我とローナは、さっそく盗賊団を退治しに行くことにした。我らは地中深くに存在する居住地であるダンジョンから外に出ようとする。
ダンジョンから出る直前、二メートル以上はありそうなほどの大きさで、毛むくじゃらの二足歩行の魔族がやってくる。我がダンジョンに住む魔族のようだ。
「よお魔王様。いよいよ人間どもを殺しに行くらしいじゃねえか。俺にも手伝わせてくれよ。人間どもには死ぬほど恨みがあるんだ。直接この手で叩きのめしてやりてえ」
「お前の気持ちはよくわかる。しかし、お前までこの地を離れてしまったら、誰がここを守るというのだ?」
「え?」
「憎き人間どもが、我がここを離れた隙に攻めてくるかもしれん。ここを守れるのはお前だけだ。頼めるか?」
「お、おお」
「任せたぞ」
我は魔族の肩を掴み、しっかりと念を押した。
ふう、危ない。なんとか説得できたか。あんなに人間に恨みを持つ魔族を連れて行けば、見境なく人間を殺しにかかるだろう。人間を殺すことをためらう我の姿を見せるわけにもいかん。そんなことになれば、我が下克上で殺されかねん。
魔族は、統治者を変えたいと思ったらすぐぶっ殺すのが常識らしいからな。魔王とは、国民に嫌われたり舐められたりすれば、あっという間に殺されてしまう恐ろしい職業だ。下克上なども頻繁に起こるらしい。
魔王辞めたい。
国民たちに殺されないように、早く盗賊団を潰して魔王としての威厳を示そう。でないと、恐ろしい姿の魔族たちに襲われかねん。
ローナの案内で、噂の盗賊団が出没するという街道へやってきた。おそらくこの周辺に、村まで作るような大掛かりな盗賊団があるということだろう。問題はその村がどこにあるのか、正確な位置は分からないということだ。ローナが言う。
「すみません。人間の町に侵入し情報を集めたのですが、盗賊団の正確な位置は誰もわからないようです」
そうだろうな。もし盗賊団の位置がすでに分かっているなら、何らかの部隊が討伐しているはずだ。こちらの世界の人間の生活について我はまだ何も知らないが、治安維持を行う部隊くらいはあるはずだ。犯罪者が野放しになっているということはないだろう。
だが、今でも盗賊団は活動している。ということは、上手く隠れながら人々を襲っているということだ。どうやってうまく隠れている盗賊団を見つければいいだろうか?
これといった手段も思いつかなかったので、街道の周辺をしらみつぶしに探す。すると、離れた場所に複数の人間の気配を感じ取った。
魔王としての我の能力の一つだ。魔王として生まれてからというもの、広大な範囲を知覚できるようになっていたのだ。障害物も関係なくだ。原理は分からぬ。
とにかく盗賊団かもしれぬので、我とローナは早速現場に向かう。人間では考えられないようなスピードでだ。魔王は足も速い。おそらく車なんかよりもよっぽど早いスピードだろう。正確な速度など分からぬが。
気配に近づくと、なにやら戦闘の音が聞こえ始めた。金属同士をぶつけたような音や、悲鳴や怒号だ。どうやら、我らは盗賊団の仕事現場に出くわしたようだ。分かりやすくてありがたい。これならただの人間の村と間違えずに済みそうだ。
我の背後の影が、突如立体的に立ち上がる。我はそこから漆黒の剣を抜き出した。
これも我の魔王としての能力だ。我の影は、無限の収納になっているのだ。あらゆる物質を影にして、自由に仕舞うことができる。まだ魔王歴が短いから、仕組みはよくわかっていない。ちなみに生命体は仕舞えないようだ。
さらに我は、影を身にまとう。すると、影が鎧の形になる。そして影が我の背後に戻ると、我は全身に黒い鎧を着用した姿に変身していた。
変身ヒーローみたいでちょっと楽しい。まあ、影から鎧を取り出して着用しただけなのだが。
盗賊団だけなら問題なかったのだが、襲われている者もいるとなると顔を晒したまま戦うのはリスクがある。人間の味方をする魔族がいるなどと噂になっても困るからな。我は人型であるため、顔など隠さなくても見分けなどつかないのかもしれぬが念のためだ。顔を覚えられたらまずいしな。
万が一、助けてもらったお礼を、などと人間に言われているところを配下の魔族にでも見られてしまっては困る。
「ローナはここで待っておれ」
「はい」
さて、悪人とはいえ我は人間を殺せるのだろうか? 少々心配だが、それは実際に戦って試してみるしかあるまい。ちなみに負ける心配は全くしていない。魔王とは、生まれた時から最強クラスの強さを有しているようであるからな。ただの人間には負けぬであろう。
盗賊団は二十人前後で馬車を囲み、襲っているようだった。護衛の者もいるようだが、多勢に無勢、絶体絶命の大ピンチといった様子だ。護衛の者たちが今まさに殺されようとしている。
我はそれに走って追いつき、盗賊の一人に切りかかる。
「な、何者だ!? ぐわっ!」
一太刀で真っ二つである。
――問題なく切れたな。人を殺す事に、心理的抵抗があると思ったのだが。魔王になったことで、精神的に変容してしまったのだろうか? 転生前の我であれば、もっと躊躇しただろう。あるいは、今にも殺されそうな人間を助ける為、だったから切れたのだろうか?
一人切ったらあとは同じ事、我は次々と切り裂いていく。
「こ、こんな化け物と戦えるか! 俺は逃げるぞ!」
我の強さに恐れをなして、逃げ始める盗賊たち。我はあえて、それを見逃す。最初から、一人二人は逃がすつもりだったのだ。奴らには拠点にしている村があるらしいからな。せいぜい拠点に逃げ帰ってもらおう。我はそれを追いかけて、拠点ごと一網打尽にするつもりだ。我の知覚範囲は広い。完全に逃げ切られることはないであろう。
完全に逃げ切ったと思い込み、拠点に帰るまで泳がせる。ある程度時間を置いてから、のんびり追いかけるつもりだ。
「助けていただき、ありがとうございます。お強いのですね。よろしければ次の村まで一緒にきていただけませんか? お礼はさせていただくので」
盗賊団を完全に追い払ったところで馬車から一人の女性が顔を出し、我に話しかけてきた。ずいぶんと高価な衣装とアクセサリーを身に着けているように見える。どこぞの姫か貴族かと思わせる姿だ。
「礼など結構。我にはやることがあるのでな。失礼する」
我は馬車を置き去りにし、ゆっくりと逃げた盗賊を追いかけた。