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第21話 見られたおでかけ

 私と柊さんがルームシェアを始めてから早いことで数日が経とうとしていた

 その日、私達の会社は休みで私はリビングで服のデザインをしていた

「ねぇ鈴奈さん」

 ふと、自分の部屋から出てきた柊さんが私に声をかけてくる

「どうしました?」

 私は手に持っていたスケッチブックを机の上に置くと柊さんのほうを向く

「今日暇だったら映画でも行かない?」

 柊さんはスマホから顔をあげるとなんでもなしにそう誘ってくる

「……急にどうしたんですか?」

「ああ、別にたいしたことじゃないんだけど、この間ゲームセンターで取ろうとしてた猫のぬいぐるみ……猫じゃなくて狐だったかしら……まぁどっちでもいいわ、そう、その狐の出てくる小説が映画化されてるっていうから折角だから観てこようと思って、柊さんの好きな作品だって言ってたから折角なら一緒にどうかなーって思ったのよ、忙しかったり嫌だったら全然大丈夫なんだけど……」

 私が聞き返せば柊さんはスマホの画面をこちらへ向けてそう説明してくる

 柊さんのスマホには映画の公式ホームページが写っていた

「……いえ、別に忙しくもないですし、嫌でもないので、ぜひご一緒させてください」

 私はそれを確認するとすぐに使っていたスケッチブックを閉じてペンをペンケースに戻すとそう返す

「それなら良かったわ、さ、ということで、この後何をされるかは、ちゃんと理解してるわよねー」

 私が快諾したのを安心した様子で見ていた柊さんはにっと口の端を持ち上げて急に不穏なことを言い出して

「……まさか」

 私が思い付くのはひとつしかなかった

「そう、そのまさかでーす、お化粧タイムよー、逃げないで観念してこっちにいらっしゃい」

「……はい」

 楽しそうにそう言いながらコスメを入れている箱をいじりだした時点で私は早々に諦めると頷いて柊さんのほうへ自分から向かった


「席は、どの辺りがいいかしら?」

「私はどこでも……」

 あのあと散々にこねくりまわされた後に私たっての希望で歩いて近くの映画館へと向かって今は映画のチケットの席を選んでいるところだった

 席を聞かれるけど映画館なんて人生で数回しか来たことのない私は特にこだわりもないのでそう返す

「それが一番困ったりするのよねー、まぁそれじゃあ真ん中辺りでいい?」

「あ、はい」

 柊さんは特に困った様子は見せずに一応聞いている、そういう感じでもう一度私に聞くと返事を聞きながら慣れた手付きでポンポンと画面を進めていく

「あたしポップコーンのキャラメル味買いましょー、後はホットココアも、鈴奈さんは何か食べる?」

 そして発券を終えると売店の前で足を止めて早々に自身の注文を決めて店員さんに伝えると私にも聞いてくる

 やはり頼んでいるものや家での感じを見る限り柊さんは甘党なのだろう

「そうですね、じゃあホットドックとコーラにします」

 私はそんなことを考えながらメニューをちらっと見て自身の注文も伝える

「あなたそういうところは意外とジャンキーなのよねー」

 私の頼んだ商品を聞いて柊さんは意外とでも言うようにそう呟く

「美味しいですよ?」

 昔から私はこういうジャンクフードみたいなものはそれなりに好きだ

 温める必要もないし味はいつだって安定して美味しい

 一人暮らしの時でさえたまに食べたくなって近くのハンバーガー屋さんに買いに行くことさえあったくらいには

「まぁ、美味しいのは認めるけど、太っちゃうわよー」

 柊さんは唸りながら頷いて、それから体型の心配を始める

「……普段が栄養食なので問題ないです」

 そもそも太る云々の話で言えばポップコーンやココアだってカロリーは高い

「最近は夜はちゃんと食べてるじゃない」

 だけど柊さんは上手いこと私の痛いところをついてくる

 確かに最近は体重計に乗るのが少しだけ怖い風潮はある

 化粧っ気がなくても、そういう服を着るわけでもなくても体重は気になる

 一応

「……そのせつはお世話になってます……また今度手伝い――」

「大丈夫! あたし一人で問題ないわ! そんなに手のかかるもの作ってるわけでもないし!」

 私が日頃のお礼を伝えながらこの間の夕食の時のようにまた手伝えることがあれば、と伝えようとすれば何故か大慌てで柊さんがそれを止めにかかってくる

「……なんでそんなに必死なんですか?」

 私は不思議に思ってそう聞き返す

 この間だって別に何か迷惑をかけたつもりはない

 途中から後は自分だけで大丈夫だとキッチンは追い出されたけど

「別に必死なわけじゃないわよ……でも、あなた一人の時にはあまりキッチンに入らな……いえ、せめて火は使わないで、あ、レンジも気をつけて、オーブンはダメよ……お湯はケトルに入ってるからそれを使って頂戴」

 柊さんはうーんうーんと何か唸りながら困ったようにそう矢継ぎ早に説明してくる

「……別に、分かりましたけど」

 一人の時にそもそもキッチンを使うことのほとんどない私はそれを了承する

「さてと、ここは奢ってあげるから行きましょうか、と、その前に、お手洗いは大丈夫?」

 柊さんはこの話をどうやら早急に終わらせたいようでいつものようにパンッと手を叩いて空気を切り替えるとさっさと支払いを済ませて私の分の食べ物も一緒に持ってくれる

 それからそんな風にまるで子供にするように聞いてくるものだから

「奢ってもらってありがとうございます……柊さん最近本当にお母さんみたいですね、大丈夫です」

 流石に心配しすぎだと軽く言葉にして、それから視線で訴えかけてみる

「あんな事件起こされたらそうもなるわよ……まぁ大丈夫ならいいわ、それじゃあ行きましょうか」

 柊さんは何か嫌なことでも思い出したように頭を軽く抱えながらそれだけ言うとまたすぐにテンションを切り替えると持っていたチケットをもぎりの人に二枚とも渡す

 こういうときの切り替えが早いのは柊さんの凄いところだと思う

 とりあえずは私も気持ちを切り替えて映画を楽しむことにした


「いやー、児童文学が原作だからってバカに出来ないわねー、今度原作読んでみようかしら」

 それから映画を観終えた私達は隣接していた喫茶店に入ると一段落していた

 柊さんは上映室を出る時少し涙ぐんでいたし、私は私で原作の再現度の高さに感動して速攻でパンフレットを購入していた

「……原作なら持ってるので今度貸しますね、家にあるので取りに行ってからになりますけど」

 柊さんの言葉に私はパンフレットから顔をあげて柊さんに提案する

 このシリーズなら家に全巻揃っている

 柊さんの家でルームシェアする用の荷物からは外してしまっていたので一度家に取りにいかないといけないことにはいけないがまぁ、そこまで大変なことでもない

「一人で取りに行くつもりじゃないわよね? あたしもついていくから」

 柊さんはそれを聞いて真剣な様子でそう返してくる

「それぐらい大丈夫ですよ……」

 私はあることを思い出してその申し出をやんわりと、それとなく断る

「あなたねぇ、昨日の今日で忘れたわけじゃないわよね? もう少しで怪我するところだったのよ」

「……まぁ、そうですけど」

 だけど柊さんは引かないで、この間のことを掛け合いに出される

 この間のことを言われれば確かに私が折れるしかない

 怪我をしそうになったのは守ってくれた柊さんのほうだけど

 実際に、あの後からどこにいてももしかしたらどこかから見られているかもしれないと思うと怖くなるときがあることは事実だ

「手間かけるとか思ってるならそれは必要ないわよ」

「……それもありますけど、次に行く時はとりあえず歩きか電車でお願いします」

 柊さんが先手を打って私の言いそうなことを潰してくる

 確かにそれはあった

 だけどもうひとつ、もっと大切なことがある

 今度は私が真剣に提案する番だった

「ああ、あなた車酔いするんだったわね、全然それで問題ないわよー」

 私の懇願に柊さんは少しの勘違いを孕んだまま笑顔で快諾する

「……」

 私が車酔いするのは柊さんの車だけです、といいそうになったけどこれは言わないのがきっとお互いの為だ

「あれぇ、柊さんじゃないですかぁ、奇遇ですねぇ、こんなところで会うなんてぇ」

 ふと、かけられた声

 聞き覚えのある声と甘ったるい話し方、鼻につくような甘い香水の香りに私は手に持っていたパンフレットを取りこぼしそうになる

「あら椿さんじゃない、あなたも映画?」

 だけど柊さんはいつも通りの様子で声の相手のほうを向くとそう聞き返していた

 椿さん、やっぱりそうだ

 椿春、彼女は私と同じデザイナーチームの同僚

 彼女はこの間の柊さんの一件からより当たりが強くなることを覚悟していたが実際はそんなことはなく、むしろ私に絡んでくることが少し減った

 だけどたまに凄い視線を向けられていることが増えた

 それからどうしても椿さんには少しだけ苦手意識がついてきて、離れてくれないのだ

「はい、さっき観てきたところでぇ、ところで……」

 椿さんは柊さんに返事を返しながらこちらへと視線を投げ掛けてくる

「こ、こんにちは……」

 私は手に持っていたパンフレットをテーブルの上に置いてから消え入りそうな声で挨拶だけして軽くペコリと頭を下げる

「こんにちわぁ、私柊さんと同じ会社の社員の椿春って言いますぅ、いつもお世話になってます」

「……え」

 どんな嘲笑が返ってくるのか覚悟していれば椿さんは私が一度も見たことのないような笑顔で普通に挨拶を返してくるからつい、間の抜けた返事を返してしまう

 いや、違う

 一度も見たことのない表情ではない

 すっかり遠い過去となってしまったが椿さんがデザイナーチームに配属されてすぐの新人だった頃は私にも向けてくれていた顔だ

 いつからか、向けられることのなくなった顔

「柊さん、このかた、柊さんの彼女さんですかぁ?」

 椿さんは私から柊さんに視線を戻すと柊さんに直球に聞く

「あら、分からない?」

 柊さんは飲んでいたココアから口を離して少し不思議そうにそう聞き返す

「柊さんっ……」

「鈴奈さんよ、いつもとちょっと雰囲気違うと思うけどよく見てご覧なさいよー」

 私は慌てて名前を呼んで止めようとしたが少しだけ間に合わなかった

 柊さんはそのまま私の正体を椿さんに暴露してしまう

「…………え」

 だけど私よりも一番驚いた様子を見せたのは椿さんのほうだった

 一言それだけ溢すとこちらに顔をギギギっと向けて固まってしまう

「ご、ごめんなさい、あの、その、へ、変ですよねこんなっ……あの……」

 私は椿さんと目を合わすことも出来ずにしどろもどろに言い訳を羅列する

「…………いえ、別にぃ、似合ってると思いますよぉ、それじゃ、私人待たせてるのでこれでぇ……それじゃあ、柊さん……鈴奈さん、また会社でぇ」

 だけど暫くフリーズしていた椿さんは少ししてからにこっと笑顔を私に向けるとそれだけ言って早足にお店を去っていった

「ええ、それじゃあまた」

「ま、また……」

 柊さんと私は椿さんの後ろ姿に手を振るが椿さんは一度も振り返ることはなかった

「奇遇よねこんなとこで出会うなんて……って、鈴奈さん、大丈夫……? 顔色凄い悪いけど……あ、鈴奈さんだって言わないほうが良かったかしらっ……あたしの恋人かもなんて思われたくないものね……」

 柊さんは特に気にする様子もなくそう言いながらココアを飲んでいたけど私の様子がおかしいことにすぐに気付いて、私の思案している部分ではないところに引っ掛かってしまう

「い、いや、そこではないんですけど……もう大丈夫ですから」

 そんな柊さんを見ていればなんか、変に緊張していた自分がバカみたいで、椿さん本人だって気にしていなかったんだからと気分を切り替えることにする

「そう……? 無理はしないでね」

 私の笑顔を見て柊さんは安心したのか疑問符を浮かべながらも最後には私のことを心配する声をかけて締めくくる

「はい、ありがとうございます」

 だから私もただ、思ったままにお礼を伝えた

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