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第71話 秘湯

「くあぁぁぁ、美味ぇ……」


 オレは目の前を流れる渓流けいりゅうを見ながら湯に浸かり、酒をチビリとやった。

 雪の中の温泉、最高!

 この温泉を見つけたのは本当に偶然だった。


 シュバルツバーン城を無事脱出したオレたちは、そこからカルナックスを目指し雪道を南下したのだが、途中、小さな木製看板と細道を発見した。

 そこに書かれてあった天然温泉の文字。

 オレよりも三人娘の興奮が凄まじくって、半信半疑で行ってみるとこれが本当にありやがった。


 いや、オレは否定したんだよ、そんなもの残っているわけないって。ところが三人娘の温泉にかける執念しゅうねんっての? それが凄くてさ。

 ダメ元で! ダメ元で! って懇願こんがんし続ける三人娘に根負けして寄り道をしたんだが、いやいや、信じて来てみるもんだ。


 温泉自体は至ってシンプル。 

 川沿いに全部で百畳くらいありそうな石造りの広大な湯舟があって、その真ん中を板で仕切って男女の境とした感じだ。

 特に誰かが管理しているわけでもなく、脱衣場としてか、打ち捨てられた粗末な木小屋があるのみ。

 後はもう、本当に何もない。


 看板に書かれた文字から推察するに、おそらくシュバルツバーンに人がいた頃の施設なのだろう。

 だが、よく見ると最近になって使用された形跡も残っているので、知る人ぞ知る、という感じで今でも秘湯ハンターがこっそり訪れたりしているのかもしれない。


 いや、それにしても実にいい湯だ。

 渓流の音をバックに湯けむりが静かに流れていく様がまさに幻想的。

 いやはや落ち着く。

 仕切り板の向こうから三人娘の笑い声が微かに聞こえて来るが、無視無視。

 たまには一人温泉を堪能せねばな。


 実は、シュバルツバーン城の情報を得た小さな村・トッテスにおいて防寒装備を整えた時、寒さ対策っちゃあ酒だよな、と三人娘には内緒で酒瓶を三本購入したんだが、道中なかなか飲む機会がなくってさ。

 諦めかけていたところに温泉があったもんだから、こうしてコッソリ飲んじゃうわけさ。

 ぬふふふふ。


「雪見酒、たまらん……」


 上機嫌でチビチビと飲んでいたオレの目の前を桃尻が流れていく。

 ん? 桃尻?


「あー、センセ、ずるーい! ユリちも飲むー!!」

「ちょ、ユリーシャ、馬鹿お前、何で男湯に入ってきてるんだ!」

「え? だって仕切られているのは上だけで、あの下普通に潜れるしさぁ」

「だとしてもだ! わざわざ男女に区切ってあるのに越えてくる馬鹿がどこにいる!」


 ユリーシャがオレからヒョイっと酒瓶を奪い取ると、その場でラッパ飲みした。

 目の色が変わる。


「美味しい! 何これ、いつの間に買ったの? こんな美味しいもの一人で楽しむなんてズルいってば!」 

「あぁ、トッテスの地酒だよ。勧められて買ったんだがちょっとフルーティだよな。って、酒いいのか? 年齢的に」

「センセのいた世界じゃどうだか知らないけど、こっちじゃ十五歳で成人だからね。今十八歳のユリちたちは、お酒も問題なく飲めるよ。にへへ」


 温泉で身体が温まっているからか、途端にユリーシャの顔が赤くなってくる。

 あぁあぁ、あんなに飲んじまって……。

 とそこへ、今度は雪を踏みしめて外経由でフィオナとリーサが男湯に乱入してきた。

 言うまでもなく二人ともすっぽんぽんだ。バスタオル一枚巻きつけてねぇ。なんで隠す素振そぶりすら見せねぇんだ? うちの子たちは。


 出るとこ出て、引っ込むとこ引っ込んで、二人して相変わらず見事なわがままボディだが、真昼間だぞ? 少しは恥じらいを持てよ、恥じらいをさ!


「ここは混浴じゃないんだぞ? 二人とも分かっているのか?」

「だって、誰もいないしー。あ、ホントだ。美味しー!」

「そうそう。旦那さまを一人にして何かあったら大変だし。……ちょっとフィオ、ボクも飲むんだから、ちゃんと残してよね」

「お前ら……」


 ユリーシャから酒瓶を奪ったフィオナとリーサが、交互にラッパ飲みをしている。 

 こりゃオレの分は残らないな。

 仕方なく岸に近寄ると、リュックの中に入れておいた次の酒瓶を取り出した。こっちはハチミツ酒だ。


 うっしっしっし。購入時に店主から聞いた話なのだが、何やらあの地方でしか咲かない花から採れたハチミツを使っているらしくて、味が微妙に違うらしいのだ。

 そう聞くと買わないわけにはいかないだろう?


「テッペー! 何それ!!」


 やべ、見つかった!

 ハチミツ酒の瓶を目ざとく見つけたフィオナが、空になった地酒の酒瓶を雪に向かって放り投げると、オレの方にジャブジャブ寄ってきた。

 リーサとユリーシャがその声に反応して目の色を変える。


「テッペー! 何本隠し持ってるのさ! そっちも味見させてよ!」

「嫌だ! これ以上絶対にやらん! あっち行け!」

「旦那さま! ボクも味見する! ちょっとでいいからぁ!!」

「やめろぉ! 絶対味見じゃ済まないだろうが!」

「ユリちもーー!!」

「こら馬鹿、お前らそうやってほとんど飲んじまうつもりだろうが! 騙されるか! やめれぇぇぇぇ!!」


 酒を奪おうとする三人のおっぱいが、オレの頬に思いっきり押しつけられた。

 まさに四人、組んずほぐれつ。

 だが、おっぱいを押しつけられたとてオレは譲らない。

 オレのパルフェ――ずんだに乗る重量を考えて、たった三本しか買えなかったのだ。


 ここで奪われるわけには! おい、やめろ、おっぱいをそんなに押しつけるな! くっそ、三人そろって見事にメリハリのある体型をしているのでつい目が奪われてしまうが、こういう時のお楽しみでわざわざ買ったんだぞ? 絶対負けるもんか。この酒瓶は死守……、おっぱい、あぁ、ちくしょう、おっぱ……。

 ……奪われた。


「旦那さま、これすっごくフルーティだよ? ほらフィオ、飲んでごらんよ」

「ホントだ。ねぇ、ちょっと普通のハチミツ酒より甘さにコクがある感じしない? あぁでもこれ、味が優しい分、酔いが回っちゃいそうだね、リーサ」

「ちょっとちょっと、ユリちにも頂戴よぉ! ずっるいぞ!」


 ジャブジャブ。


 諦めたオレは、さりげなさを装いつつ、再度自分のリュックに近づいた。

 最後の一本は水筒に入った麦酒だ。何にせよ、これが最後の一本。絶対奪われないよう、さりげなくさりげなく……。


「うしゃしゃしゃ。しぇんしぇ、それなぁにぃ?」

「旦那しゃま、まらあっらのれぇ?」

「れっぺぇ、全部出しちゃえぇぇ!」

「お前ら、オレの酒飲んですっかり酔っ払いやがって……」


 ファイト!!


 結論から言うと、これは奪われずに済んだ。

 怒ったオレが酔っ払いを相手に三連戦を挑んだからだ。

 まぁ久々だったし? コイツら結構酔っ払ってたからね。


「風邪ひくなよなぁ」


 オレはすっぽんぽんでその辺りに転がってる三人娘に一声かけると、グビリとやった。

 川の流れる涼やかな音色に耳を傾け、積もりに積もった真っ白な雪で目を癒し、湯面を流れる大量の湯けむりに風情を感じつつ、肩まで湯に浸かって芯まで温まる。

 下半身もスッキリしたし。

 あぁ、これぞ極楽。


 こうしてオレは、ようやく誰にも邪魔されることなく、雪見酒を堪能したのであった。

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