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第72話 指輪の守護者

 平安時代——。

 異世界アストラーゼに降臨した先代の勇者『カノージン』こと『加納尽かのうじん』は、三人の聖女をともない魔王を倒した後、古代カリクトゥス王国をおこした。


 その後、カノージンは三人の聖女との間に一人ずつ娘をもうけたのだが、やがて成人した娘たちはカリクトゥス王国の有力な三地方、カルナックス、オーバル、ネクスフェリアの領主の元にそれぞれとついで行った。


 その際、先代聖女は嫁いでいく娘たちに秘密のアイテムを持たせた。

 それこそが、先代聖女から今代の聖女への引継ぎのアイテム――聖女の武器、聖女の指輪、そして、聖女の衣に縫いつける紋様もんようの秘密だった。


 千年が経ち、新たな魔王が生まれた今、今代の聖女は新しく降臨した勇者の手助けをするために聖女の専用装備を入手しなければならない。


 ってことで、今代の勇者であるオレ・藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺいは、カルナックス王国が持つ魔法の聖女用のセットを入手すべく、パルフェに揺られ、カルナックス城への道を進んでいるというわけだ。


 ちなみに今回の同行者は魔法の聖女であるフィオナだけ。残りの二人は街で待機だ。


「そういえば、本来カルナックスにあるはずの杖は、どうやって憤怒帝ふんぬていの手に渡ったんだろうな」

「わっかんない。どっかの段階で盗まれでもしたのかな」


 パルフェに揺られながら、フィオナが鞍に結わえつけた杖を見た。

 柄頭にドラゴンの意匠を施した漆黒の杖で、見るからに強そうだ。


「勇者か聖女しか触れられない杖だぜ? 持ち運べるはずが……ひょっとしてアイツ、自分で盗み出したのかね」

「憤怒帝のおじさんが? 例の魔法で空間を固定して? まっさか……」


 絵面えずらを考えて二人して頬を引きらせるが、ありえないことではない。


「あ! ほらテッペー、お城が見えたよ!」

「おぉ、あれか!? うっはぁぁぁぁぁ、凄ぇな……」


 カルナックス王国の首都カルナックは運河に囲まれた街で、煉瓦作れんがづくりの街を分断するかのように何本もの水路が走っていた。

 水路が天然の要害となるという発想で街づくりが行われたのか、カルナックス城はそのほぼ中央――周囲を水路に囲まれた地区にあった。


 ここまで来たはいいものの、さてどうやって王さまに取り次いでもらおうかと考えながら城へと続く橋を渡っていたオレは、城門前に十人ほどの妙な集団がいることに気がついた。

 遠足のバスの乗車を待つ子供たちみたいに、ビシっと決めた衛兵のすぐ横で、興奮顔でくっちゃべっている。

 何だありゃ。


「おい、ありゃ何だ? 坊さんか?」

「あー、あれ? うんうん。街の神官があんな格好してたわ。多分合ってると思う」


 全員そろって生成りのアルブに色とりどりのストルをかけているが、やっぱりこれがこの国の神官の格好らしい。


 ストルの色が官位を示しているようだが、先頭の頭の禿げあがった老人だけがちょっと豪華っぽく、金糸きんしの刺しゅうの入った真っ白な上着を羽織っている。

 およ? 目が合った。 

 どうやらオレたちを探していたようで、集団がぞろぞろと寄ってくる。 

 代表して老人がオレに話しかけてきた。


「勇者殿……ですかな?」

「はぁ。そうですけど」

「おぉ、やはり! お待ち申し上げておりましたぞ。私はカルナックスの大神官フランツ=クレーデルと申します。どうぞよろしくお願いします」

「あぁ! ひょっとしてオレがこの世界に来たことを予言したっていう大神官さまですか? これはこれは失礼しました。藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺいと申します」


 慌ててずんだから飛び降りたオレは、大神官に深々とお辞儀をした。

 長屋のご隠居さんって感じの雰囲気で、威厳ってものをあんまり感じなかったが、よもや大神官だったとは。


「顔をお上げください。それより例の件ですが、準備万端整っておりますぞ。お忙しい勇者どのをお待たせするわけにもいきませんからな。さぁさぁ陛下がお待ちです。着いてきなされ」


 こうしてオレたちは、悩んだわりにはアッサリと、カルナックス城へと入城したのであった。


 ◇◆◇◆◇ 


 カルナックスの王さまは、先の大神官同様、威厳とは無縁そうな容姿をした何とも可愛らしいおじさんだった。

 五十代後半で頭部が禿げ上がり、鼻の下にちょび髭を生やした低身長小太りのおっさんだ。それが大神官とそろってワクワク顔でうなずいている。


 他の二王国の王さまと同じで、この王さまも勇者以外開けることができないという伝説の宝箱が開くところを見たいんだそうだ。


 そうして、大神官やら重臣やらをぞろぞろと引き連れつつ、カルナックス王がオレとフィオナを案内してくれたのは、なんとカルナックス城の屋上だった。

 入り口の扉に隠れて、王さまが無言でヒョイヒョイと屋上を指を差す。

 何ていうかこの王さま、アクションがいちいちコミカルなんだよな。漫画みたいだ。


 王さまの指示通り、入り口扉の陰からそーっと屋上を見たオレは、屋上中央に居座った巨大な生き物を見て息を飲んだ。

 それは、小山のように大きなレッドドラゴンだった。

 人の気配を察知したのか、その物騒な目をこちらに向けている。


「何じゃありゃ……」

「ドラゴン……だね、テッペー」


 思わずフィオナと目を見合わせるも、このまま隠れていても始まらないと思ったオレは、フィオナを引き連れそっと屋上に出た。

 ドラゴンが身を起こす。

 扉の後ろに隠れた王さまたちが息を飲む音が微かに聞こえてくる。


「何用だ、冒険者よ。ここが我、レッドドラゴンの王・バルナバーシュ七世さまの縄張りだと知っての訪問か?」

「凄ぇ名前だな……。あー、ドラゴンさんよ。オレは藤ヶ谷徹平。今代の勇者だ。あんた、魔法の聖女用の宝箱を守ってるんだって? 引き取りにきたから出してくれないか?」


 ゴォォォォォォォォォオオ!!

「熱っ!!」


 オレのすぐ脇を、威嚇いかくのドラゴンブレスが通り過ぎた。

 隠れている王さまたちが扉の陰でビクっとするのが見える。


「勇者だと? 聖女だと? それが本当だとどうやって証明する? 貴様が宝を狙う悪党でないと誰が言える?」

「そんなもん、宝箱を開けさせてみればいい。宝箱を開けられるのは勇者だけだからな。やってみせるからそこをどいてくれ。それで開かなかったら消し炭にでもなんでもしてくれていいさ」

「……え? 聞いてないよ、そんな話。これ、勇者にしか開けられないの? そういう大事なことは早めに言っておいてよ!」


 不意に巨大なレッドドラゴンの口から、声変わりもしていない、小学生くらいの少年の声が漏れ出る。

 自分が思わず少年の声を出してしまったことに気づいたレッドドラゴンは、ゲホンゴホンと咳をすると、また重々しい口調に戻った。


「我はここに……えーっと、三十年ほどいるが、かような話は聞いたことがないぞ? ウソではあるまいな?」


 フィオナと目を合わせると、フォイナが笑い出しそうな顔をしている。

 オレはため息を一つつくと、ドラゴンに尋ねた。


「嘘じゃないよ。オレにしかその宝箱は開けられない。……ところでなぁ、ドラゴンさんよ。一つ好奇心で聞くんだが、ドラゴンの寿命ってどのくらいなんだ?」

「んーー、僕のお爺ちゃんは結構な長寿で五百歳まで生きたね。もう亡くなっちゃったけど。だから代わりに僕がここの管理をする羽目になっちゃったんだ。全く困ったもんだよ」


 ドラゴンの声が完全にお子さまボイスに戻っているが、どうやら気づいていないらしい。


「へぇ。で、ボクは今いくつかな?」

「五十歳」

「なるほど。仮にドラゴンが五百歳で人間の百歳と換算するなら……お前、十歳のお子さまじゃねぇか! ビックリさせやがって!」

「お子さまって言うなぁ!!」


 ポン!


 怒って術が解けたようで、全長三十メートルはあったドラゴンは、あっという間に全長五十センチ程のチビドラゴンに変化した。

 たまらずフィオナが笑い出す。


「まぁ待て待て。宝箱を開けてやるから」


 オレはフィオナと共にチビドラゴンの所まで歩いて行くと、何やら山と積まれたよく分からないガラクタ類の中に一個だけあった古臭い宝箱に手をかけた。


「おいで。えーっと、バルナバーシュちゃん」

「バルでいいよ」


 フィオナがチビドラゴンを抱き締めて喉の辺りをくすぐってやると、ドラゴンが気持ちよさそうに喉を鳴らしながら目を細める。


「んじゃ、開けるぜ」


 蓋は案の定、すんなり開いた。

 入っていたのは他の二つの宝箱と同じ、むき出しの金色の指輪が一個。

 月と羽根を模した精緻な意匠が入った指輪だ。

 フィオナとバルの目が指輪に集中する。


「さ、フィオナ」

「うん」


 オレはその場にひざまずくと、差し出されたフィオナの左手の薬指にそっと指輪をはめた。

 魔法の聖女として認証されたのか、指輪が一瞬、ポワっと光り輝く。

 それを見たフィオナの頬を涙が一筋伝う。

 バルが慌てる。


「お姉ちゃん大丈夫? どうかした? どこか痛いの?」

「ううん、バルちゃん。嬉しいの。とーっても嬉しいのよ。やっぱりわたし、魔法の聖女だったのね」

「不安だったのか?」


 オレの問いにフィオナが激しくうなずく。


「そりゃあそうよ。リーサもユーリも先に聖女装備を入手しちゃってさ? 一番最初にテッペーと会ったわたしが一番最後なんだもん。そりゃ焦るってば。でも、さっき王様からも聖女の紋様入りのマントをプレゼントしてもらったし、杖はこの前シュバルツバーン城で入手したでしょ? それで最後にこの指輪。やっと二人と並べたって思ったら……ね」

「そいつは良かった。んじゃ、行くか」

「あ、じゃあ僕はここで……。二人とも元気で」


 チビドラゴンのバルがフィオナから飛び立つと、瓦礫の山の上に着地した。


「ばいばい、二人とも」


 バルがちょっと悲しそうに手を振る。

 オレはフィオナと目で会話をすると、バルに向き直った。


「なぁ、バル。お前の役目はこの指輪を守ることだったんだろう?」

「そうだよ。そのために、千年前からこの城の屋上で代々僕たちドラゴンが守護してきたんだ」

「そうか。ご苦労さま。だが、肝心の指輪は無事今代の聖女の手に渡った。お前はこれでお役御免になったんじゃないのか?」

「……そうかも。うわ、うわ、どうしよう。僕、役立たずになっちゃった!」


 瓦礫の山の上でバルが慌てだす。

 フィオナが笑う。


「ね、バルちゃん。わたしたちと一緒に行かない?」

「え? ……いいの?」

「構わないでしょ? テッペー」

「もちろんさ。勇者にはドラゴンがつきものだ。来いよ、バル。なぁ王さま、いいだろう?」

「構わんよ。継承は無事成されたしね。ドラゴン君、長い間ご苦労だったね。その指輪はいずれまた勇者どのの手でこの城に持ち込まれる。それまで自由にするといい」


 扉の外でこちらの様子を眺めていた王さまご一行が合流すると、バルに向かって優しくうなずいた。


「じゃ、じゃあ……行く! 僕、テッペイ兄ちゃんと一緒に行くよ! お姉ちゃんもよろしくね!」


 バルはフワッと浮くと、飛んでフィオナの胸に飛び込んだ。

 ヨシヨシと頭を撫でられたバルが嬉しそうに、フィオナの胸に顔をスリスリと押しつけている。

 おいおい、その胸はオレのなんだから、程々にしてくれよな。


 こうしてオレはここカルナックスにおいて、魔法の聖女用のセットをコンプリートした。

 そしてついでに、思いもかけず、チビドラゴンを仲間にすることとなった。

 まぁなんだかね、放っておけなかったのさ。昔の自分を見ているようでさ。

 いいだろ? こういうのも。

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