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第31話 海賊 アデリナ=バルヒェット

「もう……行くのかい?」


 アデリナがすっぽんぽんでベッドに横たわりながら、気怠けだるそうな顔をこちらに向けた。


「あぁ。ユリーシャが起きる前に消えなくっちゃあな。オレがどっちに向かうかは分からないだろうけど、そこらへん上手いこと頼む。すまないな」


 オレはベッドに座りながら、アデリナが新しく用意してくれた生成りのチュニックに袖を通し、背中越しに返事をした。

 今朝まで着ていたチュニックは穴だらけでひどい状態だったからな。


 ここはブリッツ号最上階のアデリナの部屋だ。ただし、現在ブリッツ号は自由都市エーディスの港に停泊中だ。


 オレはレースのカーテンの端をそっとめくって外を見た。

 まだ明るい。十五時くらいか?

 朝早く戦闘が開始されて、無事アルマイト島から魔物を排除したブリッツ号は、昼にはエーディスの港に着いた。


 オレは強欲帝アヴァリウスを倒した後、しばらくして起きたが、ユリーシャは慣れない力を全力で使ったせいでまだぐっすり眠っている。

 あの様子なら明日の朝まで起きないだろう。


 そんな中オレはといえば、まだ真っ昼間だっていうのにアデリナの部屋にしけこんで……ひぃふぅみぃ……五回戦。うん、頑張った。

 アデリナもオレの怒涛どとうの攻めに、さすがに疲れた顔をしている。


 今回一緒に戦って分かったが、アデリナは海賊船の船長ではあるが、後ろで指揮するよりも先陣を切って攻め込む方が好きなタイプだ。

 普段からそうやって身体を存分に動かしているお陰か、腹や脚が引き締まっている癖におっぱいは手に収まりきらないくらいたわわで、いやもう、色っぽいこと、色っぽいこと。

 うん、もう何も出ない。ハハっ。


 外ではアデリナの部下の海賊たちが忙しそうに、街で得た物資を船に積み込んでいる。

 これで食糧難もまぬがれるだろう。


 ちょっと罪悪感を感じないわけでもないが、アデリナとお手合わせしてもらうのはこれが最初で最後になる。

 それが分かっているからか、部下さんたちも目をつぶってくれたのだ。


「連れていってやればいいのに」


 アデリナがシーツを身体に巻きつけながら、ベッドサイドに置いてあった水たばこシーシャくわえた。

 ブルーの透明なガラス瓶に入ったオシャレな一品だ。こんなもの、映画の中でしか見たことねぇや。


「いいんだ。二人旅であの子を守ってやれる自信はない。みすみす殺しちまうことになる。一緒にいて死なせるより、遠くで生きていてくれてた方が何倍もいいさ」

「まぁ勇者だし、敵の攻勢も尋常じゃないか。いいよ、任せておきな。どっか適当な港で降ろしておくから」


 ブーツと剣をき、マントを羽織ったオレは、ベッドの上で寝転がっているアデリナと別れのキスを交わすと、ドアを開けた。


「達者でな、アデリナ」

「テツも元気で。愛しているよ」


 オレはベッドの上で小さく手を振るアデリナに見送られながら船長室を出ると、ドアをそっと閉めてそのまま船を降りた。


 ◇◆◇◆◇ 


 そうしてブリッツ号を降りたオレは、その足で早速エーディスの銀行に入った。

 目的は、グリンゴ諸島で得た魔核デモンズコアの換金だ。


 思った通り、野良の魔物より魔族に率いられた魔物の魔核の方が粒が揃っていた。

 そりゃ、あれだけ強けりゃな。


 懐がホッカホカになったオレは、旅に必要な物品を補充しながら街中を見て歩いた。

 とはいえ、言うほど時間はない。

 万が一ブリッツ号で寝こけているはずのユリーシャが起きて、オレを探そうと思ったときに、追って来られないくらいの距離にいないといけない。


 となると、先に隣町への移動手段なりを探した方がいいのか?

 などと、道行く駅馬車を横目に考えていたオレの目の前をヒヨコの大群が通りすぎていく。


「何じゃ、こりゃ」


 思わず声が出る。

 短い脚に小さなクチバシ。つぶらな瞳。もこもこふわふわの身体。

 それは、見るからにヒヨコだった。

 ただしサイズ感がバグっていて、どれもおそらく全高三メートルはある。


 見ると黄色が多いが、白や茶、ピンクの個体もあり、それぞれの背中に乗せられた鞍の上に金額の書かれた看板が乗っている。

 やはりピンクは珍しいらしく、黄色の倍額だ。


 ヒヨコは各々くちばしにヒモが結わえられ、先頭のヒヨコに乗った中年の商人風の男に率いられていた。


 合計十羽。

 街の人の誰も関心を示してないところを見ると、日常の風景なのだろう。

 へぇ、と眺めていると、続いて十代とおぼしき若い少年の乗ったヒヨコの集団が通りかかる。

 息子だろうか。

 最初の集団と同じように十羽ほど率いていたが、オレの目の前でその足が急に止まった。


 わざと止まったのではないようで、先頭のヒヨコの鞍に乗っていた少年が困惑しながら、しきりに後ろを振り返っている。


「どうした、ハサン」

「あぁ、父さん。それが……」


 やはり親子だったらしい。

 先に行ったはずの中年男が自分の乗っていたヒヨコから降りて駆け寄ってくる。


 そんな中、オレは非常に居心地の悪い思いをしていた。

 コイツだ。コイツが止まったから、列がストップしたのだ。


 息子の率いたヒヨコの中の一羽。

 インコかメジロかウグイスかって感じの緑色の一羽が、自分の顔をオレの顔に近づけ、様々な角度からにらみつけてくる。


 えぇぇぇ!? なんかヒヨコに値踏みされているしぃぃぃぃぃ。

 オレはオレで、下手に目をそらすとそのクチバシで目でも突かれそうで身動きができない。


 にしても、他のヒヨコがあんなにつぶらな瞳で可愛いのに、何でコイツはこんなにふてぶてしい顔をしているんだ?


 オレは思わず鞍の上の表示を二度見してしまった。緑もやはり珍しい色なようで、ピンクと同額だ。高っ!!


「あー、お客さん。……そいつ、買うかい?」


 申し訳なさそうな表情で親父が聞いてくる。

 息子がハラハラした表情をしている。

 やっぱりコイツ、何か問題でもあるヤツっぽい。

 オレの嫌そうな顔を見て察したのか、親父がため息をつきつつ口を開く。


「そうなんだよ。コイツ、気性が荒くて全然なつかないんだ。珍しい色だけあって購入を希望した客が三人ほどいたんだが、交渉中に相手をことごとく蹴飛ばしてその場で破談さ。あんたはどうだろう。買ってみるかい?」

「その前にすまない。コレ、何なんだ? 鳥か?」


 親父がオレを見て驚いたような顔をする。

 どうやらオレには見えないオレの異世界人特有のオーラでも見たようで、同じくオーラを見た息子が、目を輝かしてペラペラ喋りだす。


「あんた異世界人なのかい? 凄いや。初めて見たよ! 父さん、やっぱコイツ、ご主人を探していたんだよ! お兄さん、これはパルフェって言って、馬と並ぶ、こっちじゃポピュラーな移動手段の一つさ。あまり重い物は乗せられないが、ちょっとした距離なら飛ぶこともできるから、道なき道を進む冒険者にはもってこいの乗り物だよ。どうだい? 買わないかい?」

「いや、でも高いし……」


 こんなの買ったら、財布がすっからかんになっちまう。

 オレは、目の前の緑色のパルフェの顔を再度見た。


 マジか。コイツ、にらみ返してきやがる。

 オレが迷ったそぶりを見せた瞬間、パルフェがもの凄い速さでオレのふところにクチバシを突っ込んだ。


 なぜそこにあると感づいたのか、懐に入れておいた財布代わりの皮袋があっという間に盗られ、少年の手に落ちた。


「毎度ありぃぃ!!」

「……嘘だろう?」 


 パルフェが得意げに鼻息を荒く吐く。

 パルフェ商人の親子は、商談成立して大金を入手したからか、オレに緑色のパルフェを押しつけると、とっとと去って行ってしまった。


 仕方なく、オレはパルフェに自分の荷物をくくりつけた。

 食料品とか消耗品とかを補充したばかりだからしばらくは何とかなりそうだが、早いとこ魔物狩りでもして金を稼がないとな。


「そっか。お前に名前をつけてやらないといけないのか。名無しってわけにもいかないもんな。んー、何だろ。色といい丸っこさといい何かに似てるんだよなぁ。……あ、アレだ。よし、お前の名前は今日から『ずんだ』だ。さ、行くぞ、ずんだ」


 オレは、ずんだにまたがると、街の入り口へとパルフェを走らせた。


 乗り心地は悪くない。時速四十キロくらいは出るし、風を切る感じが心地ここちいい。

 勤めていた女子高の遠足でポニーに乗ったことがあったが、あれとほぼ同じ感覚で乗れる。うん、いけそうだ。


 大きな街だったから身体を休める意味でももう少し滞在していたかったが、そうも言っていられないか。


 こうして新たな足を手に入れたオレは、次の町へとパルフェを走らせるのであった。

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