アーバスは、村とは言っても特に境界線が引かれた土地ではなく、何となくこの辺り、と認識された村だ。
砂の大地から徐々に雑草と土の入り混じる地面へとかわり、生える木々が段々と大きくなっていき、いつしか生えだす大木を縫って進むと巨大な湖に出る、といった感じだ。
「凄いなこりゃ。本当に砂漠のド真ん中に湖がありやがる」
地図で確認したところ、対岸までざっと一キロの、ほぼ円形の湖なようだ。
このオアシスが発見されてから、水が枯れたというような事象が記録されていないらしいので、湖には結構な水量があるのだろう。
あるいは地下水系のおかげか。
オレは緑色の
オレの左隣をリーサが、自分の黒いパルフェに乗って
見ると、自分たちはもちろん馬やパルフェにも水を飲ませる必要があるからか、隊商の多くが湖岸に沿ってテントを張っていた。
観光客も数多く、それを相手に商売する露店も数多く立ち並び、多くの人たちが行き交っている。
その様子は
「ほら! あれです、旦那さま」
「あーなるほど、あれか。確かに列を作っているな。よし、オレたちも並ぼう」
オレとリーサは、
並びながら、女神像を観察する。
二メートルの高さの台座の上に立つ、大人の姿をした女神メロディアースだ。
同じ彫刻家の手によるものなのか、ヴェルクドールやグリンゴ諸島に建っていたものとデザインはほぼ一緒だ。
参拝客はその場に
一般の参拝客も多いが、やはりその性質上、女神の横顔を
つまり、メロディアス神教徒だ。
「旦那さま、順番がきたよ」
オレは無言で台座前の足場を登ると、他の参詣者同様、女神像の前で
◇◆◇◆◇
どこまでも続く真っ白な空間。
足元をすっかり隠す、白い雲。
オレはいつものように、
真っ白な巨大玉座には、ニヤニヤしながら
オレは軽く肩をすくめながら女神に話しかけた。
「やっぱりあれ、詐欺だと思うんだよな。だってメロディちゃん、幼女じゃん。誰だよ、あれ。お姉さんでもいるのか?」
『失敬な。アレはれっきとしたワシじゃ。アレが作られた時代、確かにワシは大人体型でお仕事をしておった。ワシは見た目年齢を自由自在に変えられるんじゃが、単純にここ何百年か、この幼女体型がマイブームというだけじゃ。気にするな』
「ふぅん。変なの」
オレはひと言だけ言うと、巨大ガチャマシンの前に立った。
前回来たときは、五枚並んだ縦型五十インチモニターのうち、一番右端のモニターにバツ印が印刷された紙が貼られていた。
それが今回は、真ん中にも✕印の紙が貼られている。
「勇者候補がまた一人死んだってことか。残りはあと三人。だけどこれ、実在しているのか?」
『……どういう意味じゃ? 二人ともその最後の瞬間まで正々堂々と戦ったぞ?』
「そう……なのか? いや、確かスタート時、一番右のモニターには中年熟女の魔法使いが、真ん中のモニターには盗賊が映っていたよな。だがこの世界には勇者と三人の聖女との伝説がある。そっちの勇者が勝ち進んじまうと、聖女伝説と食い違ってくるだろう? そこらへんの整合性はどうなっているのかと思って」
『あぁ、そういうことか。それはな? 結果が分かった上で過去の世界に伝説の種を撒いたからじゃ』
何言ってんだ、コイツ。未来を見た後、時間を
オレの思考を読んでいるのか、女神メロディアースがニヤニヤ笑っている。
だが、もしそれが本当だとすれば、脱落勇者は死ぬことが分かっていて旅立たされたってことにならないか?
「意味が分からねぇ。つまり、オレがここを旅立ったときには、オレが最終的に生き残って魔王と戦うってことは確定事項だったってことなのか? でも、それなら他の勇者候補を送りだす必要はないだろう?」
『違う違う。勇者候補が旅立つときは全員真っ白な未来じゃった。ちゃんとお主ら全員が旅立ってから、未来を
「何のためにそんな回りくどいことをする?」
『女神による
「くだらねぇ。が、分からねぇでもないか。造物主に絶対服従してもらわなくちゃマズいもんな。ってことは、メロディちゃんは今後オレがどうなるか、全てを知っているってわけか」
『……教えんぞ? 教えたら未来が変わってしまうからの』
「聞かねぇよ。こういうのは変に知っちまうとかえって良くない結果になっちまうからな」
オレの言葉に実感できるものがあったのか、女神がうんうんとうなずく。
ともあれ納得したオレは、次に自分のモニターを確認したが、案の定、そこにはリーサが映っていた。
剣に雷をまとわせたリーサが、
いやはやカッコいい。
だがこれは、いつのリーサを撮ったものなのだろう。
そして、今はリーサしか映っていないが、メロディちゃんの説明が正しければ、フィオナとユリーシャのデータも
三人が揃ったとき、喧嘩とかしなければいいけどな。
確認はできたからこれはもういいかとモニターから離れようとしたオレは、映像に
何だ? 前回までと違う
オレはしばらくモニターを細部に渡るまで見ていて、やっと気がついた。
右上の表示だ。以前『外部入力』となっていた部分に別の表示が入っている。
『
オレの名前だ。
なにげなく他のモニターの人名表示を確認したオレの目が固まる。
隣の四番モニターに『
「久我……だって!?」
『そうか。久我はお主の知り合いだったな。確か、幼少時からの縁だったか?』
「高校だよ。どこ情報だ、そりゃ。まぁいい。コイツ死んだのか。死因は?」
『自殺じゃ。自宅で首を吊っておった。それ以上は言えん』
「そっか……。久我は頭も良いし先生の受けも良いしで典型的な優等生だったんだよ。
女神メロディアースは何も言わない。
必要なのは、オレが勇者として魔王と戦うことであって、オレのプライベートなどどうでもいいことなのだろう。
オレは久我への思いを振り切って女神と向き合った。
「さ、じゃ、いつもの行こうか。奇跡一丁、よろしく頼む!」
『任せておけ』
そしてオレは、女神メロディアースに望みを伝えた。
◇◆◇◆◇
何ごともなかったかのように参詣用の足場から降りたオレは、同じく参詣を終えて駆け寄ってくるリーサを待った。
と、次の瞬間、強烈な鬼気がオレの背中に浴びせかけられた。
反射的に振り返ると、それが合図かのように鬼気が止む。
まるでオレに気づかせるためだけに放ったかのようだ。
見るとスィーツ屋の露店に子供が二人座っている。
真っ黒の服を着た十歳くらいの、とても可愛らしい少年と少女だ。
二人してパフェのようなスィーツを食べながら、オレに向かって笑顔でスプーンを振ってみせる。
信じられないが、鬼気の発生源は確かにこの子供らだ。
「……嘘だろう?」
「どうしたの? 知り合い?」
近寄ってきたリーサが、小首をかしげながら子供たちを見た瞬間、顔色が変わった。
反射的に飛び
どうやらリーサも、子供たちの出すドス黒い気に気づいたらしい。
「座りなよ、勇者さん。お話しよう」
「座りなよ、勇者さん。お話しようよ」
オレは黙って子供たちの前の席に座ると、店員にお茶を頼んだ。
本当はここの地酒を試そうと思っていたんだが、そんなことを言っていられる状況じゃなくなっちまった。
リーサも油断なくオレのすぐ後ろに立つ。
「自己紹介するね? 僕はプルディシオ=ソリス。こっちは双子の妹のアウロラ=ソリス。七霊帝の一つ、
「二人で怠惰帝を担当しているのよ」
子供たちはそう言うと、ニッコリ笑った。