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<89・ちょっとお茶目なクイズタイム>

 数日後。


「はい、それではおさらいですよ!」


 一体どこから出してきたのだろう。静はシルクハットをかぶって、ステッキを装備している。小柄で女顔の彼が装着すると、なんというかコスプレ感が否めない。


「し、静お前……そのカッコはなに?」

「有名なクイズ番組を真似してみました」


 静は大真面目なのだろう、真顔で答える。


「『早押しクイズ!シルクハットでポン☆』って番組です。あ、名前を呼ぶ時はちゃんと☆マークまで飛ばすんですよ。こう、キラキラってかんじで!」

「……お前がその番組のオタクなのはわかった」

「オタクだなんて失礼な!クイズ芸人のマッチ&ポーンがMCやってて見ないという選択肢がないというだけです。トウキョウ大学卒のインテリコンビであり、高校生時代から全国高校クイズ・オリンピアに出場し続け、地元の日下高校を三連覇に導いた伝説のコンビでして、マッチは歴史と英語に強いド文系でポーンが暗算と理系の天才ということで有名な……」

「ごめんごめんごめん俺が悪かったから!」


 彼はこういうことに凝るタイプらしい。☆マークって一体どうやって発音するねん、というツッコミもしてはいけないのだろう。

 彼いわく、その司会者をやっている芸人コンビが、シルクハットとステッキを装着しているということらしい。ようはアレだ、クイズ番組の雰囲気を出してみたくて自分も被ってみたということなのだろう。

 だが、なんで学生寮の部屋にそんなパーティグッズみたいなものが用意されているのか謎である。どう考えても、わざわざ通販で取り寄せたとしか思えないのだが。


「『シルクハットでポン☆』のことはいいんですよ。大事なのは、今までこなした課題のおさらいをしなければいけない、ということです」


 ミノルの疑問をよそに、静ははっきりと告げる。


「早押しクイズっていうのはですね、クイズの問題が出たら一秒でも早くボタンを押して答えるのが重要なんです。そうしなければ、他のライバルに先に答えられてしまいますから」

「まあ、そうだな……」

「で、この理屈は魔法を使った戦闘・スポーツにおいても適用されるというわけです」


 どうやらこれが言いたかったらしい。彼はびしっとステッキの先端をミノルに向けてくる。


「サッカーでも、相手選手からボールを奪おうとする時、相手がどっちにむかって抜けてくるか?パスをしてくるか?コンマ数秒で判断することが求められるでしょう?それを、私達は思考の瞬発力、と呼びます。これは単純な知識などの頭の良さとは別のものですね」


 確かに、お馬鹿芸人で売っているタレントが、台詞を覚えるのはすごく早かったり、バラエティではとっさに場を繋ぐアドリブをしたりして賞賛されることがままある。

 つまり、地頭の良さ、というものなのだろう。

 知識や記憶力に乏しくても頭の回転が速いタイプというのはいて、実際スポーツではこういう人が司令塔を兼ねることが多いのは事実である。ミノルも、地頭はいいタイプ、なんて言われたこともあるくらいだ。


「マジカル・サッカーではより臨機応変な対応が求められます。突っ込んできた敵が普通に抜いてくるのか、パスをしてくるのか、それ以外に魔法という選択肢が増えるからです。同時に、こちらも魔法が使えるならば、対策カードも増えることになりますよね」

「そう、だな。なるほど、本当に短い時間で判断して、自分の手を決める必要があるってなわけか」

「そういうことです。……そんな思考の瞬発力を鍛えつつ、課題のおさらいをするために早押しクイズ形式が有効というわけですね、理解できましたか?」

「お、おう……」


 他の回答者がいないのに、早押しクイズ形式にする必要があるのだろうか。そもそも、お前がそのコスプレしたかっただけでは――とは心の中だけで。

 静がなんだか楽しそうなので、ツッコミを入れるのは野暮というものなのだろう。


「では、問1です」


 ででん!と静は自分で効果音を言った。


「制限時間三秒でお答えください。風属性の最強魔法は?」

「と、〝Tornado〟!」

「正解」


 これはすぐに答えられた。静の得意属性は風なので、過去何度も目にする機会があったからである。

 トルネード。直訳するなら竜巻。ハリケーンやタイフーンの上位互換の魔法である。


「よろしい。では問2です。ででん!」

「お前それ毎回言うの?」


 なんとも間抜けた感じだが静は気にしていない様子。思わずつっこんだミノルをよそに、問題を続ける。


「水属性の最強魔法は……」

「〝Tidal-Wave〟!」

「で、す、が。……その意味を直訳すると?」

「そんな問題も来るの!?」


 これはなんだっけ、とミノルは頭を抱える。魔法のスペルは英単語であることが多く、魔法を使うならその意味もちゃんと把握しておくようにとは言われている。魔法は、魔力を自分のイメージで具現化させて使う奇跡。正しいイメージができていないと、間違った魔法が発動してしまうことがあるからだとか。


――ゲームの召喚魔法で使われてたような……海の神様とかの……あ!


 思い出した。ミノルは慌てて告げる。


「つ、津波だ、確か!」

「正解です。……答えるまで五秒かかりましたね、もう少し頑張りましょう」

「ぐぬぬぬぬぬ」


 なんだか悔しい。意地になって、静の手元のステッキを睨む。今日まで血眼になって魔法ドリルをクリアしてきたのだ、何がなんでも全問正解してやらねば気が済まない。

 ただの課題ではなく、これらは今後ミノルが生き残るためであり、マジカル・サッカーで役に立つためでもあるのだ。


「問3。回復魔法の初級魔法、中級魔法、上級魔法、全体回復魔法を全て延べよ」


 これは、ドリルを始めた頃にあった問題だ。回復魔法は今後最優先で学ぶべき、と真っ先に頭に叩き込んだもののはずである。

 息を一つ吐いて吸って、一気に。


「初級魔法が〝Cure〟!中級魔法が〝Heal〟!上級魔法が〝Curative〟!全体回復魔法が〝Heal-Rain〟!」

「正解。では……〝Air〟」


 静はにやりと笑うと、風属性の初級魔法を放った。ぱしっ!と音がして、静の左手の甲に真一文字の傷が刻まれる。風属性の魔法をカマイタチのように使って、わざと自分の手を傷つけたのだ。

 何を求められているのかは言われなくてもすぐに分かった。ミノルは慌てて彼の左手の方へ右手をかざす。


「きゅ、〝Cure〟!」


 眩しい光が、静の白い手を包み込んでいく。傷に光の粒が集約し、数秒後、綺麗に彼の手の甲から傷が消えていた。


「よくできました、陛下。先日やった時より、発動も早く、正確になりましたね」

「……寝る前にめっちゃくちゃ特訓してたからな」

「大変よろしい」


 大変よろしいじゃねえわ、とミノルは腐りたくなる。いくら復習のためとはいえ、予告もなしにいきなり自傷行為モドキをするのはやめてほしいところだ。かすり傷だとしても見ていて気分が良くないし、そりゃあ回復魔法の練習をするためには傷を作らなければいけないというのもわかってはいるが。


「ドリルとレポートの内容は、ちゃんと血肉になっているようで安心しました」


 ミノルの解答と行動は、静にとって及第点であったようだ。彼はシルクハットを脱いで胸元に抱えると、にっこりと微笑んで見せる。


「あとは、最後の感想文を書いてオワリです。……陛下はうっかり宿題を取りに行くのを忘れるという大ポカしてますから、きちんと反省してる体にした方がいいですよ。先生たちにも心配かけたでしょうからね。次からは、ちゃんと兆野先生の話を聞いておくように」

「き、肝に銘じておきます」


 まったくもって、ぐうの音も出ない。

 だがこれで、宿題はほとんど終わった。感想文は原稿用紙一枚書けばいいとのことなので、これも今日中に終えることができるだろう。


――な、なんとか……最悪の事態だけは、回避できたあ……。


 ミノルは心の底から安堵のため息をつく。

 助っ人やります、と言っておきながら宿題が終わらないせいで試合に出られませんなんてことになったら迷惑以外の何物でもない。しかも、参加する試合がいきなり強豪校相手と来ている。代わりのメンバーもそうそう見つからないだろうし、これで負けたら悔んでも悔やみきれなかったところだ。


「課題は、どうにか目途が立ったようで本当に良かったです」


 パンパン、とシルクハットの埃を落としながら言う静。本当に、そのコスプレまったく意味なかったと思うんだけど――とは心の中だけで。


「あとは、サッカーの方だけですね。雲雀から聞いていますよ。サッカーの技術の方は申し分ないし、充分すぎるほど戦力になってくれて頼もしい、と。さすがは魔法陛下だとね」

「そ、それほどでも……!」


 体がなまっていたらどうしよう、というのが、本当に杞憂で終わって良かったと思う。

 同時に――本当に自分がサッカーをやってもいいのか、という負い目もだいぶ払拭されたような気がする。彼らの為だ、と思えばそれが免罪符になった。精一杯サッカーを楽しんでもいいのだと思えたのだ。

 それはとても、とても卑怯なことなのかもしれない。でもミノルはこの世界でもう一度サッカーと向き合ってみたいと、そう考えることができたのである。

 そうすればきっと、元の世界に戻った時にも、仲間たちとちゃんと向き合うことができるはずだと。自分の過去も、今も、未来のことも全て。


「さて、少し魔法についていろいろできるようになってきたので……マジカル・サッカーにおける〝ウィザード〟としての魔法についても、研究・開発を始めるべきでしょう」


 静はそう言うと、奥の棚から本をいくつか引っ張りだしてきた。そのタイトルを見てミノルは目を見開く。 


 『目指せ!超次元魔法サッカー少年!』


 『マジカル・サッカー、必殺技の極意』


 『魔法必殺技の傾向と対策』


 『シュート必殺技はこう作る!あらゆるパターンを検証してみた!』


 それらはみんな、マジカル・サッカーとその魔法必殺技に関する書籍だった。どれも新品ではなく、やや使い古された印象である。

 ミノルがぽかーんとしていると、静が「雲雀たちから借りてきたんですよ」と語った。


「彼らもこういった本を読んだり、先輩から教わったりして技を作っていったそうです。陛下はサッカーに関しては詳しくても、魔法を使ったサッカーは不慣れでしょうから……どういう技がいいのか、一緒に考えましょう。サッカーはともかく、魔法なら私にも多少お手伝いできますから」

「静……!マジでありがとう!!」


 本を貸してくれた雲雀たちも、静のその心遣いも、嬉しくてたまらない。

 ここまでされたなら、期待に応えないわけにはいかないだろう。ミノルは意を決して、渡された本を開いたのだった。


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