王城なんて言ってもしょせん文明の遅れた異世界の城だ。大したことはない。広さなんてせいぜい皇居くらいなもんだ。……って広すぎんだよ!!!!
地上では騎士たちが大慌てで馬を走らせているが、あれはオレを探しているのかね。
だが、屋根の上にいることはさすがに想定外のようで、地上の
そんなオレの真下を、ちょっと豪勢な漆黒の御用馬車が宮殿目指して走って行く。
ん? この気配は……。
どうやら三人娘が確保されて中央宮殿に連行されているらしい。
だが、オレが気づいたってことは、三人娘もオレの気配に気づいたはず。
今ごろ車内では、監視に気づかれないよう目配せでも交わしているところだろう。
にしても。やれやれ、合流は宮殿内か。
そういえばこの手の城の構成として、最上階に王様の居住スペースがあるとか聞いたことがあるぞ。よし、それならオレは上から侵入するとしよう。
尖塔から尖塔へ、屋根から屋根へと、
◇◆◇◆◇
色々と捜索した末に、オレは作業用扉から大広間の最上部に侵入した。
暗い中、キャットウォークを歩きながら周囲を観察する。
オーバル城宮殿内にある大広間はちょっとした体育館レベルの広さがあり、天井も五階ぶち抜きな上にシャンデリアが高さごとに何個もぶら下げられていた。
いや、とんでもなく豪華だな。さすが、歴史のある国ってやつだぜ。
どうやらこの大広間は、通常は大臣・官僚たちの執務用の部屋として使用され、週末には舞踏会にも使われ、戦時には軍議の場にもなるという、非常に自由な使われ方をしているようだった。
こっそり下を覗くと、そこでは玉座に座った王さまと王妃さま、そして年若い二人の王子の左右に大臣や貴族たち、騎士たちがズラリと立ち並び、
「その者は本当に勇者ではなかったのか? ワークレイを
「いえ! 奴は魔族でした!
「しかし、そこにいるのは確かに聖女だ。女神メロディアースの祝福の模様の縫いつけられた白マントと、太陽と羽根を模した金色の錫杖は、癒しの聖女にしか身につけられんと伝承にもあるではないか」
皆の視線が、少し離れて剣を突き付けられている三人娘――特にユリーシャに注がれた。
ユリーシャの装備はメロディアス神教本部にて保管されていた先代の癒しの聖女のモノだ。こいつはさすがに偽造のしようがない。
ユリーシャがお偉いさん方を前にして
ふむ。聖女として認証されて自信がついたせいか、ずいぶんと貫禄がついたようだ。泣き虫だったあのユリーシャがなぁ……。うん、立派だぞ!
「いや! おそらく似たモノを用意したのでしょう! 騙されてはいけません!! 魔族め、
……おいおい。
つぶさに下の様子を確認していたオレは、ようやく目当ての人物を見つけたので、約二十メートルの高さからシャンデリアを足場としつつ大広間に降り立った。
いやいや、
そんな事したら
大広間の中央に華麗に飛び降りたオレは、王族や貴族、騎士たち、そして三人娘の視線が集中する中、間髪入れず韋駄天足を発動し、愛剣で、ある人物の心臓を一気に刺し貫いた。
即ち、王妃の心臓を。
◇◆◇◆◇
「うぉぉぉっぉぉぉぉぉっぉぉお!!!!!!」
だろうね。愛妻が目の前で
「だ、旦那さま?」
「ちょ、テッペー! 何を!!」
「センセ!?」
三人娘も目の前でオレが起こした凶行に目を丸くする。
「殺せ!! そやつは魔族だ!!
王の
「賊め! 魔族め!! よくも王妃さまを!!」
「しゃらくせぇ! 行くぜ、シルバーファング! 第一の牙、
剣を蛇腹剣モードにしたオレは、近づく騎士たちを跳ね飛ばしまくった。
殺すわけにはいかないが、ちょっとだけ安心してもいる。
なにせここにいるのは将軍クラス、大隊長クラスだ。つまり達人揃いだ。なら、多少手荒に攻撃しても死にはしないだろうさ。
オレは懐に隠し持っていた小さな
王さまの書斎の隅にひっそりと飾られ、忘れ去られていた家族写真だ。
反射的に受け取った王子の顔が凍る。
「王子さまは気づいたようだぜ? 異常事態に」
「な、何を言っているのだ、魔族めが!! 者ども! 早くそやつを始末せい!!」
王妃の身体を抱いた王さまが、憎しみと怒りに染まった目でオレを睨みつける。
「お父さまに教えてやれよ、王子さんよぉ!!!!」
オレは、迫る騎士たちの剣を蛇腹剣でいなしながら、王子に向かって叫んだ。
王さまも、オレの
オレと王さま、そして王さまに抱かれてグッタリしている王妃とを代わる代わる見ていた王子が、やがて呆然と
「父上。母上は弟マーカスを産み落としたときに……亡くなっております……。もう、十年も前に……。なぜ僕はそんな大切なことを忘れていたんだろう……。でも、それならその女は……誰なのでしょう」
「何だと?」
王さまは荒々し気に王子から額を奪い取ると、中の写真を見た。
その表情が固まる。
優しげな笑顔。ちょっとふくよかな体型。
写真に写っている亡くなった愛妻と今腕の中に抱いている女は、見た目も雰囲気も、何もかにもが似ても似つかない。
亡くなった妻の写真を見たお陰か、一気に洗脳が解けて記憶が蘇った王さまが、先ほどまで抱いていた女を置いてよろよろと
「……誰だ、この女は。どうなっておる? ワシはこんな女、知らないぞ?」
シャリーーン!!
その時、ユリーシャの
「
目覚めの波動が一瞬で大広間を満たす。
赤い目をしていた重臣たち、騎士たちがあっという間に正気に戻り、呆然とした表情で、先ほどまで王妃と思われていた人物に視線を注ぐ。
見ると、オレに刺殺されたはずの女が、その場に平然と起き上がりつつあった。
「もうちょっとでこの国を乗っ取れたのに。勇者め」
女が無造作に頭を振ると、頭の
それは、見たことのある美人だった。
「お前……、色欲帝・ルクシャーナか!?」
「ご名答。それにしてもビックリしたわよ。罠をたんまり張っていたタルパ島をガン無視したかと思ったら、よりにもよって私が十年も巣食っていたオーバルに来ちゃうんですもの。これ何? 勇者の勘ってヤツ? 不条理極まりないわね」
なるほど、だからコっくんは港町エストワールでオーバル行きを指示したのか。
上級魔族特有の陰の気がジワジワと広がっていく。
勇者と魔族の戦いを邪魔してはいけないと思ったのか、騎士たちに誘導され、王族、貴族、大臣たちが広間の隅へと移動する。
そうだな。下手に傍にいられるより、安全な場所に隠れていてくれた方が助かる。
対照的に、三人娘がオレの真後ろに集合し、臨戦態勢を取る。
おぉ、頼もしいぜ、お前ら!
「巣食っていたって、どういうことだよ」
「どういうこともこういうことも、この十年間、月に一人くらいの割合でここの国民をせっせと食べていただけよ。お陰で楽に食糧にありつけたわ」
ルクシャーナは王妃という身分でどうやって城を抜け出したか、どんな風に人を狩ったか、本当に嬉しそうに、罪の意識一つ見せず、満面の笑みで狩りの様子を事細かに説明してくれた。
考えてみれば、コイツは遥か彼方の温泉町にも現れていたからな。
城を抜け出す程度の芸当は、軽くやってのけるだろうさ。
やりとりを見守る国の重臣たちの顔がみるみる歪む。
そりゃそうだ。王妃だと崇めていた対象が、人喰いの魔族だったんだからな。
ひょっとしたら、知り合いの中に、ルクシャーナに喰われた人間もいたかもしれない。
「もういい、ルクシャーナ。オレがここでお前を滅ぼす! 覚悟しろ!」
怒りに燃えたオレは、愛剣を手に魔王七霊帝の一人、色欲帝ルクシャーナに向かって全力で駆け出した。