「吠えろ、シルバーファング! 第二の牙、
「ブラッディー・ネイル!!」
ルクシャーナの腕の爪十本が、にょきぃぃっと伸びた。
その長さ、約三十センチ。
はっ、捻りがねぇぜ! 多少爪が長くなった程度でオレに勝てるわけねぇだろ!
ところが次の瞬間、オレはルクシャーナの漆黒の爪で脇腹を深々と斬り裂かれた上、思いっきり蹴飛ばされた。
「だわわわぁぁぁぁぁあ!!」
ドガガガガァァァァァァァァァン!!
後ろ向きにすっ飛んだオレは、背中から大広間の壁に叩きつけられた。
「……あいたたたたたたた」
背中の痛みと壁の破壊具合から見ると、意外と勢いが良かったようだ。
あっれ、おっかしいな。当たったと思ったのに、ルクシャーナの蹴りの方が早かったのか?
オレはめげずに立ち上がると、再び韋駄天足で接近し、防御の姿勢を取るルクシャーナの爪ごと、その身体を思いっきり
ドカァァァァアンン!!
「あったたたたたたたた」
またもオレは背中から大広間の壁に突っ込んでいた。
そんな馬鹿な……。
このくだりを何回か繰り返して、さすがにおかしいと気づいたオレの動きが止まる。
だってオレの攻撃、当たっているんだぜ? なのに何で向こうは無傷でオレの方だけ一方的にダメージを負っているんだよ。
全くもって、何が起こっているのか理解できない。
攻撃が当たったと思った瞬間、視界が真っ暗になって、気づくとオレはこうやって派手に壁に叩きつけられているんだ。こんなことってあるか? まるで勝てる気がしねぇよ。
派手に破壊された大広間の壁からのそのそと這い出たオレは、あまりの不可解さに頭を抱えた。
今までの七霊帝に比べて圧倒的に戦闘力が低そうなのに、手も足も出ない。
攻略のヒントが欲しいと思ったオレは、リーサに声をかけた。
「なぁおい、リーサ。見えたか?」
「うーん。早すぎて良く分かんないんだけど……旦那さま、攻撃のテンポ、変わった? いつもと攻撃の流れが違って……そうだね、半拍、変な間がある気がするよ?」
「半拍? 何言ってんだい。そんな変なクセないよ」
だいたい、ブーストモード中のオレの動きにリーサが認識できるレベルの間なんてものがあるとしたら、攻撃中、完全にオレの動きが停止しているってことじゃないか。そんな馬鹿な話があるもんか。
と、今度はルクシャーナの方から走って接近してくると、ダンスでもするかのように、華麗に爪を振り回した。
当たるもんか!!
と思ったのも束の間、これがまたことごとくオレにヒットした。
剣で防いでいる実感があるのに、なぜかルクシャーナの爪はオレの剣をすり抜けてオレに当たりまくっている。
お陰でオレの腕や胸は、切り傷で血まみれのズタズタだ。
もはやマジックの
オレはルクシャーナに蹴飛ばされつつ、
カッコ悪いったらありゃしねぇが、そうも言っていられない。
このままじゃ首を刈られるのも時間の問題だからな。
リーサとフィオナが猛攻を加えて時間稼ぎをしている間に、オレはユリーシャの診断を受けた。
だが、答えはアッサリとでた。
「センセ、いつの間にアイツの洗脳受けたの?」
「は?」
「目が赤いよ? 多分それで、センセの行動中に意識が飛ぶ瞬間を無理矢理挿入されているんだよ。その間を狙われているんだと思う」
「アッハッハッハッハ! 良く見抜いたね、お嬢ちゃん。さすが癒しの聖女。正解のご褒美に、あんたたちの勇者さまがいつ私の洗脳を受けたか教えてあげようか?」
リーサとフィオナの連携攻撃を華麗に避けながら、ルクシャーナはバレリーナのようにクルっと回転した。
そこにいたのは……メイドのアルマ=アシュビーだった。
ロングメイドドレスの裾を摘まんで、こちらに向かって優雅に挨拶してみせる。
オレの顎がスコーンと落ちる。
「
「お前! あの時か!!」
アルマがオレに向かって
三人娘が目の色を変えて、一斉にオレの方に振り返る。
「ちょっとテッペー? どういうこと?」
「旦那さま、まさか魔族を相手に? そこまで節操なくなったの!?」
「さすがにドン引きだよ、センセ。後で詰めるかんね!」
「えぇい! 話は後だ! ユリーシャ、解呪を頼む!!」
「そんな暇、与えてあげないわ!!」
元の姿に戻りながら走って来たルクシャーナは、攻撃を仕かけるリーサとフィオナを空中で華麗に蹴り飛ばすと、ジャンプしながらオレに飛びかかってきた。
だが、このまま戦ってても、意識の隙を突かれてボコられるだけだ。
そこでオレは、ユリーシャの解呪魔法がかかるまで距離を取りつつ戦うことにした。
オレは剣を構えつつ飛び
「暴食帝グラフィドよ、オレに力を貸せぇぇぇぇ!
途端にオレの周囲に、ゴォっと音を立てて、風でできた
技を使ったオレにはその存在を感じ取れるが、これはハッキリ言って他者には見えない。なにせ風だからな。
コイツは敵意に反応してそちらに集まる自動防御型なので、不用意に近づくとカマイタチでズタズタにされるという優れものだ。
難点としては、グラフィドと違って能力を借りているだけのオレには、直径三十センチ程の風の輪をたった三個しか出せないということだ。
だけど、見えなきゃ攻撃を
ガガガガガガガ!!
慌てて飛び
そりゃそうだろ。これだけ激しく風の刃で削られれば、魔族の特製爪だってさすがに傷むもんな。
やっとオレの顔に余裕が戻る。
「
その時、頭上からオレ目がけて、まるでスポットライトが当たるがごとく、光が振ってきた。
これだけ激しく動いているのに、光がオレを外さない。
みるみる身体中に力が
ユリーシャのかけてくれたのは、解呪だけでなく、筋力アップや防御力アップ、回復その他、色々なステータスが一気に上昇する最上級呪文だったのだろう。
「ナイスタイミング、ユリーシャ! おい、ルクシャーナ! お前は
ガキャァァァン! カキャァァアン!!
被弾覚悟でオレに向かって突っ込んでくるルクシャーナと激しく剣を交えながら、オレはルクシャーナに問いかけた。
その問いに、ルクシャーナが心底嫌そうな顔をする。
「冗談でしょ? あんなみっともない恰好、死んでもゴメンだわ!」
「そうか。ならこれで最後にしよう」
オレは剣でルクシャーナを弾き飛ばして距離を取ると、剣先をルクシャーナに向けた。
「吠えろ、シルバーファング! 第四の牙、
おそらくルクシャーナには、無音で自分に接近する光の刃を認識することさえできなかっただろう。
剣先から飛び出した光の刃は、瞬き一回する時間すら与えず、ルクシャーナの身体を腹の辺りで上下真っ二つに切断した。
人を喰らう魔族とはいえ、一度は身体を重ねた相手だ。何とも言えない
上半身と下半身が綺麗に分離したルクシャーナがオレを見て軽くため息をついた。
切れ目のところが
コロンコローーン。
床に、夜空を封じ込めたような美しい宝玉が転がる。
ルクシャーナの身体から切り離された魂・
消え行く自身の身体を見たルクシャーナは、オレに向き直ると微かに笑って言った。
「強者よ、貴方の勝ちよ。持って行きなさい」
次の瞬間、ルクシャーナの身体は淡雪のように消えてなくなったのであった。