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第36話 闘技場

 それは、十歳くらいの見た目をした子供たちだった。

 本人たちのげんによると、双子の兄妹らしい。


 二人とも喪服のような黒スーツを着ているのだが、兄は膝丈の半ズボンで妹はワンピースだ。

 二人とも黒髪で、兄がマッシュ、妹がマッシュボブ。

 妹の方が若干長いが、言うほど変わらない。服を取りかえられたら気づけるか、はなはだ疑問だ。


 兄妹ともに整った容姿をしており、そろって子役デビューしたら人気が出そうな気がする。

 もちろん魔族だから、そんな予定はあるわけないのだが。


 名前は、兄がプルディシオ=ソリスで妹がアウロラ=ソリス。

 その可愛らしい容姿とは対照的に、魔王直属の魔族の称号『怠惰帝たいだてい』をたまわっているってことは、こう見えてとんでもなく強いってことだ。


 参ったな。二人一組だと? 一対一であれだけ苦労したってのに、次は二人同時に相手しなくちゃいけないってことかよ。しかも見た目は子供ときている。戦いづらいったらないぜ。


「あぁ、そちらのお姉さん。動かない方がいいよ? 僕たちがその気になったら、この村はあっという間に廃墟になるよ? 何人犠牲になるかなぁ?」

「何人犠牲にしちゃおうかぁ」

「……リーサ、剣から手を離せ。まずは話を聞こう」

「う、うん、旦那さま……」


 リーサは剣のつかにかけていた手をゆっくりとはずした。

 相手の圧倒的な強さが分かるのか、その端正な顔が緊張で強張こわばっている。

 一応戦闘モードを解いたものの、何かことが起こればすぐ対応できるよう、リーサは座らずにオレの後ろに立ったままだ。


「ありがとう、お姉さん。さて、勇者さん。ひょっとして想像ついているかもしれないけれど、僕たち七霊帝の持つ暗黒体ダークネスボディは、本来もっと大きいんだ。あなたに倒されたグラフィドやアヴァリウスは、勇者と互角な条件で戦って自分の強さを確かめたいとか馬鹿なことを考えるから敗れ去った」

「馬鹿な奴らだよねー」

「あー、やっぱりか。そんな気がしたんだよ」


 それに関してはずっと思ってた。何となく窮屈きゅうくつそうに戦っているような気がしたからだ。なるほど、相手と同じ土俵に立って勝つ。それがあいつらのプライドか。


「僕らはそういうのには興味ないんだけど、あんまりあっさり勝負がついてしまうのも面白くないと思っているんだ」

「あっという間に終わったら面白くないもんね? 楽しまなくっちゃ」


 いちいち妹が追従ついしょうしてくるのがウザい。


「で? それならオレはどうしたらいい? どっちみちオレはお前らと戦って倒す必要があるんだ。条件を提示してくれよ。よほどひどい条件じゃなきゃ飲んでやるから」

「あはは。さすが勇者、話が早い。だがこちらも無理無体むりむたいを言うつもりはないよ。ここから三十ビルトほど西に行ったところに、古代カリクトゥス王国時代にあった闘技場があるんだ。砂漠に飲まれた、もう人も訪れない忘れられた場所だけどね。そこで待っているからきてよ。そこなら僕たちも遠慮なく本体をだせる。誰も邪魔が入らない場所で存分に殺し合おう」

「殺し合おうよ」


 双子がニコニコ笑いながらとんでもない提案をする。

 がまぁ、いいだろう。それぐらいならなんてことはない。


 オレは以前、アブローラ号の船長でもあったロベルトに、この世界の単位を聞いたことがあった。 

 確か一ビートで一メートルちょい。一ビルトで一キロメートルちょいだから、十ビルトで十キロか。西に三十キロね。パルフェで移動すればなんてことない距離だ。


「いいぜ。ただ、こっちもずっと旅を続けてきていい加減疲れてきているんだ。汗臭いし、風呂にも入りたい。せっかくオアシスに来たんだ。少しは休ませてくれよ」


 双子は互いに顔を見合わせると、揃ってうなずいた。


「いいよ。千年を生きる僕らには有り余るほど時間があるから。三日後くらいを目安にゆるゆるとくるがいいさ」

「体調万全、準備万端にしてくるがいいよ」


 それだけ言うと、双子は空気に溶けるように消えていなくなった。

 本当にそこに彼らがいたのか、疑問に思うほど見事な消えっぷりだった。


「うーん。そうあっさりオーケーが出ると、なおさら休みを満喫まんきつしたくなってくるな」


 却下されるの覚悟で言ってみたんだが、割とあっさりオーケーが出たのでちょっと拍子抜けだ。

 とそこで、緊張感たっぷりのリーサがやっとのことでボソリとつぶやいた。


「あれが……旦那さまの戦う魔族なのね? たまに出没する魔族とはまるでレベルが違っていた。とてもじゃないけどかなわないよ」


 危機をからくも脱出できてホっとしたのか、リーサはテーブルに突っした。

 ただその場に同席しただけなのだが、気絶しそうなくらい消耗している。


 ちょうどそこに、若い男性の店員が熱いお茶を二つ持ってきた。

 オレはありがたくお茶を受け取ると、リーサにも飲ませた。腹にみるその温かさにホっとする。


「では、ごゆっくり」


 オレは店員が去るのを見計らって、テーブルでグッタリしているリーサの頭を撫でてやった。


 七霊帝は強烈な陰の気を放つ。

 その気は、長時間傍にいるだけで身体をむしばむレベルだ。

 こんな近くでモロに七霊帝の気を浴びたからな。そりゃ辛かろうぜ。


 店員が机の端に置いていったレシートを何の気なしに見てみると、お茶以外の表記があった。

 さっきまで魔族の兄妹が食っていたあのスィーツだ。まさかあいつら、自分たちの食った分の料金をこっちに回してきやがったのか? 魔族のくせに何てセコい奴らだ! 信じられねぇ!!


 騒ぎを起こしたくなかったオレは、渋々アイツらの分も支払ったが、絶対この分のお礼はしちゃるからな!!


 ◇◆◇◆◇


 折角三日も時間をもらったので、オレとリーサは出発をギリギリまで遅らせて、アーバスに滞在することにした。

 目的地まではここからパルフェでせいぜい三時間。

 三日目の朝に出れば昼前には余裕で着く。

 さすか怠惰帝だけあって焦る気ゼロだ。


 ということで、オレはリーサと共にアーバスの外れにテントを張って、期日いっぱい特訓を行うことにした。

 と言っても、特訓内容はフォーメーションがメインになる。

 ちょうど女神像の反対岸だから、人はいない。

 そうして、昼は特訓、夜はエッチと、目一杯身体を動かして過ごした。


 色々考えはしたんだが、オレが制限解除リストリクションリリースで対応できるのは一人だけだ。どっちか一人はブーストモードの段階で倒すか、リーサにお任せする必要がある。


 今まで戦った七霊帝は、二人ともオレに匹敵するレベルの治癒能力を備えていた。 

 おそらくあの兄妹も同じような治癒能力を持っているだろう。


 その治癒能力を上回るスピードで怠惰帝を傷つけ、その体内から魔核デモンズコアを抜き取らなければならない。

 魔核と黒靄くろもやとを引き離さない限り、無限に再生し続けるからだ。


 ともあれ、それができないと、制限解除後の無防備状態で首を落とされてゲームオーバーだからな。一秒が運命を分ける。うまいことリーサと連携を取らないと。


「リーサ、こっちは準備オーケーだ。そろそろ行けるか?」

「うん、大丈夫。行こう」


 いつもの制服を着てすっかりギャル風に戻ったリーサは、腰に剣帯をぶら下げると、マントを羽織った。

 あぁ、折角のギャル姿が厚手のマントで隠れてしまった!

 もったいないがしょうがない。ちょっぴりしょぼーんとしながら、リーサをパルフェに乗せる。


「頼りにしているぞ、リーサ」

「うん。ボク、頑張るよ」


 リーサはニコっと笑うと、砂漠用ゴーグルをつけた。

 いよいよ、命がけの戦闘が始まる――。

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