白いな」
ミノルは顎に手を当てて言う。
「もううちのチームのウィザードは決まってるんだよな?」
「はいッス。基本的にマジカルサッカーでは、キーパーにはウィザードを採用するのが基本ッス。通常のシュートでは、なかなかキーパー魔法を突破するのが難しいッスからね。まあ、シュート打たれるたびキーパーが魔法使って全部止めてたらすぐ枯渇するんでしょうが」
「あとの二人を何の魔法にするか、が鍵だな。キーパーがキーパー魔法使ってくる可能性が高いなら、シュート魔法要員も一人欲しいか」
「なるべくほしいッスね。あと一人をどうするのかはチームとその戦略によって変わります。もう一人シュート魔法を採用するか、ブロックやドリブルに割り振るかって感じかなと」
「了解」
現在、我がチームでどの魔法を使うか決まっていないのはミノルだけである。ストライカーである雲雀がシュート魔法を使うことになっており、キーパーの二年生も同じくキーパー魔法を使うことが決まっている。
ミノルのポジションはミッドフィールダーだ。それもトップ下の重要な位置を任せて貰っている。シュート、ドリブル、ブロック。どれに割り振ってもアリと言えばアリなところだが。
「……そのへんは、実際に試してみてから考えた方がいいのかな」
使うなら炎属性魔法をもじった技になるだろう。
まだミノルの魔法は不安定だという自負がある。ましてや、サッカーの試合で使ったことなんてあるはずもない。
――魔法を使った直後は多少フリーズするってのもわかってる。特に魔法が苦手な奴、経験値が低い奴ほどなりやすい。発動しながら動く、飛翔系の魔法や防御・補助魔法が例外ってだけで。
どのくらいの威力、どのような技ならフリーズ時間を最小限に抑えられるのか?もポイントだ。
試合の様相は目まぐるしく変わる。変なタイミングで棒立ちになって仲間を助けに行けませんでした、では話にならない。
「まだ時間はあるッス。試してみてもいいんじゃないでしょうか」
雲雀もうんうんと頷いてみせた。
「第一回戦で当たるチームがいきなり強豪って言いましたよね?相手のチームは守備型・カウンタータイプのサッカーを得意とする
「堅実に守ってくるタイプか。嫌いじゃないな」
「攻略法は一緒に考えましょう。で」
ここまで話したところで、急に不安そうな顔になる雲雀。
「……ちゃんと課題、進んでますよね?当日、やっぱり試合に出れませんでした、なんてのはやめてくれッスよ?」
「ほげぶっ」
やっぱりそのへん心配されてるよなあ!とミノルは頭を抱えた。
静に手伝ってもらったとはいえ、スケジュールはなかなかギリギリである。
***
とはいえ。
課題は大変だが、魔法に関する知識と魔法に関わる歴史を知ることは意外と面白いものではあった。
特に、過去の魔法がいかに戦争で勝利を上げたか、その兵法を知るのは今後のためにも役立つだろう。その時代に応じて、出来る事や取るべき作戦も変わってくるから尚更に。
「〝三代目魔王アダムスは、圧倒的な不利を覆して『ショウロウ峠の戦い』を制した。その作戦は、こちらに軍用ヘリや戦闘機がないことを逆手に取ったものである〟……」
夕食後。
ミノルは部屋で、書き上げたレポートを読んでいた。目の前には静の顔がある。
「〝崖下の道を敵の歩兵たちが通るのを見越して、崖の上から急襲をかけたのだ。敵は前後左右に気を配っていたが、頭上からの奇襲には無防備だった。その上で、彼らが上への攻撃に気を取られた隙に道そのものをマジックトラップで爆破して崩落させ、一網打尽にしたわけである。これにより、アダムスたちたった三十人の兵だけで、敵兵三百五十人を壊滅させることに成功したのだ〟」
「ふむ、それで?」
「〝この戦闘の話を聞いて私が学んだことは、とにかく広い視野を持ち続けることが最も大事ということ。敵が、この手段は絶対取ってこない、と思い込んだならばそれがまさに勝利へ繋がるということである。いかに敵の死角を作り出し、自分は死角をなくすかが勝負の分かれ目となるのだろう……〟」
ちら、とミノルは静の顔色を伺った。このレポートの初稿を見せた時は、静もかなり――というか結構凄まじい顔をしてみせたものだった。ようは、中身がすっかすか、調べたデータをちょろっと並べただけでお茶を濁そうとしていたのが丸わかりだったからだろう。
しかし、今の静にはあの時ほど呆れた色はない。むしろ。
「……私は感激してます。あの、スカスカすぎるレポートを書いていた陛下がここまで頑張ってくださるなんて!」
「もしもーし?」
何やらハンカチを持って目元を拭っているではないか。なんつー大袈裟な、とミノルは白目を剥く他ない。そんなに自分の初稿はぐちゃぐちゃだったのだろうか。
「これで、あとは誤字脱字の修正だけすれば形になると思います。細かな推敲しろなんて無茶は言いません。必死で書いた痕跡だけでも伝われば、兆野先生もOKをくれるでしょうから」
「微妙にひっかかる言い方だなオイ」
「いいじゃないですか、終わりそうなんですから。……これが終われば後はレポートがもう一つと、ドリルが一冊分。かなり進んだじゃないですか。あと少しですね」
はっきり言って、ここ数日は相当ハードスケジュールだった。睡眠時間もだいぶ削ったし、静が授業に出ている間も寮にこもってレポートを進め続けていたのだから。
とはいえ、ここまで終わらせられたのは全て、静が自分の時間を削って手伝ってくれたおかげだ。まずは何より感謝をしなければなるまい。
「ありがとう、静。お前のおかげだ」
「陛下のためじゃありません。サッカー部の皆さんのためですよ」
ミノルの言葉に、静は心底嬉しそうに笑ったのだった。
「でもって……私のためです。陛下のサッカーの試合、ずっと見たかったんですから。応援してますよ」
「おう!」
まだ宿題が終わると決まったわけではないこと。
テロがあるかもしれないこと。
初のマジカルサッカーで、不慣れな点も多いかもしれないこと。
懸念要素はいくつもあるが、それでも着実に自分達は前に進んでいるのだと感じる。
やりたいことがある、成し遂げたい目的がある。それはきっと、とても幸せなことなのだから。