『折角ならあの磨いた状態でこれからは出勤するのはどう? みんな驚くわよきっと』
私は柊さんが出ていった部屋の中、一人でさっき言われ言葉を何度も頭の中で復唱していた
頭をぶんぶんと振ってそれを追い出してスケッチブックに集中しようとしてもポンッとその思考は戻ってきてしまって、さっきまでと全然違ってデザインに集中することが出来ない
「あの、格好で会社に……」
言葉にしてみても全然そんな自分は想像出来ない
それなのに周りから嘲笑される自分だけは鮮明に想像することが出来てしまうのだから本当に困ったことだ
「……やっぱりあり得ないよね」
別に、柊さんの見立ててくれる服やメイクがダメとは言わない
自分に全然似合わなくて、浮いているのではないかという感情は消えていないがそれもきっと柊さんの言葉があれば何とかなってしまう気さえする、それなのにそれを実行しようとはどうしても、絶対に思えない、思わない
「……」
私はふと、自身の趣味で使っているデサイン用のスケッチブックをパラパラと音をたてて捲っていく
その中には沢山の私の夢が詰め込まれている
見せたことがあるのはおそらく柊さんだけ
「そういえば……」
この服を作っていいか、一度柊さんにそう聞かれたことを思い出す
私という原石を磨く、そう言われて始まったあの一日の後に柊さんは食卓を囲みながら結果、合格かと私に聞いてきた
実際に自分の変貌に驚いていた私が不合格なんて言えるわけもなくて、私が着ることになるかもしれないという部分のせいで本当はあまり乗り気ではなかったけど合格通知、所謂ゴーサインを出さざるをえなかった
でも実際のところは私が着る云々がなければこの私達が産み出した子供達が実物として世界に誕生すること自体は楽しみでもあった
「……あの子達を、私が、着る……?」
自分で言葉にしてみても疑問符がついてくるそれ
なのに、一度考えてしまえばどうしてもそれを想像してしまう
ふわふわのガーリーなスカートをはいて街の中を歩き回る私
シックにまとめたパンツスタイルで喫茶店でコーヒーを飲む私
サテン生地で仕立てられたドレスに身を包んでパーティーでワインを傾ける私
純白のウェディングドレスでバージンロードを歩く私、その先に待っている人は……
「あー、やめやめ! どれもこれも気持ち悪い! ほんっとうにキモい! やめよ、寒気してきた……」
私はそこまで想像してから思いっきり頭をぶんぶんと横に振るってその気持ちの悪い妄想達を頭の外へと弾き出していく
「あれ、鈴奈さんー、何一人でそんなに興奮してるのよ」
そして、そんな奇行をしているタイミングで大変タイミング悪く柊さんが帰宅してしまう
「あ、柊さん……いえ、その、別に何も、おかえりなさい……」
私は少しだけ居たたまれなくなりながらバッとスケッチブックに視線を落として返事を返す
「あらそう? ま、あなたがそう言うならそう言うことにしといてあげるわ、ただいま、あ、これ、頼まれてたもの」
柊さんはくすくすと含み笑いを溢しながらもそう言いながらガサガサと袋を麻って私が頼んでいたエナジードリンクを取り出すとこちらへと差し出してくる
「あ、ありがとうございます……」
私はそれを受けとるとそのままプルタブに指をかけようとする
でも
「でもねー、あたしこの後夜食作ろうと思ってるんだけど、どうにも一人で食べきれるか心配なのよねー、それに夜食なんて太っちゃうしお肌にもよくないし、それでも食べたいから一緒に食べて罪悪感をわけ合える人が欲しいのよねー、食べたらきっと目も覚めると思うんだけど」
開ける隙も与えずに柊さんが困ったようにそう言って意味ありげな視線を向けてくる
「……せっかくなので私も一緒にいただいていいですか?」
私は早々にプルタブから指を離すとそのままご相伴に預かることにする
これはきっといつもの柊さんのお節介だ
好意を無下にするのも嫌だしなんならエナジードリンクより柊さんの作ってくれるという夜食のほうが心をそそられる
私としては夜食で太る云々とかお肌が云々も気にならないし
いや、太るってところは少しだけ気になるかもしれない
「あらありがとう! これじゃあたしが押し付けたみたいねー、でもこれであたし達運命共同体よ! せめてもの罪滅ぼしに夜食はあたしだけで準備するからそれ以外の食べ物冷蔵庫に入れて、その後はおとなしく待っててくれる?」
柊さんはいつもよりすこしばかり高いテンションでそう言いきると手に持っていたエコバックを押し付けてくる
「っふふ……あっ、はい、分かりました……」
そんな柊さんについ少しだけ吹き出してしまって、恥ずかしくなりながらも手で口もとを隠してエコバックを受けとる
「……ん、それじゃあよろしくね?」
だけど柊さんは私のそれに突っ込んだりすることもしないでくれてそのままシンクのほうへ向かっていく
「あれ、柊さん」
私は冷蔵庫のドアを開いてエコバックのなかからひとつのプリンを取り出したところで斜め後ろにいる柊さんに声をかける
「どうかしたー?」
バシャバシャと手を洗っていた柊さんはキュッと蛇口を閉めると布巾で手を拭いながらこちらを振り向く
「このプリン、崩れちゃってますよ?」
私は崩れたプリンを柊さんのほうへ差し出してプラプラと振って見せる
そうすれば中の崩れた部分がどろどろと左右に転がっていく
「……ああそれね、持って帰ってくる時に落としちゃったのよ、写真撮ってSNSにあげたかったのに残念ねー」
柊さんはそれだけ言うとすぐにシンクのほうへ向き直って作業を再開する
「……そう、なんですね?」
いつもと同じな筈なのに、その時の柊さんは少しだけ不思議な感じがして、私は疑問符をつけた返答だけ返すと早々に自分に任された仕事に戻った
きっと、何かあったのだろうけど、話したくないことのひとつやふたつ、誰にだってあるのだから