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第13話『ユウトは少女と邂逅を果たす』

「木の枝、木の枝――」


 ユウトは左右に視線を移動させつつ足を進める。


 細い枝はいくつも見つけることはできているが、そのどれもが踏んだだけで折れてしまうものばかり。

 どのように加工してもらえるのかを聞いておけばよかったと後悔しつつ、完成形を想像して期待に胸を膨らませて探索を続ける。


「加工するって話だったから、加工前は少し大きい感じの方がいいってことだよなぁ。いやでも、もしかしたら魔法とかで補うって感じだったり?」


 この世界で物理的な法則を考えるだけ無駄な気がして、握った感触が好みの枝を探すことに切り替える。

 それに加えて保険も含めて2本を持っていくことを決めた。


 しかし2人からの忠告を忘れることなく、常に湖が視界に入るよう意識しつつ、視界に捉えられない結界の境目に怯え続ける。


「常にビクビクしながら、周囲にも警戒しなくちゃいけない状況……怖すぎる。でも、呑気に下だけ見てるなんて怖すぎるからな」


 ここまでなら大丈夫か、ここならどうだ、とギリギリを責めている感覚に陥りつつ歩いていると、ちょうどいい1メートルほどの枝を発見。


「ちょっと大きいか? でも加工するんだったらこれぐらいの方がよさそうか? でも小さいか? わかんねぇ」


 拾い上げてブンブンと振ってみると、


「ちょっと重いな。筋力不足が否めない」


 非力な自分が悲しくなるも、『加工して小さくなるならちょうどいいか』と腑に落とす。

 そこまで時間が経っているわけではないが、もう一本を保険で探そうと決めた自分に対してビンタしてやりたい気持ちになるユウト。

 盛大なため息を吐きつつも、道端に落ちていた小枝を避けながら歩くことに飽き飽きし始めていた。


「どうせ結界の中なんだし、気にしすぎも疲れるだけか」


 パキッ、パキッと枝を踏んだり葉っぱを踏んだりすることに躊躇わず歩き始める。


 しかしユウトは気を緩めた瞬間、内臓がギュッと持ち上がる感覚に襲われた。

 なぜなら、自分とはまた違う音を感知したから。


(おいおいおいおいおい。ヤベえだろ。もしかして、知らない鬱に結界の外へ出てしまったってか……?)


 音は確実に接近してきており、大樹を挟んだ後ろまで来ている。


 ユウトは、再びあのおぞましい獣の姿が脳裏に過り、脳内では「急いで湖方向へ走って逃げろ」と叫んでいるのにビクとも動けない。

 命の危機だというのに、呼吸が小刻みに早くなり、冷たい嫌な汗が背中を伝い、足の震えが止まらない。臆病に震え、死への恐怖が全身を支配する。


 一歩だけ後退りし、全てが終わったと悟ったときだった。


「ひっ――え」


 なんと姿を現したのは、かわいらしいリスだった。


「な、なんだよ驚かせないでくれ。ご飯を探しに来たのか?」


 一気に力が抜けて膝に手を突いてリスへそう問いかける。


「こんな世界だから、リスも凶暴――とは考えられないし考えたくもないからさ。かわいくスリスリしてくれると助からうんだけど」


 さらに腰を低くし、空いている左手を差し出して指と指を擦る。

 しかしリスはユウトに見向きもせず走り去ってしまった。


「まあ、野生の動物ってのはそうだよな。じゃあ最後の一本を探しに――!?」


 別方向からパキッという音がし、体がビクッと跳ね上がる。


(二度目の正直だったら、本当に死んだ)


 しかも背後からだから、なおさら。

 だが、それは杞憂に終わる。


「……そこのお前、ここで何をしてる」

「え……」


 第一声が獣の声出ないことに安堵しつつ、安心しきった表情で立ち上がりながら振り返ると別の意味で背筋が凍る。


 そこに佇んでいたのは一人の少女。

 炎のように紅い長髪がとても印象的で、軽装備ではあるが胸や腕部分は保護してある。

 しかしユウトが固まってしまったのは、その手に握られ、向けられている剣が原因だった。


「あの、その。俺はそこまで怪しい人間じゃないんだ」

「それを判断するのは私だ。既に怪しい人物認定するには十分な要素があるようだが」

「え、あ、ああこれか。俺はこの辺でいい感じに振り回せそうな枝を探していたんだ」

「不思議な服装をしていることも要因の1つなのだが。それに、ここら辺で生活をしているにしては貧相な見た目だし、村で生活しているならなおさら不信極まりない」

「え、ええ……貧相な見た目で不審者っぽいのは正直否定できない。だが、俺には信用してもらえそうな情報がある」

「まずはその枝を地面へ置け」


 ユウトはできるだけ両手を上げながら、言われたことをそのまま行動に移す。


「それで、言い訳の内容によってはここで瀕死になってもらい、別の場所で処刑することも視野に入れる」

「お願いだからそこまで脅さないでくれ。萎縮して上手く話せない」


 誠実さを示すべく両手を上げたまま、話を続ける。


「俺はこの世界でいうところの【星降り人】なんだ」

「ほう、たしかに【星降り人】ならば不可思議な服装をしていてもおかしくない。だったら今すぐにでも容疑を晴らす手立てがある」

「話が速くて助かる。それで、俺は何をしたらいいんだ」

「まずは役職。そしてスキルの使用」

「……」

(これさ俺、普通に詰んでるくね?)

「どうした。まずは役職を答えるんだ」

(ダメだ。変に言い訳をしたら、本当にあの剣で一突きされかねない)


 ユウトは深呼吸をし、できるだけ平静を保つ。


「残念ながら俺に役職はない。あえていうんだったら【凡人】になるんじゃないか」

「……ふざけているのか?」


 少女は眉間に皺を寄せ、眼を鋭く細める。


「俺は身勝手な女神に間違って召喚させられた、ただの凡人。元の世界へ返されることもなく、使用方法もわからないスキル【吸収】だけを授けられてこの世界へ放り出されたんだ」

「……」

(うわー、超怖い顔をして剣を両手で構え始めちゃったよ。俺でもこんな話をされて信じろって言われたら無理だが……)

「もしも今の話が全て本当だとしたら、キミは理不尽な目にあった可哀想な人間でしかない。なら、質問を変えよう」

「ああ、頼む」

「この近くにある村の名前は?」

「【ウォンダ村】」

「そこで、村長を会ったか?」

「ああ、ヴァーバさんにはよくしてもらった。そして、住むことも許可してもらっている」

「嘘であった場合、わかっているな?」


 ユウトは一切の口答えをせず、ただ首を何回も縦に振る。


「他には誰かと会ったか?」

「ああ、二人だけだが。フェリスとリリィナっていう名前の少女なんだけど」

「……」

(ここでそんな人間は知らない、と言われたら人生終了だな……)

「わかった、今は信じよう」

「え、本当に?」

「今は、だ。私はその二人と友人であり、もしも関係性を築いていたのなら悲しい思いをさせてしまうから」

「今だけでも信じてもらえてよかったよ」

「だが、このまま二人と会うまで私と同行してもらう。そして、少しでも不審な行動をしたのなら、勢い余って足へ一突きしてしまうかもしれない」

「わかりました。行動には細心の注意を払って行きたいと思います」

「賢明な判断だ」

「それでさっそくなんですが」


 こんな状況でも、一応は懇願してみる。


「俺は今、いい感じの枝を二本探していてあと一本なんだ。それを探しながら村に向かうのを許可してもらいたい」

「であれば、その理由を」

「フェリスとリリィナが俺のために木剣を作ってくれるという話になったんだ」

「……ほう。もしも全てが本当だったら必需品になるから、許可する」

「ありがとうございます」

「それに、たかが拾った木の枝を相手に私が負けるはずがないからな」

(今すぐにでも腕が斬り落とされそうな気配だけど、逆に言ったらこの人だったらあの獣を討伐できるんじゃないか……?)

「さあ、虚言ではないことを証明してもらおう」


 ユウトはただ無言で首を縦に振って、背後に剣を構えられながら歩き出した。

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