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第28話 言う気のなかった言葉

「椿さん、帰ったみたいねー」

 柊さんは椿さんを見送るとオフィスに入ってきて私のデスクの近くのデスクに腰を預ける

「そうですね」

 それだけの動作なのに高身長な柊さんは絵になるから羨ましい

「いやー、今のはあたしもタイミング悪かったわねー、ごめんなさいね、何を話していたかは分からないけど……まぁ、十中八九昨日のことでしょうけど、何か、嫌なことは言われなかった?」

 柊さんは両手を合わせて謝った後に少しだけ眉根にシワを寄せてそう聞いてくるから

「……特に、いつも通りでしたね、朝も話しかけてきましたけどいつも通りでしたし、昨日の話はしたかったみたいで、でも他の人達には聞かれたくないだろうって気を遣ってくれて私と二人になれる機会を待っててくれたみたいですよ?」

 私は今日のことを思い出しながら本心を伝える

 実際にそう、あまりにいつも通りで拍子抜けしてしまったくらいだ

「……あなた、椿さんと仲良いの?」

 柊さんは少しだけ不思議そうに私にそう問いかける

「え、別に仲は良くないですよ、いつも嫌味言われたり、マウント取られたり、そういうのの繰り返しですから」

 だから私はそれを真っ向から否定する

 椿さんが新人の頃だったらまた違った答えが出ていただろうけど今の状況を見て仲が良いとは言えないだろう

「……それ、仲悪いってことでしょ? その子と二人で話して、大丈夫だった?」

 私の説明を聞いて柊さんは勘違いしたようでさらにそう心配してくれるから

「はい、全然、あの人、確かに嫌なことは沢山言ってくるんですけど……他の人達みたいに影でこそこそ言ったりはしないんです、全部真っ向きって私に直接言ってくるから、そこまで嫌な気持ちにもならないし……あ、でも、柊さんが煽っちゃった一件からたまにすごい目でこっち見てくることがあって、それは少しだけ怖いですけど、だから、仲が悪くもなければ別に好きでもないですけど嫌いでもないんです」

 私は考えながら椿さんとの関係性を語る

 まぁ、仲が悪くないとか、好きとか嫌いとか、それは私の感情であり椿さんが実際のところ私にどういう感情を覚えているのかまでは分からないが

 少なくとも好かれている、ということはないと思うけど、大嫌いって程でもない気がする

「……なんか、特殊な関係なのねあなた達、あと、その件はごめんなさい……」

 私達の関係を柊さんは何とか解釈すると以前にあったことについてしげしげと謝られる

「昔、入社したての頃はそれならに慕ってもらえてた時期もあったと思うんですけど気付いたらああなってて、きっと私の内面を知って離れてったんだと思います」

 今は別に謝られたかったわけじゃない

 だから私は話の方向を変えるために少しだけ懐かしい話をする

「……そんな簡単なものかしらねー、まぁ、今後何か、拗れないといいわね、あなた達」

「まぁ、そうですね」

 柊さんの言葉を私は肯定する

 今後拗れる、確かにそんなことになれば少しだけだけど寂しいと私は感じるだろう

「それで、お仕事終わりそう?」

 柊さんはこれで椿さんの話は終わり、というようにパンッと手を叩くと私のデスクを覗き込む

「……それが、まだ暫く終わらなさそうで、あれなら柊さん先に帰って――」

「ダメよ」

「……え」

 まだおそらく一時間とか、それぐらいはかかると思う

 だから今日は先に帰ってもらおう、そう思ってそう言おうと思ったのに、柊さんは食いぎみにそれを断る

 今まで別に絶対に一緒に帰っていたわけではない

 だから私は少しだけ驚いて柊さんのほうへ視線を向ける

「……っ、とりあえず、今日はダメ、一人では帰せない、仕事終わるまで待ってるわ」

 柊さんは言うが早いかデスクを覗き込んでいた顔をすっと引き離すと口許を押さえて念を押すように語気を強めて言う

「……さっき、椿さんにも送るって、言ってたじゃないですか、誰かと帰りたいだけなら椿さんでも……いいい、んじゃ……」

 そんな柊さんに、何故か分からないけど心のなかがざわざわして、気付いたらさっき椿さんに対して柊さんが言った言葉を復唱していた 

「……あれは、そうでも言わないと話が堂々巡りになると思って言っただけよ……あなたが危ないから一緒に帰りたいの、他の人じゃダメよ」

 そんなことを急に言い出した私に柊さんは困ったように頭をかきながら喋るから

「そう、ですよね……私、何言ってるんだろ……疲れてるみたいで、急に変なこと言って、ごめんなさい……」

 私は慌てて柊さんに謝る

 確かに椿さんに柊さんが送ると言った時に一瞬気持ちが嫌なほうへぐらりと揺らいだ

 それでもそのときは理由も分からなかったしスルーしたのに、何故かまた送る云々の話になった途端にその言葉を思い出していた

 自分の思考ながら本当によく分からなくて、それこそ疲れてるとしか言い表せないだろう

「別に、何も気にしてないわ、とりあえずコーヒーでも買ってきてあげるから仕事頑張って頂戴」

 柊さんはそれだけ言うと足早にオフィスから出ていった

 確実に気を遣わせた

 それを悟って私は椅子に全体重を預けて天井を仰ぐ

「……おかしいな、あんなこと、言う気なかったのに……」

 誰もいないのを良いことに声に出して思ったことを言ってみる

 それでも、何故あんなに一瞬、心が乱されたのかは分からないままだった

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