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第35話 オアシスの村・アーバス

 アーバスは、村とは言っても特に境界線が引かれた土地ではなく、何となくこの辺り、と認識された村だ。

 砂の大地から徐々に雑草と土の入り混じる地面へとかわり、生える木々が段々と大きくなっていき、いつしか生えだす大木を縫って進むと巨大な湖に出る、といった感じだ。


「凄いなこりゃ。本当に砂漠のド真ん中に湖がありやがる」


 地図で確認したところ、対岸までざっと一キロの、ほぼ円形の湖なようだ。


 このオアシスが発見されてから、水が枯れたというような事象が記録されていないらしいので、湖には結構な水量があるのだろう。

 あるいは地下水系のおかげか。


 オレは緑色の巨大ヒヨコパルフェ――ずんだに乗ったまま、湖岸に敷設ふせつされた赤レンガの道を進んだ。

 オレの左隣をリーサが、自分の黒いパルフェに乗って並走へいそうする。


 見ると、自分たちはもちろん馬やパルフェにも水を飲ませる必要があるからか、隊商の多くが湖岸に沿ってテントを張っていた。

 観光客も数多く、それを相手に商売する露店も数多く立ち並び、多くの人たちが行き交っている。

 その様子は神社仏閣前じんじゃぶっかく参道さんどうのようで、思っていた以上に人が多い。


「ほら! あれです、旦那さま」

「あーなるほど、あれか。確かに列を作っているな。よし、オレたちも並ぼう」


 オレとリーサは、そばにあった共同の馬繋場ばけいじょうにパルフェの手綱たずなを繋ぐと、三十人ほど並んでいる参詣さんけいの列の最後尾についた。


 並びながら、女神像を観察する。

 二メートルの高さの台座の上に立つ、大人の姿をした女神メロディアースだ。

 同じ彫刻家の手によるものなのか、ヴェルクドールやグリンゴ諸島に建っていたものとデザインはほぼ一緒だ。


 参拝客はその場にひざまずいて祈ったり、専用台に蝋燭ろうそくそなえたり、台座前に設置された足場を登って像の足元にお菓子を供えたりと、女神像にふれること自体は特に禁止されてはいないようだった。


 一般の参拝客も多いが、やはりその性質上、女神の横顔をかたどったペンダントのついたネックレスを首元からさげている人が多い。

 つまり、メロディアス神教徒だ。


「旦那さま、順番がきたよ」


 オレは無言で台座前の足場を登ると、他の参詣者同様、女神像の前でこうべを垂れつつ、その足にそっと手を触れた。


 ◇◆◇◆◇


 どこまでも続く真っ白な空間。

 足元をすっかり隠す、白い雲。 


 オレはいつものように、狭間の空間はざまのくうかんに立っていた。

 真っ白な巨大玉座には、ニヤニヤしながら胡坐あぐらをかく銀髪の幼女――創世の女神・メロディアースがいる。


 オレは軽く肩をすくめながら女神に話しかけた。


「やっぱりあれ、詐欺だと思うんだよな。だってメロディちゃん、幼女じゃん。誰だよ、あれ。お姉さんでもいるのか?」

『失敬な。アレはれっきとしたワシじゃ。アレが作られた時代、確かにワシは大人体型でお仕事をしておった。ワシは見た目年齢を自由自在に変えられるんじゃが、単純にここ何百年か、この幼女体型がマイブームというだけじゃ。気にするな』

「ふぅん。変なの」


 オレはひと言だけ言うと、巨大ガチャマシンの前に立った。

 前回来たときは、五枚並んだ縦型五十インチモニターのうち、一番右端のモニターにバツ印が印刷された紙が貼られていた。

 それが今回は、真ん中にも✕印の紙が貼られている。


「勇者候補がまた一人死んだってことか。残りはあと三人。だけどこれ、実在しているのか?」

『……どういう意味じゃ? 二人ともその最後の瞬間まで正々堂々と戦ったぞ?』

「そう……なのか? いや、確かスタート時、一番右のモニターには中年熟女の魔法使いが、真ん中のモニターには盗賊が映っていたよな。だがこの世界には勇者と三人の聖女との伝説がある。そっちの勇者が勝ち進んじまうと、聖女伝説と食い違ってくるだろう? そこらへんの整合性はどうなっているのかと思って」

『あぁ、そういうことか。それはな? 結果が分かった上で過去の世界に伝説の種を撒いたからじゃ』


 何言ってんだ、コイツ。未来を見た後、時間をさかのぼって伝説を流布るふしたとでも言いたいのか? そんな『ちょっとそこのコンビニまで』みたいな軽いノリで時間遡行じかんそこうしたってか? ……いやいや待てよ。コイツこれでも女神だよな。言われて見れば確かに、そんな芸当も平気でやれそうな気はするぞ……。


 オレの思考を読んでいるのか、女神メロディアースがニヤニヤ笑っている。

 だが、もしそれが本当だとすれば、脱落勇者は死ぬことが分かっていて旅立たされたってことにならないか? 


「意味が分からねぇ。つまり、オレがここを旅立ったときには、オレが最終的に生き残って魔王と戦うってことは確定事項だったってことなのか? でも、それなら他の勇者候補を送りだす必要はないだろう?」

『違う違う。勇者候補が旅立つときは全員真っ白な未来じゃった。ちゃんとお主ら全員が旅立ってから、未来をのぞいて結果を確認したぞ? その上で、過去に戻って結果に沿った伝説を広めたんじゃ。そこにズルはない。そして、だからこそ伝説は絶対外れない』

「何のためにそんな回りくどいことをする?」

『女神による託宣たくせんが絶対だと我が民に知らしめるために。それがより強く、ワシの女神としての威厳いげんに繋がる』

「くだらねぇ。が、分からねぇでもないか。造物主に絶対服従してもらわなくちゃマズいもんな。ってことは、メロディちゃんは今後オレがどうなるか、全てを知っているってわけか」

『……教えんぞ? 教えたら未来が変わってしまうからの』

「聞かねぇよ。こういうのは変に知っちまうとかえって良くない結果になっちまうからな」


 オレの言葉に実感できるものがあったのか、女神がうんうんとうなずく。

 ともあれ納得したオレは、次に自分のモニターを確認したが、案の定、そこにはリーサが映っていた。

 剣に雷をまとわせたリーサが、とボウガンを駆使くしし、高速戦闘をしている映像だ。

 いやはやカッコいい。

 だがこれは、いつのリーサを撮ったものなのだろう。


 そして、今はリーサしか映っていないが、メロディちゃんの説明が正しければ、フィオナとユリーシャのデータも厳然げんぜんとして機械の中に残っているはずだ。

 三人が揃ったとき、喧嘩とかしなければいいけどな。


 確認はできたからこれはもういいかとモニターから離れようとしたオレは、映像に若干じゃっかんの違和感を感じた。

 何だ? 前回までと違う仕様しようでもあるのか? それはどこだ?


 オレはしばらくモニターを細部に渡るまで見ていて、やっと気がついた。

 右上の表示だ。以前『外部入力』となっていた部分に別の表示が入っている。


藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺい』。

 オレの名前だ。

 なにげなく他のモニターの人名表示を確認したオレの目が固まる。

 隣の四番モニターに『久我光寿くがみつとし』と表示が入っている。


「久我……だって!?」

『そうか。久我はお主の知り合いだったな。確か、幼少時からの縁だったか?』

「高校だよ。どこ情報だ、そりゃ。まぁいい。コイツ死んだのか。死因は?」

『自殺じゃ。自宅で首を吊っておった。それ以上は言えん』

「そっか……。久我は頭も良いし先生の受けも良いしで典型的な優等生だったんだよ。素行そこうのあまり良くなかったオレは、年がら年中説教を食らってな? オレみたいな問題児、放っておけばいいのにしつこいくらいに食らいついてきてさ。それが大学まで同じところ行っちまったもんだからホント閉口へいこうしたよ。どういう縁なんだかな」


 女神メロディアースは何も言わない。

 必要なのは、オレが勇者として魔王と戦うことであって、オレのプライベートなどどうでもいいことなのだろう。

 オレは久我への思いを振り切って女神と向き合った。


「さ、じゃ、いつもの行こうか。奇跡一丁、よろしく頼む!」

『任せておけ』


 そしてオレは、女神メロディアースに望みを伝えた。


 ◇◆◇◆◇


 何ごともなかったかのように参詣用の足場から降りたオレは、同じく参詣を終えて駆け寄ってくるリーサを待った。

 と、次の瞬間、強烈な鬼気がオレの背中に浴びせかけられた。

 反射的に振り返ると、それが合図かのように鬼気が止む。

 まるでオレに気づかせるためだけに放ったかのようだ。


 見るとスィーツ屋の露店に子供が二人座っている。

 真っ黒の服を着た十歳くらいの、とても可愛らしい少年と少女だ。 

 二人してパフェのようなスィーツを食べながら、オレに向かって笑顔でスプーンを振ってみせる。

 信じられないが、鬼気の発生源は確かにこの子供らだ。


「……嘘だろう?」

「どうしたの? 知り合い?」


 近寄ってきたリーサが、小首をかしげながら子供たちを見た瞬間、顔色が変わった。 

 反射的に飛び退すさると、剣の柄にに手をかけ、臨戦体勢に入る。

 どうやらリーサも、子供たちの出すドス黒い気に気づいたらしい。


「座りなよ、勇者さん。お話しよう」

「座りなよ、勇者さん。お話しようよ」


 オレは黙って子供たちの前の席に座ると、店員にお茶を頼んだ。

 本当はここの地酒を試そうと思っていたんだが、そんなことを言っていられる状況じゃなくなっちまった。

 リーサも油断なくオレのすぐ後ろに立つ。


「自己紹介するね? 僕はプルディシオ=ソリス。こっちは双子の妹のアウロラ=ソリス。七霊帝の一つ、怠惰帝たいだていの称号を魔王さまからたまわったソリス兄妹だよ」

「二人で怠惰帝を担当しているのよ」


 子供たちはそう言うと、ニッコリ笑った。

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