「ヤバい……遅刻ギリギリ……」
私は自分のスマホを見て歩をさらに早める
「昨日は夜更かししちゃったものね、とりあえずあたしもう行くわね、それじゃあまた夜に」
同じく隣で慌てていた柊さんはそれだけ言うと手をひらひらと振りながら駆け足で自分の部署へと向かって行った
「あ、はい、それじゃあまた……」
私はそんな後ろ姿にいつものように声をかける
いつもだったら振り返って見せてくれる笑顔も今日は無し
「……私も、急がないと」
柊さんの後ろ姿をしばらくボーッと見つめていた私だけど自分も時間ギリギリであることを思い出して慌てて自身の部署を駆け足で目指す
昨日、完成した夜食を食べるあてにとサブスクで適当な映画を流し始めたのが行けなかった
その映画が意外と面白くて結果としては続編まで観てしまった
つまりは映画館を含めると一日に三本の映画を観たことになる
といっても二本は日を跨いだ形になるわけだけど
そして、私達はルームシェアを始めてから基本的に一緒に出勤と退勤をしている
柊さんにはそこまでしなくていいと断ったのだがどうせ目的地は一緒なんだからといつもの調子で言われていつもの調子でまた押し流されてしまったわけだ
私自身は柊さんと出退勤を共にするのは別に構わないしストーカーのこともあるからむしろありがたい
だけど柊さんの負担になっていないかだけはいつも少し心配だ
きっと柊さん本人に聞いても軽快な会話で流されてしまうから本心は分からないだろう
「あ、鈴奈さんじゃないですかぁ」
デスクでがたがたと準備をしていればすでに出勤して準備も終えているであろう椿さんに声をかけられた
「……椿さん」
私は準備の手を止めて椿さんのほうを向く
何を、言われるだろうか
昨日私がああいう格好をしていたところも見られているしなんなら柊さんと一緒にいるところを見られている
関係を聞かれるだけなら答えようはある
信じるかは分からないけど
けど、服装のことを訪ねられれば私は何と返せばいい?
自分の心内をこの沢山人がいるなかで、誰が聞き耳をたてているかも分からないなかで、さらけ出さなければいけないというのはあまりにも公開処刑だ
「随分と遅い出勤なんですねぇ、何て言うんでしたっけこういうの、あ、そうそう、重役出勤、でしたっけ?」
だけど椿さんは口を開いたと思えば出てきたのはいつもと同じただの嫌味だった
「……一応まだ、遅刻はしてないから」
私は一応弁明しておく
ギリギリではあるがまだ遅刻はしていない
だから重役出勤にはあたらない、ギリギリであることは否定出来ないが
「十分前行動は社会人の基本ですよぉ?」
「……」
椿さんに当たり前のところを刺されて私は沈黙するしかなくなる
椿さんの言っていることは至極全うであり、それが出来ていないのは私のほうに代わりないのだから
「ま、あなたはいてもいなくてもあまり私には関係ないのでぇ、好きにしてくださいって感じですけどねぇ、それじゃ、準備頑張ってくださいねぇ」
散々に言いたいことを言いきって椿さんは満足したのはひらひらと少しバカにするように手を振ってから早々に自身のデスクへと戻っていった
「……いつも通りだった、何でだろ……」
私はそんな彼女を見送ってからぼそぼそとごちりながら慌てて仕事の準備を進める
何か、もっとこう色々と言われることを覚悟していたのにこれでは拍子抜けだ
「……ま、結果的にはこのほうがいいよね」
だけど散々に悩んだ末にこの結末は特に私に不利益が出るものではなかった、そう結論付けて椿さんのことをそれ以上考えるのは、止めた