「んー、今日は沢山のところ連れ回しちゃってごめんなさいね、疲れたでしょ?」
柊さんは相変わらず私の横を歩きながら隣の私に気遣い気にそう問いかけてくる
ゲームセンターを出た後も私達は時間の許す限り色々なところを回った
コスメショップでは今時の流行りを柊さんが教えてくれたし、デパコスなんかも見て、値段に驚愕したりもしたし、夜ご飯の材料を買いに行くと柊さんが言い出したのでスーパーにも買い物に行った
休みの日にこんなに沢山色々なところに行ったりしたのは子供の頃以来で、全てが新鮮だった
「いえ、普段はしないことばかりだったので新鮮で、そんなに疲れたとは思いませんでした、むしろ……楽しかったです」
だから私はそう答える
実際にほとんど疲れは感じていなかった
どちらかといえば一時でもストーカーのことを忘れられて久しぶりに楽しいと思えた一日だった
「それならよかった」
私の横顔に柊さんの視線が向けられて、それから嬉しそうに柊さんがそう呟く
「ねぇ鈴奈さん」
そしてそのまま柊さんは私の名前を呼ぶ
「なんですか?」
「この後なんだけど、最後にもう一ヵ所だけ付き合ってくれないかしら?」
私が柊さんのほうを向けば柊さんは少しだけ困り眉を作ってそう聞いてくるから
「いいですよ」
私は即答でそれを受け入れる
「……嬉しいけど、何処なのか分からないのにそんな簡単に了承したらダメよあなた」
柊さんははあっと小さくため息を吐いてから私を少しだけ窘める
「相手が柊さんだったからです、他の人にはしませんよ」
だけど私の答えは一貫してこれだ
柊さんだから、その言葉一つで私の気持ちを示すことは出来る
「また出たわね、そのあたしだったら戦法、本当によく分からないわ……ま、いいわ、行きたいところなんだけどね、この先の、神社横の階段を登った先にあるんだけど、足は大丈夫?」
柊さんは最初のほうこそ困ったようにそうぼやいていたがすぐに諦めて今度は目的地を話し始める
「……意外と体力はあるほうなんです」
柊さんが気遣うようにそう言いながら私の足に視線を向けるから、元々はスポーツ一家だったこともあり体力だけは人一倍多いほうの私はそれとなくその事実を伝える
「あら、それは本当に意外ね、でも、疲れたらすぐに言うのよ?」
私が体力に自信があるということがそれなりに意外だったようで柊さんは私の言葉を肯定するとその後にすぐに優しい声色でそう付け足す
「……はい」
長いこと人の優しさに触れてこなかった私に柊さんはこの数日で沢山の優しさをくれて、それは嬉しかったけど、これ以上渡されればキャパを超えて爆発してしまいそうで、私はただ、それだけ返事を返した
「大丈夫ー、疲れてない?」
それから双方暫く無言のまま階段を上り進めていたがふいに、柊さんがそう聞いてくる
「全然大丈夫です」
私はそれに平然と答える
実際にけっこう長い階段ではあるがそこまで足は悲鳴をあげてはいなかった
そしてそれはまた柊さんも同じで、たんたんと同じ調子で階段を上り続けているのに息が切れている感じすらしない
以前格闘技を齧っていると話していたからきっとそのお陰だろう
この見た目で運動も出来るなんてやっぱり神は何物も与えすぎな気はしないでもない
「それなら良かったわ、もうすぐ着くから頑張って頂戴ね、あ、見えてきたわ」
柊さんは最後まで私を励ましながら上り続けて、遂に目的地に到着したようで目の前を指差す
「ここは……」
階段を上り終えた先にはそれなりの広さの平地と、落ちないように設置された柵があり、その先には満天の星空と沢山の家の明かりが灯っていた
「ここ、展望台になっててこの街を見渡せるのよ」
柊さんは言いながら柵に体重を預けて夜景を一望する
「……すごい」
私もつい、感嘆の声を漏らしてしまう
こんな綺麗な景色を私は今まで見たことがなかった
そもそ自分の住む街に、こんな場所があることさえ今知ったのだ
「綺麗でしょ? この光のひとつひとつに人が住んでて、自分達の人生を歩んでいる、それが一望できる、ここが一番この街が綺麗に見える場所だと思ってるの、だから私の一番のお気に入り、あまり有名な展望台でもないからほとんど人もいないし、落ち着きたい時はよくここに来るのよ」
柊さんは淡々とそう語ると、一度言葉を切って目を瞑る
まるで、何かを思い出すかのように
「……こんなに綺麗な景色を見ていると、あたしみたいなやつまで綺麗な人間に見えてくるから不思議よねぇ」
そして、数秒してから目を開いて、柊さんの口から出たとは到底思えないようなマイナスなことを口走る
「柊さん……」
あまりに驚いてしまって、私はつい名前を呼んでそちらへ視線を向けてしまう
「あらやだ、変なこと言っちゃったわね、忘れてちょうだい」
そうすれば柊さんはハッとした様子で慌ててそう言いながら頭を振るう
きっとこれは、柊さんの聞いてほしくなかった暗い一面だ
それでも私は、少しでも柊さんの奥の部分に触れられたようで、戸惑いもありながら、申し訳ないけど少しだけ嬉しいと思ってしまった
「……あの、柊さ――」
「おい!!」
私が柊さんに話しかけようとすると一番聞きたくない声が、私の言葉を遮って静かな夜の夜景に響く
「っ……あなたは」
声のほうを咄嗟に向けばそこに立っていたのは私の、ストーカーの男だった
「あら、この子のストーカーじゃない、いったい今日は何のご用事?」
それにすぐに気づいた柊さんは私を背中に庇うようにして前に出るといつもの調子でストーカーに声をかける
「……今日一日見てたけど、彼女のことをさんざん連れ回して、お前はいったい何がしたいんだ!」
一日見ていた、その言葉に背筋に寒気が走る
見られていた
今日、一日の全てを、何処かから
気持ち悪いという感覚よりも、怖いもいう感情が先に立って出てくる
「何、一日付け回してたの? あなたのほうこそ何がしたいのよ」
柊さんも一日付け回されたことを不快に思ったのだろう、声を低くして、男に言葉を投げつける
「オレは、お前からその子を解放したい!」
男は怒鳴りながら柊さんのほうを指差す
「あたしから解放したい?」
そんな男に柊さんは男の言葉を復唱してみせる
こいつは、何を言っているのだろうか
私が解放されたいのは、頬っておいて欲しいのは、この男からだ
「小雪さんは、ずっと素朴で、そんな化粧とかっ、ちゃらついた服なんて着てなかった……なのにいきなりそんな格好させてさんざん連れ回して、お前は何がしたいんだ、オレに見せつけるためか? ああ!?」
ずくり、とまるで何かの刃物で身体を引き裂かれたような鈍い痛みが身体に走る
今日一日私は柊さんを信じてこの格好で街を歩いていた
きっと誰も可笑しいなんて内心で笑っていない筈だと自分に言い聞かせて
それなのに、そんなとか、ちゃらついたとか、そういう言い方を直にされて、それが間違いだったのかという気さえする
「……なんか、嫌な言い方ねあなた」
ぴくりと私の肩が震えた
柊さんの言葉に、確実に怒りが籠ったのを身近で感じ取ったからだ
「なんだと……」
柊さんの言葉に男はまた食いかかる
「その言い方だと、鈴奈さんのこの格好がまるで、似合ってないみたいに聞こえるわよ」
だけどそんな男に全く物怖じせずに柊さんは咎めるように男に向かって冷やかに言い放つ
「……そんなこと言ってないだろ! 話をそらすなっ……」
ギリッと歯を食いしばって顔を歪めた男の手元でキラリと何かが月の光を反射して光る
「……っ、カッター……」
それが刃物であることはすぐに理解できた
「鈴奈さん、下がっていて」
だけどそれでも柊さんは冷静に私をさらに後ろへと下がらせる
「お前が、お前がいなければ……きっと……! うわぁぁぁ!!」
私が一歩後ろに下がったのと同じタイミングで男が柊さんに向かって走り出す
そしてそのまま、柊さんにカッターを振り上げて、振り下ろした
「柊さん!!」
私はほとんど絶叫のような形で、柊さんの名前を叫んだ