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第70話 第五の牙・超越剣

 カシャァァァァアアンン!! カッシャァァァァアアンンンン!!


 傲慢帝ごうまんていシルヴェリオ=ヴァレンティの、任意の空間を削除する魔法――空間削除珠デレーレ スパシアムが、オレの顔面に連続で炸裂した。

 ところが――。


「何……だと?」


 ダメージゼロ。

 オレの頭をきれいさっぱり消去するはずの傲慢帝の技は、だが顔の表面でことごとく弾かれた。

 うん。より正確には頭にかぶった金色こんじきの兜の表面で、かな。ほら、西洋の騎士が顔がすっぽり隠れるタイプの兜をかぶるだろ? あれ。

 ちなみに、覆っているのは頭だけじゃない。身体もだ。


 予想外の結果に傲慢帝の顔色が変わっている。 

 驚愕きょうがくの表情を浮かべた傲慢帝が、頭だけでなく身体にも追加で何発も魔法を放つも、その全てが金色の鎧兜プレートアーマーによって弾かれている。


「馬鹿な! そんはなずは! そんなはずでは!!」

「よいしょっと」


 オレは焦りまくる傲慢帝の足を無造作に跳ねのけてその場に立ち上がると、傲慢帝の前に立った。

 首をコキコキと鳴らし、その場で軽く足踏みする。


 そう。オレは今、光り輝く金色こんじきの鎧兜で全身を覆われていた。

 これこそが、第五の牙・超越剣おわりのつるぎの正体だ。


 一応、面頬に視界確保用の穴があったり、関節部に隙間があったりはするんだが、狭くて、武芸の達人レベルまでいかないとここを突くのはほぼ不可能だ。


 しかもこの鎧はすぐれもので、鎧が欠損部分けっそんぶぶんをしっかり補ってくれるから、この状態でも何不自由なく動けるときた。

 傲慢帝の魔法に削られて、まだ両足ともに足首から先が復活していないにもかかわらずだ。


「んじゃ、時間もないし、そろそろいこっかね」


 オレは放たれ続ける傲慢帝の空間削除魔法を物ともせず、右手を覆った金色の籠手ガントレットを後ろに引いた。

 みるみる籠手の爪先に光が集中する。


「なぜ我が魔法が通じない! たかが鎧兜ごときでなぜ我が魔法を弾けるんだ!!」


 光の兜の面頬越しに傲慢帝をにらみつけたオレは、籠手を神速で前に突き出した。


「傲慢帝。さっき蛇腹剣ひきさくつるぎが空間削除珠を弾いたのを見て気がついた。お前の魔法は女神の加護を超えることはできない。超越剣おわりのつるぎは聖剣を光の鎧に変える技だ。お前の魔法は決してオレの身体に届くことはない!」


 オレは傲慢帝の身体を一瞬で貫いた右の籠手をそっと引き抜くと、手のひらをゆっくりと開いた。

 星空のように暗く輝く傲慢帝の魔核デモンズコアが、オレの手のひらの上で転がる。

 魔核を失った傲慢帝が、至近距離からオレの目を真っ直ぐに見て言った。


「さすがだ、勇者よ。お前の勝ちだ。持って行くがいい」


 それが合図になったか、まるで桜吹雪が散るかのように、傲慢帝の身体を構成していた黒靄くろもやがバラバラに散って消えた。

 同時に光の鎧兜が消えて、オレの右手の中に剣の状態になって戻ってくる。


 現段階でこの状態は五秒しかもたない。

 三人の聖女が全装備そろえた上で祈りの力で支えてくれないと、光の鎧兜は維持できないのだ。


 オレは骨とわずかな筋肉まで復活した両足で埃だらけの王の間をぺたぺたと歩くと、その場に落ちていた杖を拾ってフィオナに差し出した。

 同じく、女神によって選ばれし勇者のオレだからこそ触れることが許される、ドラゴンの意匠が柄頭に付いた、魔法の聖女専用の杖だ。


「そら、フィオナ。この杖、お前のだろう?」

「あ、ありがと、テッペー」


 フィオナが持った途端、杖が淡く輝いた。

 真の所有者の手に渡ったからだろうか。


「光る……んだな、その杖」

「あれ? 旦那さま知らなかったの? ボクたちのも光るよ?」

「今さらだよ、センセ」


 三人そろって、オレの目の前で自分の武器を光らせてみせる。


「変な機能がついているんだな。ま、明かり代わりにはなるだろうけど」


 どこらへんが可笑しかったのか分からないが、オレの言葉を聞いた三人は、しばらくそろって笑っていたのであった。


 ◇◆◇◆◇


「遅くなっちまった。大丈夫だったか? ずんだ」


 クローク部屋の扉を開くと、相変わらず不機嫌そうな緑色のパルフェ――愛鳥ずんだが顔を上げ、オレに向かってケェっとひと声啼いた。


 部屋が寒かったのか、ずんだに寄り添うようにしゃがんでいたリーサの漆黒のパルフェ、フィオナの白いパルフェ、ユリーシャのピンク色のパルフェもこちらを見る。

 半日こんな狭い部屋に閉じ込めてしまったが、思ったより元気そうだ。


「とりあえずもう遅い。外はすでに真っ暗だ。明日の朝を待って出よう。狭いがここで夜を明かすぞ。ユリーシャ、結界を張り直してくれ。フィオナ、火起こしを。リーサは食事の準備を頼む」

「「「はーい」」」


 三人がオレの指示の下、動き出した。 

 そしてその夜、ずんだに寄りかかりながら寝たオレは、久しぶりに昔の夢を見た――。


 ◇◆◇◆◇


「残ったのは僕たち二人だけみたいだね。そろって施設行きか。ま、仲良くしようよ」

「うん……」


 五歳の時、オレは高速道路のトンネル火災に巻き込まれた。

 先頭で起きた衝突事故を皮切りに、次々と後続車が突っ込み、凄まじい火災を引き起こした。

 トンネル内部は一瞬で炎の地獄と化し、結果、百人を超える死傷者を出した。  


 後から聞いた話によると、運転席に座っていた親父と助手席に座っていたお袋は即死だったそうだ。

 意識が朦朧もうろうとしながらも生存本能が働いたのか、全身打撲でボロボロになりながら何とか車を這いでた五歳のオレは、間一髪、直後に起こった連鎖爆発による炎の大奔流だいほんりゅうまぬがれた。


 事故の一か月後にようやく現地で追悼式ついとうしきが開かれたが、それまでの間に親戚からの引き取り拒否を食らいまくったオレは、追悼式終了と同時に施設に預けられることになった。

 だが、同じ境遇きょうぐうの者がいたとは初耳だ。

 オレは同い年という少年を見た。


「ぼくは片平光寿かたひらみつとし。みっちゃんでいいよ。君は?」

藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺい

「じゃ、てっちゃんだね。よろしく、てっちゃん」

「よろしく……みっちゃん……」


 ……片平? いやいや、なぜか苗字が違っているが間違いない、コイツは久我だ。でも、なんで苗字が違う?

 この時に会っているってことは高校で初めて久我と会ったっていうのは間違いだったってことだ。だが、何でそんな記憶違いが起こっている?


「徹平君、光寿君、行っちゃうよ? 挨拶しなくっていいの?」

「いい! みっちゃんなんか知らないんだから!!」


 利発だった久我は、オレが六才の時、里親に引き取られて施設から出て行った。

 施設の先生に粘り強く説得されたが、結局オレは、施設にあったツリーハウスに閉じこもって久我の見送りには参加しなかったのだ。

 ……そうか、久我ってのは里親の苗字だったのか。


 記憶から締め出した上に苗字も変わっていたから、オレは高校に入って再会した久我をみっちゃんと認識できなかった。

 だから久我は、度々たびたび複雑そうな顔をオレに向けていたのか。


 結局オレには里親は現れず、何とか奨学金しょうがくきんを使って自力で大学まで進んだのだが、久我には自分だけ幸せになったというい目があったのだろう。

 それで何くれとオレに構い、それを嫌ったオレに邪険じゃけんにされ続けていたと。

 何とまぁ、こんな時になって思い出すとはな……。

 ……ん? 何だ? 誰かがオレを頭を撫でている?


 薄っすらと目を開けると、視線の先にオレを見下ろすフィオナがいた。

 どうやらオレは、フィオナに膝枕されていたらしい。

 おっかしいな。ずんだに寄り添って寝たはずなんだけど……。


「おはよ、テッペー」


 フィオナが優しそうな顔でオレの髪を撫でる。


「あ、あぁ、おはよう、フィオナ」


 とそこで、オレの胸の辺りで何かがもぞもぞと動く。


「おはよー、センセ」

「ユリーシャ? お前、何でそんなところに……」


 ユリーシャが眠そうにあくびをしながら、オレの胸にピトっと寄り添ってくる。

 何が何だか分からないオレの背中で、またしても何かが動く。


「んお? 後ろにいるのはリーサか? 何でお前まで」

「旦那さま、寝ながら泣いていたから……」

「泣いてた? オレが? そうか、泣いていたか……」


 ゆっくりと起き上がってあぐらをかいたオレに、三人娘がそっと抱きついてきた。

 特に何を言うでもなく、ただただ抱きつくだけだ。

 何だかよく分からないが……悪くない。

 オレは妙に心が温かくなるのを感じながら、しばらく三人娘のされるがままになっていたのだった。

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