「お願いです魔王様! かの悪逆非道な人間どもを、必ず根絶やしにしてくだされ!」
我の前には、多種多様な魔族たちがいた。魔族だ。人間ではない。白い毛で覆われた、熊のような生き物。小柄でやせ細り、緑色の肌をした生き物。骨だけで動いている者や石のような材質で動いている者など、さまざまな姿の者たちだ。
「オレの妻は、毛皮が高く売れるからと、毛皮を傷つけないように生きたまま剥がされて死んだんだ! 血まみれになりながらだ! 痛い、痛いって言いながら……あんなの許せねえ!」
「私の子供は、小さくてか弱いのに、人間によってたかって囲まれて、ボコボコに殴られて死にました。お母さん助けてって言いながら……うぅ……」
怒りをあらわにする白い毛で覆われた魔族に、涙ながらに訴える緑色の魔族。彼らの怒りや悲しみは、言いたいほど伝わってくる。しかし――
「わかった! わかったから! とりあえず戻れ!」
ふう、やれやれ。これは困ったぞ……。
我が名はサタン。新米魔王だ。どうやら魔王というのは生まれながらにして最初から魔王らしく、我はまだ生後二日であるにも関わらずすでに成人した人間と同じような姿だ。ちなみに黒髪長髪の高身長イケメンである。どうも我は、淫魔と呼ばれる種族の末裔らしい。人型の魔族は種類が少ないので、人型であるのは非常にありがたい。異形の姿では、慣れるのに時間がかかるだろうし、抵抗感もあっただろう。
魔王と言っても、我が領土、ダンジョン内に住む魔族は大体100体くらいだ。さらに我の言う事をちゃんと聞いてくれる、我に忠誠を誓っている臣下は五体。王とは名ばかりで、これではせいぜい魔村長ぐらいではないか? 魔王の中で、我はかなりの弱小のようだ。
何も知らない我に、この世界での魔族の常識を教えてくれているのが我が臣下の魔族の一人だ。思わず触りたくなるような白い肌、澄んだ湖のような青みを帯びた瞳、輝いているのではないかと錯覚するほど艶やかな金の髪。細長い黒い尻尾と、小さな角を二本有したメイド服を着た美しい少女のような魔族。名はローナという。なんでも代々ここの魔王に仕えている一族の末裔だそうだ。ちなみに彼女も淫魔らしい。
その彼女が言う。
「魔王様のお力で、人間を討つべしという声が配下の魔族たちの中で高まっております。どういたしましょう?」
「……却下だ」
生まれたばかりの魔王の力を当てにしないでほしい。こちとら、まだこの世界の事も自分の力の事もよくわかっておらんというのに。
「しかしこのまま何もしないと、すぐにでも反乱がおこる可能性もあります」
「……そうなのか?」
「はい」
――困った。
実は我は元人間だ。ほんの三日前までは魔物や魔族などいない平和な世界で暮らしていた。しかしなぜか我は突然魔王に生まれ変わってしまったらしい。元人間の我としては、できれば人間は攻撃したくない。とくに善良な人間は。どうしたらいいだろう? せめて心が痛まないように、悪人を狙うしかないか?
ちなみに、我が元人間であることはこのローナには告げてある。最初は自身が魔王に生まれ変わったことなどすぐには理解できていなかったし、魔族と人間がこれほど敵対しているとは知らなかったのだ。今思うと失敗だったかしれん。
しかし我が元人間だと告げてもローナは魔王様は魔王様ですから、と態度を変えずに変わらずに尽くしてくれている。ありがたい限りだ。
今の我は彼女に頼りっぱなしだ。この世界の常識など何も知らないからな。ローナは魔族のことはもちろん、人間たちの事もある程度知っているようだ。たまに人間の町に潜入することもあるらしい。
それにしても困った。魔王である以上、人間と敵対しないわけにはいかないようだ。生まれ変わってからまだ人間に出会っていないので分からないが、今の我は人間を攻撃できるのだろうか?
「あー……せめて極悪人しかいないような村などないだろうか?」
「極悪人とは何でしょう?」
そうか、魔族に極悪人という概念はないのか。魔族から見たら、人間同士が殺しあっていようが知った事ではない。縄張り争いをしている野生動物でも見ているようなものだろう。なんと説明したらいいか。
「同族を殺しまくったり、財産を奪ったりしているような人間ばかりの村だ。どこかにないだろうか?」
「それなら心当たりがあります」
なに? あるのか? 駄目で元々、そういうつもりで聞いたのだが……まさかあるとは。
「それはどんな村だ?」
「人目を避けて森を切り開いて作られた村で、道を通りかかる人間たちを殺して財産を奪いながら生活しているようです。人間たちは、彼らを盗賊団と呼んでいるようです」
「それだ! まずはその村を攻めてみよう」