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第29話 完成したこの子

「ねぇ鈴奈さん!」

 その日もいつものようにリビングでスケッチブックとにらみ合いをしていればすごい勢いで扉を開いて柊さんが現れた

「どうしたんですか柊さん?」

 私はスケッチブックを閉じて柊さんのほうを見る

「これ、遂に完成したのよー」

「これって……」

 柊さんは言いながら一枚の服を広げて私に見せてくる

 それは、とても見覚えのある服で

「そう! あなたがデザインしたワンピース! 本職じゃないから少し拙いところはあるけど、けっこう良くできたほうだと思うわよ、ま、元のデザインが良かったから当たり前といえば当たり前なのだけど……」

 柊さんはテンション高めにそう言いながら手に持っていたワンピースを私に預けてくる

「……これを、柊さんが一人で」

 このワンピースは甘カジュをイメージしてデザインした服だ

 それだけにレースもあしらわれているしカジュアルさを出すためにゆったりとしたシルエットになるように設計されている

 作り上げるにはそれなりの腕がないと難しいはずのそれなのに、完成度は高く、ほとんど完璧と表現しても忖度はない

 私の理想の再現

 そう言って良い程のレベルだった

「けっこう時間かかっちゃったけど、夜こつこつミシンを進めてたのよ」

 柊さんは満足そうにそう漏らしながら額をぬぐう

「柊さんファッションプレスだけじゃなくてソーイングチームに配属されても何も困らないと思いますよこれ……」

 私は再度ワンピースの細部を確認しながら本気でそう言葉を溢す

「嫌ねぇ、そんなこと言ったらソーイングチームの人に怒られちゃうわよー」

 口では謙遜しているがその声色はそれなりに嬉しそうである

「いや、そうですかね……?」

 そして私もまた、これを見てソーイングチームの人達が怒る姿は想像出来なかった

「それよりも! あたしこの服あなたに着て欲しいんだけど、ダメ、かしら?」

「ダメです」

 柊さんがきゅるんとした感じで私にそんなことを言うものだから即効で断る

 そもそも絶対に完成したらそう言ってくるだろうなっていうのは予想していた

 そして返答も用意していた 

「そんな即答しなくてもいいじゃないー、もう少し検討の余地はあるんじゃない?」

 それでも柊さんは折れることなく食らいついてくる

「……そもそも、このスケッチブックに描かれてる子達は私が着る前提で作られてないんです、だから、きっと似合わないですし……」

 そんな柊さんに私のお得意の卑屈な発言が飛び出す

 あれ、でも、最近あんまり自嘲的なこと、言ってなかった気がする

 だから、少しだけ久しぶりかもしれない

「そんなこと絶対にないと思うけど……」

 そしてそれを柊さんは首を傾げながら否定する

「なんと言われようと着ませんよ、作る前から着せたい着せたい言ってましたけど……」

 そう言いながらもこの世にこうして物として産み出してくれた私の大切なデザインにちらちらと視線が先程から何度も引っ張られる

 着たいとかじゃないけど、もっとしっかりと見たい、とは思う

「……他の子達も形にしてあげるって言っても?」

「っ……」

 そんな私の気持ちを目敏くも察した柊さんがアタックの方法を変えてくる

 そして、それは私にも刺さって、一瞬顔に出してしまったことにしまったと思ったけどそれはもう遅かった

「これ、着てくれたらそのスケッチブックの別の子も、こうして形にしてあげられるのに、残念ねぇ」

 柊さんはねちねちとそこをつつくことに決めたようだった

「……」

「……」

「……っ、はぁ、そもそも柊さんが作りたいって言い出して作ったものじゃないですか、他のも作りたいって言ってたから、これを私に着せられて、服も作れて、メリットがあなたにしか……」

 数秒間、見つめあって、最初に根をあげたのは勿論私のほうだった

 なんとか論破してやろうと試みる

 試みるも

「……」

「はぁー、分かりました、着ます、着ますよ」

 結果として折れたのは私のほうだった

 一生実物とは対面出来ない

 そう思ってデザインしてきたものがこうして本物になって私の手のうえにある、それは思っていたよりもとても良い気分だった

「やった! ダメ元でも言ってみるものね!」

 ぽっきり折れた私に柊さんは小さくガッツポーズを作る

「ただ、こちらからも条件があります」

 だけど、このままやられっぱなしは流石に感化できない

「……ほう、聞かせてちょうだい?」

 私が条件があると言えば柊さんはキリッとした表情を浮かべて促してくる

 元々の顔が良いからそんな顔もまたきまっているのがちょっと腹立たしい気はしなくもない

「次に作ってもらう服は、私に選ばせてください」

「お安い御用よ!」

 だけど私が提示した条件を柊さんは間髪いれずに快諾する

「……それじゃあ着替えて来ますね」

 これは、元々不毛な戦いだったのだ

 私は早々に諦めてワンピースを持ったまま自室への扉に手を掛ける

「待ってるわー」

 私の気持ちを知ってか知らずか柊さんの声は明るかった

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