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<90・焔の必殺シュート>

 マジカル・サッカーにおける魔法技。

 これに関してミノルは雲雀から以下のような説明を受けている。




『ウィザードは一人一つだけ魔法を使うことができる。敵のドリブラーを阻止するためのブロック魔法、シュートを決めるためのシュート魔法、ドリブルで使えるドリブル魔法……それから、敵のシュートを止めるのに有用なキーパー魔法ッスね』



 主にこの四種類。そのどれかを、三人だけ登録された『ウィザード』という役職の人間が使うことができる、と。

 通常、キーパーがウィザードを兼業するのが常であり、またストライカーも同じく兼業することが多いと聞いている。実際、うちのサッカー部もキーパーをやる二年生と、三年生でFWである雲雀がそれぞれウィザードとしてキーパー技とシュート技を登録していた。

 最後の一人がミノルだが、まだどんな魔法技にするか決まっていない、というわけである。

 ミノルはMFなので、ドリブル系かシュート系に割り振るのがいいだろうとはされているのだが。


――できれば、シュートに使いたい、よな。


 放課後。ミノルは今日はサッカー部に顔を出さず、グラウンドの隅で自主練をすることにしていた。思ったより少し早く課題も終わったし、できれば早いうちに技を作って雲雀に見せたかったというのが大きい。

 リフティングしながら、構想を練る。ちなみに、今日は魔法のスペシャリストとして静も同行してくれている。彼はベンチに座って、マジカル・サッカーの関連書籍のページをめくっていた。


――雲雀も言ってたけど……通常のシュートで、敵のキーパー魔法を打ち破るのは難しい。向こうが魔法で防いでくるなら、こっちも魔法で破るのが理想だ。そんな時、シュート魔法が使える人間が俺と雲雀で二人いれば心強いはず……。


 魔法技は強力だが、使えば使うほど魔力と体力を消耗する。相手チームは人間なので本来魔力はないが、ブレスレットの力で生命力・体力を変換して技を打ち出せるようになっていたはずだ。

 どっちにしろ、弾切れはいずれ起きる。キーパーが弾切れを起こすまで先に技を使わせてしまえば、通常のシュートも問題なく通るようになるだろう。

 そして弾切れを起こさせるためには――魔法シュートが撃てる人間が二人いた方がいいに決まっているわけで。


――俺が得意なのは炎属性。炎属性魔法をもじったシュート技があれば……。


 もちろん、懸念材料はある。

 例えば初戦の相手は、守備型・カウンタータイプのサッカーを得意とする彩羽坂高校いろはざかこうこうだと聞いている。鉄壁のディフェンススキルを誇るなかなかの強豪だ、ということも。

 つまり、向こうはそれこそキーパー、ディフェンダー、ディフェンダーで魔法技を固めてくる可能性もあるのだ。こちらがドリブルで突破しようとした時、向こうがブロック魔法を使ってきたら対処できるのかどうか。シュートに全て割り振るならばドリブル魔法は使えない、そこで攻撃のリズムが狂う可能性は充分にある。

 結局のところ、どう転んでもリスクはあるのだ。

 メリット・デメリットをしっかり把握した上で、それを補う戦術を考えていかなければいけない。ましてや自分は、皆に指揮や分析力も含めて期待されている立場なのだから。


――どんなシュートがいい?


 目の前には、ゴールを模した緑色の壁。ミノルはボールを蹴り上げて、眼前の的を睨みつける。


――なるべく、汎用性が高いシュートがいい。でもって鋭く切り込むような……そう、簡単に目では負いきれないような……。


 雲雀のシュート技はこの間見させてもらっている。なるべくなら、違うタイプのシュートがいい。


「せやあっ!」


 一気に足を振りぬき、シュートを決めた。白黒のボールは音を立ててゴールのど真ん中に突き刺さり、跳ね返る。跳ね返ったボールを、ミノルは再び足元でキープした。


「陛下」


 すると、練習の様子を見ていた静から声がかかる。


「サッカー初心者の意見ですが、お伝えしてもいいでしょうか?」

「ん、バシバシ言ってくれ。何でも役に立つからな」

「では、いくつか進言を」


 パン、と本を閉じる静。


「陛下はシュートに、かなり回転をかけていますよね?今、ボールが綺麗に足元まで戻ってきましたが……いつもやってるわけではない?」

「ん、まあな」


 ボールへの回転は、その時々でかけたりかけなかったりしている。今は壁にブチ当てたボールがあらぬ方向へ行ってしまったら困るので、跳ね返ったら大体自分の方へ戻ってくるように調整していた。拾いに行くのが大変だから、というなんともわかりやすい理由だが。


「反射したボールが自分の方へ戻ってくる……ということが意図的にできるのでしたら、かなり有利になる気がするんです」


 とことことこ、と静がこちらに近づいてきた。


「私はサッカー素人なのでにわか知識なんですけど……キーパーってボールが飛んできたら、基本的には〝弾く〟か〝キャッチする〟のどちらかの選択をしますよね」

「まあな。キャッチ出来る時はするし、無理そうなら弾くってのが基本じゃないか?」

「威力が高かったり、ギリギリだったりする時はパンチングなどで弾く選択しかできない、という認識でいいでしょうか」

「まあ、大体そうなんじゃないか?」


 何が言いたいんだろう。ミノルは首を傾げる。


「ということは……キーパーがボールを弾いた先を回転でコントロールできたら……かなり強いんじゃありません?」

「!」


 はっとした。言われてみれば、そうだ。キーパーがボールをやぶれかぶれで弾いた先がまた敵選手の目の前だったら、そりゃあ絶望だろう。そのままサイド蹴られたら終わってしまうのだから。

 ボールを弾いた時というのは、大抵キーパーも体制を崩しているものである。その状態で反対の射線にぶちこまれたらひとたまりもあるまい。


――なるほどな。……それはいいアイデアかもしれねえ。うまくすると……魔法を使わずともミラクルシュートが一つ作れるかもしんないぜ。


 さすが静、よく見ている。

 ミノルは頭の中でメモを取った。


「それと、もう一つ。陛下のその回転力は、魔法系シュートにも生かせると思うんです。それこそ、回転しながら火花を出して飛ぶシュートなんか来たら怖そうだなと」

「ほうほうほう、なかなか面白そうだ」

「なんなら、技名先につけてしまってはどうですか?大体こういうのってイメージ先行させた方がわかりやすかったりしますよね?」

「おう、それはいいアイデアだ!」


 かっこいい技、かっこいい技、かっこいい技。

 ミノルの頭の中に、以前現世で見たミラクルサッカーアニメの様子が思い浮かぶ。ぶっちゃけ、自分が考えているマジカルサッカーの必殺技のイメージはもろに超次元サッカーだ。回転しながら炎を纏ってシュートを決めるストライカー、魔方陣から打ち出されるシュート、謎の怪人の口から発射される光線を纏ったシュートなどなどなど。思いついたものを並べるだけで痺れるというもの。

 自分もあんなシュートが撃てたら――みたいな願望はそりゃああるわけで。

 問題は。


「究極無敵火炎地獄シュート……とか?」

「……陛下」


 静がとても残念なものを見るような目になった。


「陛下って、ひょっとして……ネーミングセンスが壊滅してます?」

「ごぶおっ!」


 彼の言葉はもろに心臓に突き刺さった。ダイレクトアタック!ライフポイントに4000のダメージ!効果は抜群だ!――なんかこう、いろいろ混じってる気はするが気にしてはいけない。


「う、うるせええええ!いいだろ、俺だってな、俺だってな、厨二病的なものに憧れて何がいけないんだっつーの!!」

「あ、開き直った」

「センスがないのは自分でわかってんだい、どちくしょーめ!!」


 なんかこう、かっこいい名前をくっつけたいのだ。究極とか無敵とか、最高ではないか。なんかもうめっちゃ強そうで。それだけで最強そうで。誰にも止められなさそうで!


「はいはい、わかりましたから」


 そんなミノルに、静はすっかり呆れ顔である。そんないかにもドン引きした顔しなくてもいいのに、とミノルは頬を膨らませつつ、再びリフティングを開始した。自分のスキルならば、リフティングしながら他人と会話するくらいわけのないことである。


「……煉獄の悪魔シュート、とか?」


 ミノルが言うと、静は笑顔で「却下」と言った。


「火炎牢獄弾丸?」

「却下」

「超高速回転アタック?」

「却下」

「……漢字なのがダメなんかな。なら、横文字の方がそれっぽい?ファイアートルネードとか、マキシマムファイアとか、アトミックフレアとか、スーパーノヴァとか……」

「そのへんは全部どっかで聞いたことある技名な気がするので、メタ的に駄目なような気がします」

「……仰る通りで」


 あれ、意外と技名決めるのって難しい?ミノルは冷や汗をかき始める。というか、既にかっこいい系の横文字の名前だと、どっかのゲームやアニメで使われていることが多すぎるのだ。

 もちろん、もう普通に魔法の名前を使ってしまってもいいのかもしれない。実際、〝Supernova〟なんかのあたりは戦うための魔法の呪文として使われるものであったはずだ。炎属性と地属性の複合技、それも最強クラスの魔法なのでまだミノルは使える気がしないのだけれど。


「センスはともかく、回転のイメージを盛り込むのはいいかもしれません。陛下はボールに回転をかけて、抉りこむように威力を高めることができると思うので」


 こう、と静はボールを持ち上げるような仕草をする。


「宙に浮かせたボールを、真正面からぶちこむんです。本来キーパーの正面に来たシュートなんて止めてくれと言わんばかりですが……それが魔法技なら話は別ですよね。最悪、力業でキーパーごとゴールにぶち込んでしまえばいいわけですから」

「な、なるほど……。普通のサッカーと違って、魔法シュートならそういうことも可能なわけかあ」

「そうです。だから細かなコントロールより、回転と威力アップに力を使うのがベストかと。で、その時火花を散らせるとか、炎を纏って強化するって方向に魔法を持っていって……」

「ふむふむ」


 とりあえずやってみよう。ミノルはもう一度ゴールに向かい合うと、ボールを蹴り上げて浮かせた。


――をかけて、真正面から抉りこむ。そう、さながら弾丸のように。……炎を纏わせ、敵のキーパー技をもぶっ飛ばすような……。


「おおおおっ」


 足首をねじるような動き。力いっぱい、右足を振りぬく。


「おおおおおぉぉぉ――!!」


 ぎゅううううん、と空気がうねったような気がした。真っ赤に燃え上がったボールが、壁の中心に力いっぱい叩きこまれる。

 爆発するような、凄まじい音がした。さらには次の瞬間。


「え」


 びしびしびしびし、と罅が入っていく。ミノルは青ざめる。ボールが突き刺さった壁がもろに罅割れ、砕けようとしていたからだ。


「ええええええ!?」

「ちょ、陛下!?なんですか今の凄いシュート!?」

「よくわかんない!わかんないけどできた、でも!」


 バキバキバキ、ゴゴゴゴゴ!音を立てて崩れ落ちた壁を見て、ミノルは引きつり笑いを浮かべるのだった。


「し、静サーン?こ、これ……人間に向けても大丈夫?」


 そのへんは、魔女の夜会サバトの補正力でなんとなってくれる、と思っていいのだろうか。

 思いがけない必殺技の誕生に、ミノルは遠い目をするしかなかったのだった。



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