41. 満月
ふと外を見ると、大きな満月が夜空に浮かんでいた。今日はやけに明るい夜だなと思いながら、私はフレデリカ姫様の部屋へと向かっていた。城の廊下は静まり返り、時折遠くで物音が聞こえる程度だった。
私は姫騎士の仕事として、今日はこの城に泊まることになっている。そんな夜に、フレデリカ姫様から呼び出しを受けた。なんでも大事な話があるからとのことだった。
コンコン。姫様の部屋の前に着き、ノックをする。すると、中から声がかかる。
「開いていますわ。入ってくださいまし」
その言葉に従い、扉を開ける。そこには、ベッドに腰掛けているフレデリカ姫様の姿があった。その表情からは、いつもの笑顔はなく、真剣そのもの。これは真面目なお話しかな?私は軽く会釈をして部屋に入ると、後ろ手で静かに扉を閉める。そして、フレデリカ姫様に向き直った。
「どうしたんですかこんな夜に?そう言えば国王陛下のお説教まで受けたんでしょ。あまり無茶はしないでよ?」
「ごめんなさいイデア。どうしてもイデアと2人っきりで話がしたかったのですわ。ささ、こっちに座って」
そう言ってフレデリカ姫様は、自分の隣をポンポンと叩く。私は言われるままに、姫様の隣に腰を下ろした。
「綺麗な満月ですわね……」
「そうですね……」
「……ねぇイデア。『勇者』ってどんな人がなると思います?」
「え?勇者!?」
勇者という単語を聞くと、正直ドキッとしてしまう。フレデリカ姫様は、私の前世を知らないはずなのに。何を焦っているんだろう私は。
「この世界を救おうとする正義感の強い人かしら?それとも、誰にも何にも負けない力を持つ人かしら?地位や名誉が欲しい人かもしれないわね……」
フレデリカ姫様は、自問自答するように、ゆっくりと話した。
「フレデリカ姫様?」
「……今朝方、魔王討伐のために精霊の加護を手に入れようと、多くの実力者が各地の精霊に会うために旅立ったそうですわ。じきに『勇者』が誕生しますわね。もうここまで来てしまった」
少し悲しい顔で話すフレデリカ姫様。その試練を乗り越え勇者が誕生して魔王を倒したなら、その人とフレデリカ姫様は……私はその先を考えてしまい、胸の奥にモヤッとしたものが広がっていくような気がしてならなかった。
「あの……フレデリカ姫様」
「ごめんなさい。少し愚痴を聞いて欲しかっただけですわ。」
これが王族の使命なのかもしれない。私がなんとかできる問題じゃないのは分かっている。でも、だからといってそれを素直に受け入れるのはフレデリカ姫様らしくない。
私はきっとフレデリカ姫様の強さに惹かれているんだ。今なら少し分かる気がする。どうして前世で私が魔王を倒せなかったのかが。
ーーそして不思議と言葉が出ていた。
「らしくない。それなら私に『勇者』になってって頼めばいいのに。別に男だけが勇者になるわけじゃないでしょ?それに……私はフレデリカ姫様の親友で私のことが必要なんでしょ?」
「イデア……」
「それに。フレデリカ姫様は気に入らないことがあったらファイアボールをぶちかましてるほうがお似合いですよ。だからこの先、本当にどうにもならないことがあったら、私があなたを助けるし守るから。信じて欲しい。」
「……ありがとうイデア。そうですわよね!私は私らしく最後まで自分を貫きますわ!」
「それでこそフレデリカ姫様です」
「明日の謁見の間よろしく頼みますわよ?優秀な姫騎士さん?」
「はい。尽力しますね」
そう言ってお互いそのまま笑い合う。真夜中に輝く満月の明かりが私とフレデリカ姫様を照らしていた。それはまるでお互いのこの先の未来を祝福しているかのようだった。