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第20話 お節介で、優しい人

 柊さん

 私がそう、叫んだのを最後に場の空気が沈黙する

 どくん、どくんと心臓が嫌な音を立てる

 その音が二人にも聞こえるのではないか、そんなよく分からない不安を打ち破ったのは柊さんのほうだった

「こんなもの、好きな女の子の前で使うんじゃないわよ」

 柊さんは静かな声で男を牽制しながらカッターを地面に投げ捨てると男を突き飛ばして距離を取る

「っ……」

 柊さんに押された男はよろよろと体勢を崩して地面にどしゃっと尻餅をつく

「あなた、そもそも間違えてるわよ、そんなこと言ってないって言うってことは、あなたもこの格好と化粧が彼女に似合ってるって思ったんでしょ? それなら、何で褒めないのよ……」

 柊さんはこんこんと、静かな口調で男を問い詰める

 顔は見えないけど怒っているというのが声色でよく、わかる

 私の為に怒ってくれているということも

「……そ、れは」

 男はボソボソと呟きながら視線を彷徨わせる

 その間に柊さんはカッターをもう一度取られないように足で蹴って茂みのほうへ飛ばしてしまう

「……彼女が遠くに行ってしまったようで嫌だった? 自分に見向きもしてくれなくなるって思った? まぁ、あなたがどう思ったのかなんてどうでも良いけど、自分の心を優先してる時点であなた、男として失格よ」

 あわあわとしている男をガン無視して柊さんはただ淡々と続けると、最後に氷のような冷たい声で男にそう言い放つ

「っ……う、るさいっ!! お前には、分からない! また来ます、小雪さん……」

 男は怒鳴ると一度だけこちらへ視線を向けて、そのまま階段をかけ下りていった

 二人きりになって、少しの間沈黙が流れる

「……ひ、柊さん!! け、怪我は……」

 だけど私はすぐにハッとして柊さんに駆け寄ると手を皮切りに身体の至るところに怪我がないか確認していく

「あら、心配させてごめんなさいね、カッターくらいで怪我なんてしてないから大丈夫よー」

 そんな慌てふためく私を落ち着かせるように柊さんはいつものような明るい声色でそう言って両手を広げて見せる

「ご、ごめんなさい……私のせいで……」

 そうすれば確かにどこにも赤色はなくて、安堵と同時に罪悪感がふつふつと身体の奥からわき出てくる

「だから、何であなたが謝る必要があるのよ、私が勝手に動いただけなのに」

 謝る私に柊さんは少しだけ気まずそうにそう返してくる

 だから私は

「……ルームシェアするってことを、甘く見すぎていました、私は守られるかもしれないけど……その分相手に……柊さんに迷惑がかかるのに、そこまで考えられてなかった……私はっ……」

 自分の考えが足りていなかったことをただただ謝罪する

 そうだ、柊さんにルームシェアを提案されて、柊さんの家にいる時は、柊さんと一緒のときは自分は確かに安心できた

 でも、その私の安心は彼の日常を踏み台に成り立っているものなのだと、何故もっと早く気づけなかったのか

 きっと私は自分のことばっかりで、そこまで考える余裕がなかったのだろう

 それでも、私のせいで柊さんが怪我をしそうになって、やっと気付くことが出来た

「鈴奈さん」

「っ……」

 ルームシェアなんて、やっぱりするべきではない、そういう結論に至りそうになっている私の名前を柊さんが真剣な声色で呼ぶ

 ひゅっと、自分の喉が鳴った

「あたしはそのすべてのリスクを理解したうえであなたにルームシェアの提案をしたの、それは、あなたというデザイナーのファンだからとか、あたしが特段お節介だからとか、色々理由はあるわ、でもね、あたしはそれを後悔してない、だって近くにいないと今みたいに守ってあげられないんだから」

 何を言われるのか、覚悟していた私に返ってきたのはいつもの優しい柊さんの声で、うつむいていた私の頭にポンッと優しく手が置かれる

「……本当に柊さんは、お節介なんですね」

 私は返す言葉が無くて、柊さんのほうへ顔を向けるとそう、返した

 本当に、こんなお節介な……優しい人には今まで出会ったことがない

「だから何度も言ってるじゃない、あたしは異常なくらいお節介だから、一度首を突っ込ませたらもうこれでもかってくらいずんずん踏み込んじゃうんだから!」

 視線がかち合うと柊さんはいたずらっ子みたいに歯を見せて笑うとそんなことを言いながら私の頭をぐしゃぐしゃに撫で回す

「ちょっ、やめてくださいっ……」

 これでは折角柊さんがセットしてくれた髪の毛が台無しになってしまう

「……それにしても、怪我しないで良かったわー」

「っ……」

 ふと、柊さんが言った言葉に一瞬身体が萎縮する

「だって、あなたのハンカチとってもかわいいから、それを汚しちゃってたらきっとカッターで怪我した以上に罪悪感感じて落ち込んじゃうところだったわ」

 だけど、柊さんの口から出てきた言葉は私が想像したものとは全く違うもので

「柊さん……」

 私はそれを咎めるように柊さんの名前を呼ぶ

「冗談よ冗談、それにしても、本当にそういうの大好きねあなた」

 そんな私に柊さんは笑いながら頭から手を離すと私の持っているレースをあしらわれたハンカチを指差す

 これはもし柊さんが怪我していたらと思ってポケットから取り出したハンカチだ

「まぁ、好きですけど、似合いませんよね……」

 私はまたつい自虐を吐き出しながらそっとハンカチをポケットにしまいこむ

「言わないわ、似合わないなんて、思ったこともないこと言えないものあたしは」

 だけど柊さんの返答は一切変わること無くそう言いきってしまう

「……そう、ですか」

 今日だけで何度言われたかも分からないそれ

 なのに未だにそれには慣れることはない

「さ、ちょっと邪魔は入ったけど帰りましょうか、明日は二人とも仕事なんだから早く夜ごはんの準備しないといけないもの、あ、大変だわー、あいつにやられた傷が疼いて、一人で準備は難しいかもしれないわねー」

 柊さんは地面に置いてあった食材諸々が入ったエコバックをさっと肩にかけながら急に女々しくそんなことを言って肩を押さえてみせる

 それからあざとく視線をこちらへと投げ掛けてくる

「……どこも怪我してないって、確認したところじゃないですか……まぁ、私に手伝えることがあれば手伝いますけど……」

 この人はいちいちふざけないと生きていけないのだろうか

 まぁ、それらがすべて私の心の安寧の為にしてくれていることだというのは理解しているし、実際に柊さんのそういうお茶らけは私の心を軽くしてくれているのも事実だ

 私は少しだけ咎めるようにそう言いながらも自分から料理の手伝いを申し出る

「あら嬉しい、優秀な助手をゲットしたから今日の料理は捗るわねー!」

 それを聞いた柊さんは嬉しそうに笑いながらパンッと手を叩くと一足先に階段に足をかける

 だけど、それ以上進むことなく私のほうを振り替えるから、意図を理解して、私も柊さんの隣に立って階段を一歩、踏み出した

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