「あの男!本当使えないわね!!」
クラリスは怒りに任せて自室の花瓶を床に叩きつけた。
ガッシャーン
けたたましい音が響く。
こんなに苛立つのはあの男のせいだ。
先程、侍女から大臣が兄の婚約者であるアリスを拐い、危害を加えようとした罪で国外追放となった話を聞いた。
大臣はクラリスにアリスを失墜させる為に協力をして欲しいと願い出た。
だからクラリスはアリスを兄から遠ざけ、彼女の地位を失墜させ、惨めな思をさせることが出来るならばと大臣の話に乗った。
しかし、あの男は自分に断りもなく計画を進め、挙句の果てに自滅した。
これでは大臣と手を組んだ意味が全くない。
アリスを失墜させるどころか、策士策に溺れるとは全くもって滑稽だ。
強い怒りを感じてしまう。
(大臣という肩書きがありながら、こうも馬鹿な男だったとはね…。あの男を信じた私が馬鹿だったわ…)
自分の爪をガリガリと噛む。
イライラが止まらない。
こんなことならば最初からあんな男なんて切り捨てれば良かった。
後悔してももう遅い。
それにもし大臣との繋がりが兄に知られてしまえば自分の立場も危うくなる。
クライドのアリスに対する執着は異常なもの。
現に兄はヨルを覗いてアリスに男を近づけないように徹底している。
誰の目を見る限り、クライドの心はアリスに向いているのだ。
そんな彼女に大臣に加担しようとしたことがバレてしまえば容赦なく、自分も大臣のように王族の権利を剥奪されて国外追放されてしまう。
王女の自分が庶民のように生きるなんて…
そんな惨めで屈辱的なこと出来ない。
(どうしたら、どうしたら、どうしたら、あの女を惨めに酷く排除できるの!!)
クラリスは焦り、醜く顔を歪める。
彼女は思考を巡らせる。
そしてある考えに至り、机の上にあった小さなベルを鳴らした。
程なくしてコンコンとドアをノックした音がし、「入って」と短く答える。
「お呼びでしょうか?」
一人の侍女が部屋の中に入って来る。
クラリスは手を合わせて申し訳なさそうに侍女な顔をした。
「ごめんなさい。急に呼びつけてしまって…。
レターセットを持ってきて欲しいの。あと、さっき私が転びそうになって手を付いてしまったせいで花瓶が割れてしまったから片付けておいて貰えるかしら…?」
「王女様。お怪我はありませんでしたか?」
侍女は慌ててクラリスの手に触れて、彼女に怪我が無いか確認する。
「大丈夫よ。私は平気だから」
「大変申し訳ありません、心配なので確認させて下さい」
その姿を見たクラリスは内心ほくそえむ。
(健気で儚い王女さえ演じていれば、周りはぜーんぶ簡単に騙されてくれる。本当にチョロいわね)
傷が無いのを確認すると侍女はほっと安堵した。
「良かった…。怪我はされていないみたいですね」
「ね。だから言ったでしょう。本当に心配性なのだから」
クスッと笑うクラリスに侍女もまた苦笑を浮かべた。
「では、私はこちらを片付けますので少々お待ち下さい」
侍女は道具を取りに行く為に部屋から出て行った。
一人になったクラリスはベッドの上にドサッと座った。
「さて、これから楽しくなりそうね」
クラリスは悪どい笑みを浮かべて笑った。
****
アクリウトの視察から王城に戻って来て二日立った。
城内では大臣のことが噂になっていた。
国王陛下の婚約者に危害を加えた罪で国外追放になったということが知れ渡っていた。
大臣のジャノン家は公爵家だったが今回のことで家名は取り潰しされてしまい、残った家族達は市政に下るしかなかった。
家族達もまたジャノン家の利益の為に影で庶民、貴族達を相手に悪どい商売をしていたことが判明し、粛清された。
ソルバートは努力で爵位を上げ、大臣に登りつめたとされていたが、家族揃って悪事が判明したとなっては、もはや同情の余地すらない。
「それにしてもアリス様が本当にご無事で良かったです。他の者からお話を伺った時は心配で、心配で溜まりませんでした」
「ごめんなさい。心配掛けてしまって…」
「いえ、大丈夫です。こうやって無事に戻って来てくれただけで私は嬉しいのです」
「カミラ…」
にこっと笑顔を浮かべるカミラを見て彼女は心から私のことを心配してくれたのだと感じる。
王城に来てからカミラは侍女として私と一緒にいてくれた。
それがどれだけ心強かったことだろうか。
カミラは勢い良くずいっと私に顔を近づけてキラキラした目を向けた。
「それでアリス様のピンチの時にクライド様と
ヨル様がお助けになられたと言うのは本当でしょうか!」
「そう…だけど…」
詰め寄るカミラに対して私は若干引き気味に答える。
「あぁ…!なんて素晴らしいシチュエーション!まさしくロマンス小説のようだわ!愛する女性がピンチの時に颯爽とヒーローが駆けつけるなんて素敵すぎる!流石は氷の冷酷王の心を溶かしたアリス様だわ」
「あ、あの…」
「それでアリス様!クライド様とはその後何か進展はありましたか?」
(駄目だ…。明らかにこれは楽しんでいるわね…)
私はため息をついた。
カミラのことは侍女として好意を感じているが、ロマンス小説好きの暴走させてしまうところは少々困りどころだ。
「何もないわ。いつも通りよ」
「そうですか…。これを機に何か急接近となる展開を期待していたのですが…」
残念そうに言うカミラの言葉を私は敢えて聞かなかったことにした。
コンコン。
ドアをノックする音がした。
「どうぞ」
「失礼します」