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第75話 憤怒帝 イーシュガルド=エヴリン

 カルデラという地形がある。

 語源はスペイン語の『鍋』らしいんだが、スペインで鍋っていうとあれかね? やっぱトマトベース? 魚介類がたっぷり入って、ニンニクやトウガラシで味を整えているイメージだよな。

 うーん、考えると腹が減ってくるな。


 何の話だっけ? ……あ、そうか。カルデラだよ。

 要は火山の噴火によってできた、円形に大きくくぼんだ地形のことだ。鍋みたいにな。

 元々が火山だったから、ふちが鋭く切り立っていることが多い。

 ほら、青ヶ島とかあるだろ? あれあれ、あんな感じ。


 フィオナの実家のあるヴェルクドールを経って空の旅を三時間。

 今、オレたちの眼下にそのカルデラ地形の島がある。


 緑が生い茂る直径三、四キロ程度の小さな島で、文明圏からは遠く離れているため名前もない。地図にも載っていない。


 切り立った断崖だんがいに囲まれているから船でも上陸は不可能だ。

 乗り込むたった一つの方法は空から。

 そして、ここに上陸するということは、つまりここの住人と戦うことを意味する。


 上空から観察すると、島のほぼ中央、雑草の生える草地の真ん中に申しわけ程度の掘っ立て小屋が一軒建っていた。

 最強の魔族が住むには何ともみすぼらしい住まいだが、逆に、らしいと言えば、らしいとも言える。

 ここに住む七霊帝は、七百年、ただひたすら自らの腕を磨いてきたのだ。


 オレたちの来訪に気づいたようで、小屋から人影が出てきた。

 それに合わせて、オレは飛行中のドラゴン――バルから飛び降りた。


 フィオナが風魔法を使って落下の衝撃を消してくれたので、怪我一つせずに着地する。

 三人娘はバルに乗ったまま、島の上空で待機だ。


 一歩一歩憤怒帝ふんぬていに近づいていくごとに、オレの身体に幾重にも防御魔法がかかる。

 専用装備を全部揃えたコンプリートした聖女三人によって与えられるフルの加護だ。

 いくら七霊帝といえど、これを破るのは容易ではないはずだ。


 オレは憤怒帝までわずか十メートルの距離で止まった。


 憤怒帝の身長はオレと同じ百八十センチくらい。

 ロングヘアを頭の後ろで一本にまとめたいわゆるサムライスタイルで、目鼻立ちがクッキリした、野性味あふれるハンサムだ。

 だが、サムライなのは髪だけじゃなかった。服もだ。

 あちこち擦り切れてはいるが間違いない。コイツは黒の袴を履いている。

 しかも、腰にくのはなんと日本刀だ。


 時代劇じゃあるまいし、コイツはなんでそんな浪人ファッションしてやがるんだ? そもそも、どっからそんなもの持ってきやがった。


「武器は刀……なんだな。よくそんなもの入手できたな」

「いや、この道着もそうなのだが、我ら魔族の装備は、魔力によって具現化したアーティファクトだ。他の七霊帝も固有の武器を持っていただろう? それぞれが自分の扱いやすい形のアーティファクトを作り出す。それだけの話だ」


 あっさり教えてくれるのは、秘密でも何でもないからなのだろう。あるいは、どうせ殺すし、ということか?


「なるほど、戦闘終了後に武器が消えていたのはそういう理由だったのか。解説ありがとう。……んじゃ、早速やろうころしあおうか。おっと、その前に改めて自己紹介だ。オレは藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺい。勇者だ」

「俺はイーシュガルド=エヴリン。憤怒帝だ。待ちかねたぞ、勇者。七百年の修行の年月は今日この日のためにあったのだからな。頼むからガッカリさせてくれるなよ?」


 オレは油断なく憤怒帝を観察した。

 コイツはオレの来訪にまるで驚いていない。まるで、今日ここに来ることが分かっていたみたいだ。

 つまりは、世捨て人みたいにこんな絶海の孤島に住んではいるものの、情報収集手段をちゃんと持っているってことだ。

 ならば、オレの能力は全て知られていると思った方がいい。ゆめゆめ油断するなよ、オレ。


 オレは腰を落とし、右手をつかに、左手をさやに、居合の型を取った。

 驚くことに憤怒帝も同じ、居合の型だ。


 スゥハァ。スゥハァ。……ダッシュ!!

 ザシャァァァァァアアアアアアア!!!!


 一瞬で距離を詰めたオレは、憤怒帝を真っ二つにすべく神速で横薙ぎにした。

 クリティカル!

 憤怒帝の左の脇腹をゴッソリと切り裂く。

 だが同時に、憤怒帝によって袈裟斬けさぎりにされたオレの左肩から先が吹っ飛んだ。


「ぬぅっ!!」

「くそっ!!」


 嘘だろ? これに合わせてくるか? どんだけ早い斬撃だと思っているんだよ。しかもその攻撃の鋭さときたら、三聖女による三重の護りを易々やすやすと突破しやがった。

 むしろ、加護がなかったらもっとひどい傷を負っていた。


 聖女の護りのお陰で、オレの身体があっという間に修復する。

 だがこれは、憤怒帝も同様だ。


 オレと憤怒帝はそうしてお互いに身体の一部を失いつつも、高速で治癒しながら斬りつけあった。


 ガキャァァァァァン! ガキャァァァァァアアアアンンンン!!


 広大な草地に、剣戟けんげきの音が響き渡る。

 だがオレは、剣を交えながら悟った。悟ってしまった。


 早さも力も互角だが、それも今だけだ。

 スタミナも集中力も人間では魔族には遠く及ばない。だってこれだけ剣を振い続けているにも関わらず、太刀筋が全くおとろえないんだぜ? 

 集中力が途切れた瞬間に、オレの首は断たれる。ならば!!

 オレは飛び退すさると、剣を構えた。


「行くぞ、シルバーファング! 第五の牙、超越剣おわりのつるぎ!!」


 超越剣は聖剣を光の鎧と化す技だ。

 傲慢帝ごうまんていがそうであったように、魔族は女神の奇跡を超えることができない。

 つまり、光の鎧を纏っちまえば、コイツはオレを傷つけることはできない。


 剣が無数の破片と光刃とに分かれ、オレの身体を覆っていく。

 その時間はコンマ一秒。瞬きする間さえない。

 だが――。


「隙ありぃぃぃいい!!」

「な!?」


 そのコンマ一秒の間に憤怒帝の必殺の一撃によってオレの胴が綺麗に両断された。

 全身に鎧を纏いつつ後ろに飛び退るオレに憤怒帝の追撃が入る。 


 オレは必死に両手でガードし、頭をかばった。

 首を断たれたら終わりだ!


 ガガガガガガガガガっ!!


 だが、憤怒帝の流れるような高速の突きの連撃が凄まじい衝撃を伴って、オレの首の辺りを狙う。

 コイツ、分かっている! 女神の秘力たる光の鎧自体は斬れないものの、兜と鎧のわずかな隙間に剣を通せれば、オレの首を断てることを!


 光の鎧は欠損部分さえ補ってくれる。

 さっき憤怒帝に断たれた下半身は、今、鎧の中で上半身とくっつくべく絶賛再生中だ。

 動けはするものの、やはり神経伝達がわずかに遅れるようで、下半身を中心に若干動きが鈍くなっている。

 憤怒帝に対してこれは致命的なすきだ。

 駄目だ、このままでは殺される! ならば、出し惜しみはここまでだ!!


暗黒体ダークネスボディ!」


 オレの視線に殺気を感じたか、憤怒帝が一瞬で暗黒体を纏った。

 だが、憤怒帝の暗黒体は人サイズだ。他の七霊帝と違って巨大化していない。

 そうか! より細かく編んで、速度と防御を最大限アップしているのか!!

 いけるか? えぇい、ままよ!!


制限解除リストリクションリリース!!」


 オレは一縷いちるの望みに賭け、超高速戦闘へと突入した。


 ◇◆◇◆◇ 


 制限解除が始まると同時に、オレの頭の片隅にゲージが浮かんだ。

 オレは目の端でそれを確認すると、右の籠手ガントレットに意識を集中させ、手の甲から長さ一メートルほどの光の剣を発現させた。

 さぁ、ここからはノンストップだ!!


 オレは秒速三百四十メートル――音速で憤怒帝を斬った。斬りまくった。だが硬い!

 光の剣で斬りつけているにも関わらず、今までの七霊帝とは比較にならないくらい、憤怒帝の暗黒体は硬かった。

 しかも、憤怒帝はこちらの攻撃に備え、両腕をクロスさせて完全防御に徹しているので、剣が心臓部たる魔核デモンズコアまで届かないのだ。


 どうする? どうする?? このまま制限時間が尽きたら、その時こそオレは殺される。どうする!!!!


「あ、あ、あぁ! がぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」


 有効打を放てず制限時間の五秒を迎えたオレは、ゆっくりと動きを止め、絶叫した。

 身体を襲う激痛にるオレを前に、憤怒帝が勝利の雄たけびを上げる。


「勝った! 勇者よ、これで終わりだ!!」


 やはりコイツ、制限解除のタイムリミットのことを知っていた!!

 憤怒帝はガードを解くと、動きが止まったオレの首を断つべく光の鎧と光の兜の隙間を狙って悠々と剣を突き出した。

 だが――。


 オレはその瞬間再び音速で動き出すと、憤怒帝の刀を紙一重で避けつつ光の剣をその腹に深々と刺した。

 驚愕きょうがくに目を見開く憤怒帝を前に、オレは光の剣を抜き取ると、手を開いた。

 手のひらの上で、憤怒帝の魔核が怪しく光る。


「どう……して? 確かに情報通り、五秒経ったのに……」

「武器防具をコンプリートした聖女の奇跡で、一人一秒分、時間が伸びたんだ。今のオレは八秒間、制限解除を使えるようだ。引っかかってくれて助かったぜ」


 憤怒帝は身体が靄となって散りつつも、オレを見て薄く笑った。


「女神の力ってのは何てデタラメなんだ……。こんなの付き合っていられん。好きに持って行くがいいさ……」


 そして稼働限界の八秒が来たオレは、今度こそ身体中を絶え間なく襲う激痛に絶叫しながら、制限解除を使った代償を支払うことになったのであった。

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