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第68話 マンティコア攻略

 マンティコアという魔物がいる。

 獅子ししの身体に蝙蝠こうもりの羽根。そしてシッポはサソリの尾。

 とりあえず、今オレの前にいる個体の全長は五メートルくらいかね。

 ……結構デカい。


 フェルエルとの戦闘を終えたオレたちは、床が抜けたせいでシュバルツバーン城の地下五階まで一気に落下した。

 経年劣化けいねんれっかしていたところに、あれだけ雷を雨あられと降らせりゃ床も抜けるわな。


 とっさにフィオナが浮遊魔法を使ってくれたお陰で全員たいした怪我も負わずにすんだが、その代わり地下は魔物の巣窟そうくつだった。


 しっかし、最下層が地下五階って、この城を設計したやつはどういうつもりでそんな造りにしやがったんだ? 地下階がそんなに必要か? そのせいで、大小魔物だらけのちょっとしたダンジョンだよ。


 ちなみに、目当ての七霊帝が最下層で待ち受けている、なんて都合のいい展開はなかった。

 最下層にある秘密の扉からマグマ煮えたぎる洞窟を通って隠し玉座に辿り着く、なんてパターンとかも想定していたんだが、どれだけ歩いても地下は地下だった。


 仕方なく出くわす魔物を倒しつつ上層階を目指すことにしたオレたちは、ここ地下三階まできて、凶悪そうな敵と相対あいたいしたというわけだ。


 会議室にでも使われていたのか、壊れて倒れたテーブルやイスがそこら中に散らばっている中、それを踏みしめつつグィっとこちらに顔を向ける巨大獅子の迫力ときたら。

 しかも三体だぜ?


「がぁっ! いってぇぇぇえ!!!!」


 獅子――マンティコアの爪攻撃を食らいそうだったフィオナの前にギリギリ滑り込んだオレの背中が、案の定マントごと深々と切り裂かれた。


「ごめん、テッペー!」

「構わん! 危ないから下がっていろ!」


 背中から大量に血が吹きでる。

 もう涙が出そうなくらい痛い。

 でも、問題ないっちゃあ問題ないんだよ?

 だってオレの固有スキル『超回復スーパーヒール』なら、この程度の切り傷は五分で傷跡すら残さず消えるから。

 だからといって痛みがないわけじゃない。痛みは普通にある。

 だけど、三人娘が怪我をするよりオレが傷ついた方がよっぽどマシだもんな。


「でぇい!!」


 オレは痛みをこらえ、振り向きざま横薙よこなぎに剣を振った。

 マンティコアがオレの斬撃をバックステップで器用に避ける。

 すかさずもう一体のサソリの尾が、反射的にガードしたオレの左腕に深々と突き刺さる。


「ぐあぁぁ! ちっくしょう! 毒入りかよ!!」


 オレの左腕が、みるみるうちに紫色に染まっていく。

 大量に毒を注入されたから、超回復でも解毒には三十分はかかるぞ、きっと。


爆発エクスプロージオ

 ズガガガガガァァァァァンンンン!!!!

「うわぁぁぁぁ!!」


 オレの顔のすぐ前で爆発が起きた。

 コイツ、魔法まで使いやがる!!

 気配を察知して下がらなかったら、首が吹っ飛んでいたぞ!


「かっ! くっ! くぅぅ。駄目だこりゃ。一時撤退だ! 態勢を立て直すぞ!」


 火傷した顔を押さえながら近くの扉に飛び込んだオレたちは、中に敵がいないことを確認してホっと息をついた。


 部屋はベッドにソファに風呂にと、意外と設備が整っており、まるで客室のようだった。

 ただし、地下三階であることを考えるなら、これはただの客室ではない。

 普通の粗末な牢に入れられない貴人用収容施設と見るべきだろう。

 だがそれでも、休憩できるのはありがたい。


 オレは早速、薄っすら埃の積もったベッドに座り込んだ。

 疲労でガックリと頭を垂れる。


「センセ、はい」


 ユリーシャの渡してくれた濡れタオルで顔を拭いたオレはビックリした。

 タオルが真っ黒。顔がススだらけになっていたらしい。あー、みっともない。

 リーサが不安そうな表情でオレの前までくると、ひざまずいて自分の分の水筒を差し出してくる。


「ね、旦那さま。今、能力があんまり使えない感じなの?」

「ん? どうしてそう思う?」

「だって、いつもの韋駄天足いだてんそくとかいう奴? 旦那さまの基本技のはずなのにそれすら使っていないから」

「あぁ、そういうことか」


 オレはリーサに差し出された水筒を受け取ると、中の水を一口、口に含んだ。


「オレの技は全部そうなんだが、強力な分、使うと体力と精神力を削られるんだ。雪狼戦からこっち、連戦で能力を使い過ぎたからな。今ちょっと息切れ中って感じだ。放っておくと勝手に回復するから、飯でも食ってひと眠りでもできれば問題はないんだが」


 それを聞いたリーサ、フィオナ、ユリーシャの三人が目で会話をする。

 嫌な予感がしたオレは顔をしかめた。


「おい。余計なことを考えるなよ? 三人だけで勝てる相手じゃないんだからな?」

「でも、パルフェの部屋に施した結界の件もあるでしょ? 時間までに帰らないと魔物に侵入されちゃうよ? 言うほど時間があるわけじゃないんだから、センセ」

「そうそう、なるべく時間をかけずに突破するに越したことはないよ、テッペー」

「しかし……」


 リーサがオレの前にひざまずいたまま、オレの目を真っ直ぐ見る。


「旦那さま。いつもボクたちを守ってくれて本当に嬉しい。けど、ボクたちだって旦那さまを守りたいんだ。ちゃんとやれる。信じてほしい」

「そうだよ、センセ。たまには休んでてよ」

「無理はしないよ、テッペー。それに、いざとなったら助けてくれるでしょ? だからギリギリまで見守っててよ。そこまでわたしたちも頑張るから」

「……分かった。なら念のため、邪魔にならない位置で見ているぞ。頼む」


 途端に三人娘の顔が明るくなる。


「頑張るよ!」

「頑張るね!」

「頑張るぞぉ!」


 三人は声をハモらせ、笑顔で大きく頷いた。


 ◇◆◇◆◇


「風の精霊よ、つどいて渦巻け!!」


 リーサがわずかに開けた扉の影から、左腕のボウガンを手近のマンティコアに向けると、トリガーを絞った。

 ビュゥ! スタタアタタァァァァアン!!


 発射された連射式の矢が風をまとって、マンティコアの左半身に次々に突き刺さった。

 風の魔法を乗せているだけあって、リーサの放つ矢は、速度も威力も通常のボウガンと段違いだ。


「グオォォォオ!!!!」


 マンティコアが怒りの叫びを上げると、矢の飛んで来た方向を睨みつけた。

 扉の影から部屋の中を覗き込んでいたリーサと目が合うと、室内のテーブルや椅子を乗り越え、壊しつつ、猛スピードで襲いかかってきた。

 離れた場所にいた残る二体も、リーサを仕留めるべく駆けてくる。

 ところが――。


 扉を潜れたのは最初の一体だけだった。

 サっと逃げたリーサを追って一体目が廊下に飛び出した瞬間、隠れていたユリーシャが扉を体当たりで閉めた。

 続いてドカンドカンと、内側から残りのマンティコアが扉をぶち破ろうと突進している音が聞こえるが、ついでに魔法の封印でもかましたようで、扉はビクともしない。


 どうやら三人娘は各個撃破を考えたようだが、一体でもかなり手強いぞ? 大丈夫か?


 廊下でマンティコアを待ち受けたリーサの剣に施された紋様が輝く。


「うぉ、カッコいい! オレもあぁいう専用ギミック欲しいなぁ……」


 聖女の武器は全て初代の聖女が女神からたまわった武器で、当然のことながら女神の秘力が宿っている。

 オレの持っている勇者の剣ほどではないにせよ、相応の力が込められた武器だ。


 リーサの構えから正統派剣法の迫力を感じたか、あるいは女神の秘力を少なからず感じるのか、マンティコアが唸り声をあげつつ、攻撃を躊躇ためらっている。

 しばらく睨み合いが続いた後、痺れを切らしたマンティコアがリーサにおどりかかった。

 その瞬間。


「舞え、炎の精霊よ。舞って舞って、天を焦がせ! 焔の柱コルムナ フランマィ!!」


 マンティコアをグルリと包み込むように、床から幾つも焔の柱が立ち上がると、それらはあっという間に繋がり、焔の壁と化した。

 まるで、獅子を炎の檻に閉じ込めているかのようだ。


「グゥォォォォォォオオオ!!」


 マンティコアが建物中に響き渡る程の、怒りと焦りの入り混じった咆哮を上げる。

 一瞬ビクっとする程の恐ろしい叫び声だ。


鏡の迷宮ラビリンスム スペクリス!」


 続いてユリーシャの声がする。

 フィオナの発生させた焔の壁のすぐ真後ろに光が集結すると、あっという間に光の鏡を作り出した。


 マンティコアを炎の壁が閉じ込め、更にそれをグルリと鏡の壁が覆うという形だ。

 しかもその壁が、段々と狭くなっていく。

 ある程度壁が狭くなったところでマンティコアの激しい威嚇の声が幾分苦しそうな声に代わり、やがて声さえなくなると、床に倒れて動かなくなった。


「何が起こったんだ?」


 隠れていたオレが近寄るのに合わせて、焔の壁と鏡の壁がスーっと消えた。

 そこにあったのは、原形も留めぬ黒焦げの何かだった。

 何も知らされずにこの遺体を見たら、絶対マンティコアだと分からないレベルだ。


「ユーリとわたしとで、超高温の檻を作ったの。上手くいったみたい」

「いぇい!」


 フィオナとユリーシャがガッツポーズする。


「じゃ、もう二体、この調子で行こう!」


 リーサの声に、フィオナとユリーシャが大きく頷いた。


 ◇◆◇◆◇


「旦那さま、少しは休めた?」

「あぁ、お陰でかなり回復できた。助かったよ」

「テッペー、ちょっとは見直してくれた?」

「おぉ、凄かったな。さすがフィオナだ。頼りにしてるぞ」

「ユリち、頑張ったからご褒美期待してるね!」

「はっは。分かった分かった。ここを無事抜けたら、何か考えるとしよう」


 オレは三人娘の頑張りに、素直に感謝の言葉を返した。

 実際、身体はかなり回復したしな。

 オレは肩をグルグル回してコリをほぐすと、再びリュックを背負ったのであった。

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