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第31話 お姫様みたいな君は

「柊さん、お待たせしました」

 私は部屋を出ると少しだけ緊張は覚えながらも初めて化粧をしてもらい、服を見繕ってもらった時よりも幾ばくかの余裕を持って柊さんの待つリビングに入る。

「……」

「……柊さん?」

 あからさまにそわそわした様子でソファに座っていた柊さんは私のほうを見るといつものようにテンション高めに捲し立てるでもなく少しだけ目を大きく開いて私のことをじっくりと観察する。

 その真剣な瞳に少しだけ不安を覚えて私はそっと柊さんの名前を呼んでみる。

「……やっぱり、その子はあなたに着てもらう為にこの世界に生まれてきたのね、とっても似合ってる、まるでお姫さまみたいよ?」

 柊さんは少しの間を置いてかろソファから立ち上がると私のほうへ歩いてきて、それから優しい仕草で私の襟元を正すと少しだけ笑んで嬉しそうにそう言い放つ。

 いつもより空気自体は落ち着いているのに何故か、いつもよりも緊張する。

「……そ、れは、言い過ぎでは」

 お姫さまみたい、なんて言われて柄にもなく私の中の熱が上がっていくのが分かる。

 きっと柊さんにとってはそんなに大きな意味なんてない、そんなことは分かっているのに。

「言い過ぎなんてことないわよ、さながらあたしの見立ては正しかったってことね」

 柊さんは言いながら自身の顎に手を添えて頷くと何故かくるりとすぐに後ろを向いてしまう。

「……そう、ですか?」

 やっぱり、柊さんがいつもと違う。

 聞き返しながらもちょっとそんな柊さんに引っ掛かりを覚えて、言葉の最後に疑問符が付いてしまう。

「本当に、可愛すぎて他の人には見せたくないくらい、何も分からない人に見せるのはもったいない、だから閉じ込めてあたしだけがずっと見ていたいわ」

「っ……」

 ふと、大きく息を飲む。

 いつも柊さんは大袈裟なくらいの言葉や熱量で褒めてくれる。

 だからそれには最近少しだけ慣れてきている自覚があった、だけど。

 こんな風に意図を読み取ることが出来ないような声色でこんなことを言われたのは初めてで、顔も見えないから顔色から伺うことも出来なくて、さっきだって柊さんにとってはなんてことないことで、今だっていつもみたいにふざけてるだけの筈、それは分かっているのにどうしても意識してしまう自分が少しだけ嫌だった。

「なーんて、冗談よ冗談、可愛いってのは冗談じゃないけど、そんな気持ち悪いことしないわよー」

 黙ってしまった私に悪いと思ったのか、気まずくなったのか分からないが柊さんはくるりとこちらを振り向くといつもの笑顔でそう付け足す。

「そう、ですよね、あはは……」

 やっぱりそう。

 当たり前のことだけど柊さんに他意はない。

 私が変に、勝手に意識してしまっただけの話だ。

 柊さんの言葉に私はそう言って同調するように笑う。

「……ねぇこの際だから折角だしこのままお出かけしましょうよ! 折角ならその服でお化粧も髪型もしっかりした状態のあなたも見たいし」

 柊さんはまた空気を変えるようにパンッと手を叩くとふと、そんな提案をしてくる。

「……それもいいかもしれませんね」

 一瞬、この服で出ることに躊躇いがなかったかと言えば嘘になる。

 それでも以前ほどの躊躇はなくて、それも悪くないかもなんて思ったのも事実だった。

「あら、意外と乗り気じゃないー、前みたいに嫌がったりしないのね」

 柊さんは少しだけ驚いた様子を見せて意外というようにそう言葉にする。

「……柊さんが、言ってくれた言葉達が私に少しだけ自信をくれるんです、きっとそのお陰ですね、昔よりも少しだけ前を向けるのは」

 この二ヶ月と少しの間に柊さんが私にくれた言葉達は水底に沈んで浮いてくることすら放棄していた私の自己肯定感を少しずつだけど水面に向かって引っ張り上げてくれていることは紛れもない事実だった。

 柊さんの言葉を聞くたびに昔の自分と少しずつだけど、確実に面と向かって向き合えるようになってきている。 

「そう……ならよかったわ! それじゃああたし化粧品取ってくるから!」

 だけど柊さんはそんな私の言葉を聞くと少しだけ焦った様子を見せて、それからいつもの笑顔にすぐに戻ってそれだけ言うと足早に自分の部屋に戻っていった。

「あ、はい……」

 慌てて返事はしたけれど、おそらく柊さんには届いていない。

「……柊さん、どうしたんだろ」

 一体どの言葉が、柊さんのどこに引っ掛かったのか、何も分からなくて、ただ残された私はそう呟くことしか出来なかった。

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