「あれ、春、飲み物はー?」
きいっと音をたてて私が喫茶店から出てくると待っていた友達が不思議そうに私に問いかけてくる
「……」
だけどそんなものに答えている余裕は私にはなかった
「春?」
「ごめん、ちょっと体調悪いから帰るねぇ」
黙って握りこぶしを作る私に声をかけてくる友達にそれだけ言うと早々に帰路についた
「え、春、春ってば!」
後ろから何度か呼び止められたけど、そんなものに気をかけている余裕もまた、なかった
最初は、ただの憧れだった
キラキラと輝かしいデザイナーという世界の中にいて尚、何かに染まることなく淡々と服のデザインをしていく彼女のカリスマ性に惹かれた
私はただ、普通にしているだけなのに、よく学生の頃から男に媚びていると影で言われることが多かった
彼女は彼女で影では散々に言われる側だったのに、私のようにそれを気にすることすらせずにただひたすらに服をデザインすることだけに情熱を燃やしていた
私のことを悪く言うこともなかった
そんな憧れの先輩だった筈の彼女に強いコンプレックスを抱くようになったきっかけはよく覚えている
彼女が仕事で提出するようではない自身の趣味としてデザインした服の沢山描かれたスケッチブックを見てしまったあの時からだ
それは、普段彼女がデザインするシンプルな服とは全然違って、プリーツとか、リボンとか、そういうものがたくさんあしらわれていた
そして、何よりも魅力的だった
まるでお伽噺にでも出てくるお姫様が着ているような服から少しシックなものまで多種多様に描かれたそれを見て、その服を着て笑顔で町の中を歩き回る人達の姿の幻覚さえ見えた
その時に、私では絶対にその域まで達することは出来ないと悟った
勝てないと思った、思ってしまった
私だって服へかける情熱は負けていない筈なのに、それすら負けているような気がしてしまった
それからだ
私が彼女に嫌みを言うようになったのは
周りのその他大勢と一緒に化粧っ気もなく服装へも無頓着な彼女を影で嘲笑うようになったのは
そうでもしないと自分のメンタルが保てなかった
そして、それをする度に余計に自分の情けなさがより身に染みて、ただただ悔しかった
でもそんな彼女よりも私のほうが秀でている部分があった
それは、奇しくも自分が言われて一番嫌だったこと
男受けだった
私の元々の間延びした話し方も、自分が好きで始めたメイクも、好んで着ていた服さえも、男には受けが良かった
まぁ、だから媚びてるなんてよく言われたわけだけど
それが一転して強みになった
これでは私は彼女に勝てる、勝てていたのに
柊さんと一緒にいた彼女は、どうしようもなく輝いていた
会社にいる時の彼女とは全く違った
騙されていたのだ、私達は
私生活ではあんなに可愛い服を着て、柊さんみたいな会社のエリートと喫茶店で雑談して笑っていたのに
私はそれを知らずに、彼女の表面だけをなぞって、勝った気になっていた
影では負けていることすら全く知らずに
なんと滑稽なことか
私にへらへらと言い寄ってくる男なんてせいぜいが勘違い野郎とか中年のオッサンとか、そんなものなのに、彼女の前にいたのはファッションプレスチームの若きエリート、将来を約束された男だった
どこも、勝ってなんていなかった
一瞬も勝っていた瞬間なんてなかったのに、勝手に勝ったと思っていただけだった
それがどうしようもなく悔しくて、余計にわたしのなかで大きな劣等感となって強くなるのしかかってきた
そして、考えた
このままではダメだ
私がただの負け犬になってしまう
それだけは、避けないといけない
どこかで、勝たなければいけない
そうしないと、私は私でいられなくなるのだから