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第54話 過去からの遺産

 オーバル王国宮廷の奥の奥――。


 下界と完全に遮断された王族専用エリアに、王族以外はほんのわずかの重臣たち、そして専属の庭師しか入れないという秘密の中庭があった。

 出入りは厳重に管理されており、現オーバル国王・ジョルジュ=オーバルの治世になってから、関係者以外でここに入るのはオレたちが初めてだという。


 そこは芝生で覆われた、百メートル四方程度のトピアリー庭園だった。

 石畳の通路に沿って綺麗に刈り揃えられた木が植えられ、真っ白な玉砂利が敷かれ、色とりどりの花の植えられた花壇があり、ちょっとした池などもあり。

 そこで王族は喧騒けんそうから離れて息抜きをしたり、家族との団らんを楽しむという。


「とても素敵な庭園ですね」

「うむ。王妃がここが大好きでな。大きなお腹を抱えて、小さいシャールとよくここに来ていたものだ」

「え? ね、ボクは?」

「マーカスは母さまのお腹の中さ」


 第二王子マーカスの無邪気な問いに、第一王子シャールが答える。

 それを見て、王さまが懐かしそうに、そして悲しそうに笑う。


 王自ら案内してくれた庭園中央に設置された東屋あずまやに、それはあった。

 豪奢な東屋の隅に、どこぞの納屋にでも埃をかぶってしまってありそうな、場違い極まりない小さくてボロいテーブルが無造作に置いてあり、その上に手荷物サイズの小さな宝箱が乗っている。


「むき出しかよ!」


 思わず声を出してしまう。

 いや、だって秘密の宝箱なんだろ? 一応屋根があるから言うほど濡れはしないだろうが、屋外に置きっ放しだぜ? 万が一泥棒が入ったらどうするんだよ。

 だいたい、空から普通に入ってこれそうな気がするし。


「まぁそう思うだろうな。だがこの宝箱、見た目に反して重くてビクともしないのだよ」

「なら中身だけ取ればいいじゃないですか。ヒョイって蓋を開けて」

「と思うだろう? だがこれが駄目なんだ。接着だか溶接でもされているのか、蓋も全く動かない」

「そんな風に見えないけどなぁ……」


 顔を近寄せてつなぎ目を見てみたが、何らかの封がされている跡は全くない。

 念のために聞いてみる。


「盗賊は? 頼んでみたんですか?」

「無論だ。先代のときの話だが、鍵開けの達人を極秘裏ごくひりに連れてきて試してみたし、開錠魔法に優れた魔法使いも呼んでみた。結果はことごとく失敗。それ以前の先祖も試したことがあるらしいが、どれも失敗だったと聞いている。ちなみに破壊も試みてみたがこれも駄目だった。どうにもならん。たまにここで家族だけでお茶をすることがあるのだが、まぁ邪魔で邪魔で。なぜこんな所に置いたのだか……」

「でしょうね」


 オレと王さまは顔を見合わせ笑った。

 王さまは見た目は四十代半ばで、身体もかなり鍛えていそうな武人タイプだ。

 さぞかし厳しめな人かと思いきや、こうして素の部分から見え隠れする様子からすると、息子たちにはかなり甘いようだ。


 子供たちが寂しがらぬよう、亡くなった王妃さまのぶんも含めて、愛情をたっぷり注いでいるんだろうな。


 十二歳と十歳の二人の王子さまたちも、ずいぶんと三人娘に懐いている。

 おい、子供だからってオレの女の子たちにそんなにベタベタするな!


「旦那さま、大人げない表情しているよ?」


 リーサが、抱きついてきた下の王子の頭を優しく撫でながら、そっとオレに耳打ちをする。


「気のせいじゃないか?」


 頬を引きつらせながらオレは返事をした。

 王さまが続ける。


「ま、経緯としてはごく単純な話でな? 記録によれば、ここに宝箱を置いた粗忽者そこつものはカノージン王らしい。考えてみれば当然の話だ。勇者にしか扱えぬ宝箱をカリクトゥスからここまで運べるのは勇者であるカノージン以外にいないのだからな」


 オレはカノージンの爺さんの顔を頭の片隅に思い浮かべた。

 娘の城で管理してもらいたかったのだろうが、そりゃ自分で運ぶしかないわな。


「娘の結婚式に列席するべくこの国を訪れたカノージンは、ここに宝箱を仮置きしたのだが、すっかり忘れて帰国してしまった。だもので、誰もここから動かせなくなってしまい、我が先祖が仕方なくここを秘密の庭園にしたという、宝箱ありきの何とも間抜けな話なのだよ」

「以来ここに置きっ放しか。しょうがねぇな、あの爺さん」


 王さまと二人して笑う。

 ひとしきり笑ったところで、オレも試してみることとした。

 ここにはオレと三人娘。そして王さまと二人の王子、邪魔にならないちょっと離れたところに老いた宰相が一人いるだけだ。


「んじゃ、開けるぜ」

 ギィ……。


 周囲の期待の視線の集まる中、宝箱は難なく開いた。

 というよりこの宝箱、そもそも鍵自体ついていなかった。

 ただ蓋が閉まっていただけ。接着も溶接もされていない。単純にその蓋が重すぎて開けられないだけだったのだ。


 もっともそれは、オレに限った話。

 勇者以外の人間には、蓋はもちろんのこと本体も、とんでもない重さに感じられたんだろうけどさ。

 よほど中を見たかったのか、王さまが勢い込んで宝箱を覗き込んだが、いきなりテンションがだだ下がりした。


「おぉ! おぉ……。これが……。何だ? これは。えぇ……? 散々期待させておいて入っていたのはこれだけなのか?」


 ミカン箱程度の大きさの宝箱に入っていたのは、むき出しの金色の指輪が一個っきりだった。指輪ケースにすら入っていない。


 オレは王さまと目を合わせ、うなずくと、指輪を摘まんで持ち上げてみせた。

 皆の視線が集中する。


 指輪には、太陽と羽根をモチーフにした精緻な意匠が施されていた。

 綺麗ではあるが、見た目の美しさより歴史の遺物としての価値に重きを感じるような指輪だ。


「ね、旦那さま。それ女性ものでしょ? 太陽と羽根ってことは、ユーリの装備品なんじゃない?」


 リーサが後ろからオレに声をかける。


「ほい、センセ」


 フィオナにうながされたユリーシャが、持っていた錫杖しゃくじょうを突き出した。

 天辺てっぺんのシンボルは、確かに太陽と羽根だ。


 次いで、クルっと回って背中――マントをオレに見せる。

 白地に金糸でされた刺しゅうの模様は確かに太陽と羽根。うん。完全に一致している。


「……あ、そういうことか。王さま、ひょっとしてこの城に嫁入りした先代勇者の娘さんって、母親がいやしの聖女だったのかい?」

「その通りだ。良く分かったな」

「なるほど、そういうことか。ユリーシャ、これは先代の癒しの聖女から今代の癒しの聖女への贈り物だ。お前が装備しろ」

「ほいほーい」


 ユリーシャが照れながら左手をそっとオレの前に差し出した。

 意味が分からず、オレは手に持った指輪とユリーシャの顔を二度見した。

 ユリーシャがムっとした顔をする。


「センセの意地悪! 指輪って言ったら左手の薬指でしょ!」

「いや、そこは結婚指輪の位置だろ?」

「テッペー。勇者と聖女の誓いの指輪だから左手の薬指でいいんだよ。……多分」

「いや、でもお前ら、それでいいのか?」

「だって流れからしたら、絶対ボクたちにもボクたち専用の指輪が用意されているもん。そのときに左手の薬指にはめてもらうからいいんだ」

「そんなもんなのか?」


 オレは差し出されたユリーシャの指に、癒しの聖女用の指輪をはめた。

 指輪が一瞬ポワっと光る。

 途端に上機嫌になったユリーシャが、指輪を太陽の光にかざしてニヤニヤし出した。


「一足先に装備がそろっちゃいました! うっは、これ、人妻感が半端ないね! 何か分かんないけど、ビンビン来るよ! フィオナちゃん、リーサちゃん、抜け駆けっぽくってゴっメンねぇ!!」


 ドヤ顔で喜ぶユリーシャの姿を目の当たりにしたフィオナとリーサは、青空の下、顔を見合わせ苦笑した。


 ◇◆◇◆◇ 


 逗留とうりゅうを申し出てくれた王さまのご厚意を丁寧に断ると、オレたちはまたパルフェに乗って旅を再開した。

 城に滞在中、勇者さまとして気を使われるのも嫌だったし、舞踏会を毎日開催されそうな雰囲気もあったので、さすがに遠慮したのだ。


 ただ、ありがたいことに、お城を出る前に装備を整えてもらったので携帯食料も満杯になったし、寝袋や着替え一式、マント等も真新しい物を用意してくれたお陰で、この先しばらくは快適に旅を続けられそうだった。


「旦那さま、次はどこへ向かおうか?」


 王宮を出てずんだを歩ませるオレの横に漆黒のパルフェが音もなく寄り添うと、それに乗ったリーサがオレに地図を渡してきた。

 通行の邪魔にならないよう、前方に白いパルフェに乗ったフィオナが、後方にピンクのパルフェに乗ったユリーシャが続いている。


 地図を開いたオレは、胸に提げたガイコツのペンダントを確認した。

 視線はどうやら北を示しているようだ。


「ふむ。北……だな」

「北ね。この先にある北方面の町っていうと、まずはティンバーかな。二人とも! 旦那さま、とりあえずティンバーに向かうって」

「はーい」

「りょうかーい」


 少し前方を行くフィオナと少し後方を行くユリーシャが了解の合図に手を振る。

 そしてオレたちは、遥かな北の山々に向かってパルフェを進ませるのであった。

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