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第32話 砂漠の邂逅

 ぐぐぅぅぅぅぅぅぅ。


「んぁ? ……どこだここ」


 自分の腹の音で目を覚ましたオレの目に入ったのは、ほんの二メートルほど前方で揺らぐ炎だった。

 き火だ。


 寝転がったまま目を凝らすと、火の向こうに誰かが座っているのが見える。

 どうやら焚き火で鍋でも温めているようで、この食欲を猛烈にそそる匂いの元はそこらしいが、はて、ここはどこだろう。

 記憶を巡らせる。


 オレが自由都市エーディスを出たのは、確か二日前だ。

 一日パルフェを走らせ、行きついたアムラタ砂漠をガイコツの導くまま西へ西へと進んで……。そこら辺で記憶が途切れている。


 状況を整理しようと再び目をつぶると、間髪入れず頬をツンツンとつつかれた。

 いや、ツンツンどころじゃねぇな。もはやズドンズドンだ。結構な勢いで突かれている。こりゃ腹ペコ野郎がエサをついばむレベルじゃねぇか。痛いってば!


「やめろ、ずんだ! 起きたよ、起きたって!」


 何のことはない。オレの頬を突いたのは、オレのすぐ真後ろでしゃがんで休んでいた巨大ヒヨコ・ずんだのクチバシだった。


 オレは上半身を起こすと、周囲をそっと確認しつつずんだを撫でた。 

 オレに撫でられたずんだが、気持ち良さげに目をつぶる。

 どうやらオレは洞窟の中にいるらしい。すぐそこに見える外は真っ暗で、星が瞬いている。

 ――夜か。


「起きたようだね。良かった。ボクが見つけなければあなたは今頃、この広大なアムラタ砂漠で干からびてミイラになっていたところだよ。お腹、空いているでしょう? スープで良ければ食べる?」

「あぁ、すまない」


 焚き火の向こう側の人物がオレを見て微笑む。

 砂漠と言えど、夜は冷えるからだろう。

 寒さ対策でフード付きマントをガッツリ被っているせいで目しか見えないが、その澄んだ切れ長の目を見るだけで、相当なイケメンだと分かる。


「よそってあげるよ。お椀か何か持っているかい?」


 少年は立ち上がると、焚き火を避けてオレの方に歩いてきた。

 身長百八十センチのオレには及ばないが、それでも百七十近くあるだろうか。

 足首近くまであるマントのせいで見えないが、結構いい体格をしているようだ。

 何より歩きにブレがない。剣術の修行を積んだ者の足捌あしさばきだ。


 ずんだにゆわえ付けたリュックからマグを取りだしたオレは、近寄ってきた少年に手渡そうとして目の前で落としてしまった。


「あっ」


 少年が落ちる前に拾おうと反射的に前屈みになる。

 オレはその瞬間、韋駄天足いだてんそくを発動した。


 カランカラーン。

 マグが地面に転がる。


「な、何を!?」


 少年が目に見えて狼狽している。

 そりゃそうだ。マグを拾おうとした瞬間、目にも止まらぬ速さで背中側から剣を突きつけられていたのだから。

 少年が驚愕きょうがくの目で後ろを振り返ろうとするのを、剣で軽く突いて止める。


「何で? どうやって後ろに回り込んだの? 速すぎて見えなかったよ? あなた何者?」

「それはこっちのセリフだ。……なぜ男のフリをしている?」


 少年は一瞬息を飲んだが、やがて、敵意はないとばかりにゆっくりと両手を首元に持って行き、マントの留め金を外した。

 防刃に金属でも縫い込まれているのか、マントが重そうな音を立てて地面に落ちる。


 両手を降参の形で上げたままゆっくりとオレの方に振り返る少年を見て、今度はオレが息を飲んだ。


「大丈夫、敵じゃないよ。ボクはこう見えて剣士をやっているんだ。でも、女だとバレると良からぬことをしてくるやからもいるからね。自衛の為に男のフリをしていたんだけど、いつの間にかボク呼びが抜けなくなっちゃって」


 エヘっと笑いながら舌を出す少年は、息を飲むくらいの美少女だった。

 歳の頃は、多分フィオナやユリーシャと同年代。高校三年生、十八歳くらいだ。


 と言って、フィオナのような男子生徒とも気軽に話すクラスの人気者系でもなければ、ユリーシャのような憎めないお調子者系でもなく、何か運動部の部長でもやっていそうな、女子高の王子さま系だ。


 触覚ポニーでまとまった綺麗なブルネットの髪。

 意思の強さを示す一直線のまゆ琥珀色こはくいろをした切れ長の目に、スっと通った鼻筋。全体的に顔の造作ぞうさくがスッキリ&キリっとしており、美人ではあるが、男装でもさせたらさぞかしカッコよく映えるだろうと思われるイケメンぶりだ。

 だがそれよりも――。


「ひょっとしてキミが着ているのは、目黒白鳳学園高校めぐろはくほうがくえんこうこうの制服か? インターハイの常連校にして難関大学への進学率も高い、文武両道を絵に描いたような優等生学校の制服だ。よくそんなもの入手できたな」


 オレは至近距離からまじまじと少女を眺めた。

 少女がオレの無遠慮な視線にモジモジしながら、幾分恥ずかしそうに目をそむける。


 少女は白シャツの上にグレーのカーディガンを着て、更にその上に紺のブレザーを重ね着していた。

 手の甲がカーディガンの袖でしっかり隠れているのがポイント高い。


 ブレザーの襟に羽根をモチーフにした銀色のバッヂが付いているが、オレも職業柄この模様を見たことがある。目黒白鳳学園高校のほんまもんの校章だ。なんちゃってじゃない。


 スカートはブレザーとセットの紺のチェック柄で、膝上十センチ。健康的な太股ふとももが出ていて眩しい。そして、校章の入った紺のスクールリボンで首元を飾り、紺のハイソックスに黒のローファを履いている。


 オレの記憶に間違いがなければ、この少女の着ている制服はレプリカじゃなくて完全にオリジナルだ。しかしどうやって……。


 とそこで、オレは剣を出しっ放しにしていることに気づき、慌ててさやに収めた。


「あぁ、もういいよ。悪かったな。ちょっと警戒していたから。すまない」

「ううん、いいよ。随分くわしいと思ったらそのオーラ、あなた、異世界人だったんだね。これは何年か前にオアシスの町・アーバスのバザーで入手したものだよ。お気に入りの一着なんだけど、やっぱり異世界の服だったんだね」


 警戒が解けたようで、少女の表情がやんわりする。

 そうして見ると、やはり特上の美少女だと感じる。

 少女がオレに手を差し出した。握手だ。

 オレもそれに応え、その手を握る。


「ボクはリーサ=クラウフェルト。剣士だよ。あなたは?」

「オレは藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺい。女神メロディアースに遣わされた勇者だ。よろしく」

「勇者? あぁ、女神さま! ここ数日、心がざわざわしていたからひょっとしてとは思っていたんだけど、今日がその日だったんだ! ずっと半信半疑だったけど、やっぱりあの託宣たくせんは本当だったんだね!」

「託宣?」


 ……なーんかきな臭くなってきたぞ?


 オレのために改めてマグにスープをよそってくれたリーサが、なぜかそれが当然かのように、焚き火の前に座ったオレの真横に座った。

 しかも、まるで恋人かのように身体をピッタリ引っつけてくる。

 え? いきなりどうした??


「ボクの生まれ故郷ノースフェルンでは、子供が生まれると神父さまからお言葉をたまわるんだ。その時に赤ちゃんだったボクは神父さまにこう言われたの。『この娘はサンクトゥスの一人だ』って」

「サンク……トゥス? なんだそれ」


 オレは熱々のスープをふぅふぅ吹いて冷ましながら尋ねた。


「聖女って意味。この世界アストラーゼには昔から勇者伝説があって、千年ごとに現れる魔王を、女神に導かれし勇者が退治するっていうよくある話ではあるんだけど、千年前の碑や文献が発見されててね? どうもこれが、本当の出来事らしいんだ」

「ふむ。続けて?」


 オレは国語が専門ではあるが、教師をやっているだけあって、専門外も知りたがる癖がある。

 TVで『ツタンカーメンの謎』とか『歴史に消えた邪馬台国』みたいな特集やってると、かぶりつきで見ちゃうもんな。


「千年前の勇者――カノージンは、三人の聖女をともなって魔王を倒した後、古代カリクトゥス王国を興したんだ。そして三人の聖女との間に子を儲けたんだけど、この勇者の子たちが、カルナックス・オーバル・ネクスフェリアの三国の祖になったと言われているの」


 カルナックスと言えば、最初にオレが出現したあの国か。フィオナの故郷の町があった土地だ。千年前っていうと日本じゃ平安時代か? カノージンねぇ。カノー……加納か? じん? じん? うーん、有り得るな。


「それでね? 千年前も、つるぎの聖女・魔法の聖女・いやしの聖女っていう三人の聖女が勇者に付き従ったんだけど、ボクが今代の聖女の一人だって言うんだよね。子供の頃それを聞いてからずっと、『将来勇者さまのお嫁さんになるんだ』って思って生きてきたんだけど、まさか本当に今代の勇者さまに出会えるだなんて。運命ってホント凄いね! あ、ボク、剣士だから、きっと剣の聖女になるんだよね? 旦那さま」

「だ、旦那さまぁ?」 


 オレの素っ頓狂な声が、砂漠に木霊こだました。

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