ティンバーは山間に築かれたにしては、それなりに大きな町だった。
ここは林業を
あくまで地元産業中心で、観光客誘致などはまるで考えていない様子だ。
とはいえ、やはり林業に従事する労働者は家族単位で住み着くようで、商店や飲食店、酒場に教会、病院、そして子供たち用の学校等、最低限の設備はしっかり整っているようだった。
オーバル王国を出立したのが二日前。
オレの首元で揺れるガイコツ人形はこの町に行くよう指示していたが、実際着いてみると、特に魔族がいるような様子もないしイベントが起きそうな気配もない。
三人娘に必要品の補充をお願いしたオレは、仕方なく、何か変わった話でも聞けないかと町の食堂へと向かった。
そこでオレは、驚くべきものを目にしたのだった。
「日の出食堂二号店!? 漢字の看板かよ……」
店の入り口に白色の
もちろん異世界から来る者は、そう多くないにせよ、いないわけではない。
その中には帰れなくなった者だっているだろう。
だがこのタイミングでオレがこの店に出くわすのは、あまりにもできすぎている。
しばらく唖然としつつ店構えを見ていたオレは、意を決し、暖簾を潜った。
「あぁ、すみませんね、お客さん。お店は昼からなんですよ。申し訳ありませんが、昼ごろまた出直して来てもらえますか?」
薄水色のブラウスに白い生成りのエプロン姿の中年女性が清掃の手を止め、オレに向かって声をかけてきた。
四十代半ばといったところだろうか。
それなりに整った顔立ちではあるのだが、化粧っ気もあまりなく、髪も無造作に後ろに束ねているだけなので、容姿の美よりも働く女性としての美しさが前面に出ているイメージがある。
だがこの女性、どこかで見たことがある……。
一瞬の回想の末その正体に思い至ったオレは、思い切って尋ねてみようと口を開いた。
そのとき――。
「何だい、お客さんかい? 悪いね。うちは昼からなんだ」
後ろからの声に振り返ったオレの前にいたのは、五十代くらいの瘦せぎすな、優しそうな目をした男性だった。
こちらの正体を一瞬で悟ったようで、男がオレを見て目を大きく見開く。
「あんた、まさか……」
「ひょっとしてキミは……」
男は真っ白なシェフエプロンを着け、髪を綺麗に角刈りにしていた。
どう見ても日本人だ。
市場帰りなのか、手に持ったカゴの中に肉やら魚やら野菜やら、食材がたんまり入っている。
「オレは
「自分は
「やっぱり……」
「話したいことが山ほどあるな。とりあえず店内に入ってくれないか。まだ開店には時間がある。ゆっくり話そうじゃないか」
「喜んで」
オレは殿村と固い握手を交わした。
◇◆◇◆◇
店内にいるのはオレと三人娘に、殿村と店員の女性の五人だ。
ありがたいことにまだ朝早いので、ゆっくり会話ができる。
オレは女性を見た。
格好こそ違うものの、どう見ても
ということは、あの一番右のモニターが殿村のものということで間違いないのだろう。
だが、あのモニターにはバツ印が印刷された紙が貼ってあった。
女神メロディアースも脱落したと言っていたから、勝手に魔物にでも殺されたのだろうと思っていたのだが、いやいやどうして、こうしてしっかり生きている。
どういうことなんだ?
「疑問に思うのも無理はない。まずは経緯を話そう。自分は元々浅草で洋食屋をやっていてね。若くして妻を亡くし、以来、一人息子を育てながら店を一人で切り盛りしていたんだが、無理が祟ったか、
「お子さんは?」
「うん。調理学校を無事卒業して、とりあえずはうちの店で経験を積んでってところだったんだがね。ただ店は残せた。ちょっと早いが、日の出食堂はせがれが盛り立ててくれるだろうさ」
優しい目をしている。
その口調からは、生き返るという選択肢が見えてこない。もう、現世への未練はないということなのだろうか。
オレはズバリ尋ねてみた。
「なるほど、だから二号店なんですね、ここは。でも、魔王討伐による報酬で生き返ろうとは思わないんですか?」
全員の視線が集中する中、殿村はお茶でちょっとだけ唇を湿らせると、再び口を開いた。
「妻が死んで二十年。以来涙をこらえ、息子のためにと必死に生きてきた。その息子もようやく一人立ちできた。もういいだろう? 自分のために生きても。異世界アストラーゼに包丁一本で放り出され、彼女――エダと出会ったとき、私はようやく解放されたと思ったんだ」
殿村が左に座ったエダの右手をそっと握った。
エダが言外に『いいんですよ』という顔をしながら殿村に向かって微笑む。
その様子は、まるで熟年夫婦のようだ。
……むずがゆい。
そういえば、以前女神メロディアースが、狭間の空間のガチャにはひと目で恋に
殿村にとって、エダが正にそれだったのだろう。
「とはいえ、生きて行く以上は何かしら稼がなくてはならないからね。私はエダをパートナーに魔物を狩りまくって開店資金を貯めると、女神さまにリタイア宣言をしてこの店をオープンさせたんだよ」
しばらく黙って聞いていたユリーシャが、そっと手を上げた。
「何だね? お嬢さん」
「うん。お二人はその……想い合って……いるんですよね? その割には指輪とかしている様子もないし……。結婚式とかはしないのかなぁって……」
ユリーシャの質問に、殿村とエダがそろって頬を染める。
二人とも純情なのだろうが、見てるこっちは何とも居心地が悪い。見てていいのか? これ。
「いや、自分たちはそういう関係ではないというか……。そりゃもちろんエダを想ってはいるが、自分はもうオジサンだし、バツイチだし。なぁ……」
「そ、そうです。私も若いころに主人を亡くし、以来、町の魔法使いとして一人で生きてきましたが、こんなオバサンが再婚だなんて……ねぇ……」
「き、キミはオバサンなんかじゃないよ! とても綺麗だよ。自信を持ってくれ」
「あ、あなただってオジサンなんかじゃないわ。とっても素敵ですわ」
見つめ合う殿村とエダ。熟年カップルのイチャイチャ。
恥ずかしすぎて見ていられない。
「じゃ……そろそろ行こうか?」
「そう……だね、旦那さま。邪魔しちゃ悪いし」
「あんまり長居すると開店の準備に間に合わなくなっちゃうもんね、テッペー」
「お邪魔しましたぁ。センセ、待ってぇ!」
ごにょごにょと言いわけをしつつオレたちは店を出たが、殿村とエダは最後までイチャイチャしていた。
ひょっとしたら、オレたちが店を出たことすら気づいていないんじゃないだろうか。
オレはふと思って、胸元のガイコツを見た。
――ひょっとしてお前が彼とオレを会わせたかったのか?
だが、
オレは軽くため息をつくと、空を見上げた。
まだ午前中だからか、空が青い。
まぁ脱落したところで、当人が幸せならそれでいいんだろうさ。
オレたちは再びパルフェに乗ると、次の町へと先を急がせるのであった。