ユウトは緊張感が漂い続ける修羅場を切り抜けた。
湖の畔、つい先ほどまでお食事会を開いていたベンチがある場所。
背後から様々な鋭いものを向けられつつ、見つけてきた二本の枝をその場に落とし、地面にへたり込む。
「――なるほど、そういうことだったのね」
「うんうんっ」
なんとか誤解がなくなったことに安堵したしているわけだが、拍子抜けになってしまったのは目の前に広がる華やかな光景にある。
フェリスが赤毛の女騎士を見るやすぐに飛びついて頭を撫でられている。
その光景が眩しいというのもあり、ユウトに対しては話半分だったのにフェリスの話を聴いたら一瞬でわだかまりがなくなってしまった。
ユウトは地面の感触を味わいながら「俺の努力と緊張感を返してくれ」と内心で叫ぶ。
「そうだ。改めて自己紹介をしよう。私はマキナだ、これからよろしく」
「――あ、ああ。俺はユウト、よろしく……って、さっきまであんなに警戒しておいて、そんな急展開あります?」
「私は問題ない。なんせフェリスとリリィナが認めた相手なら疑う必要がないから」
「二人への信頼があまりにも分厚すぎる」
「マキナさんは【王都グウェード】の中心に建っている【王城キャルヴィン】の騎士団に所属しているのですよ」
「とりあえず憶えられなさそうな場所の名前は置いておいて。そこの騎士団に所属しているって、相当強いんじゃ」
「強さの指標をユウトはなんとする」
「え、強さってそりゃあ剣の強さとか魔法の強さとか、そういうのでしょ。あ、てか敬語使わないとダメか、年上みたいだし」
冷静沈着で少しだけ大人びている様子から、ユウトはそう推測する。
「私は17歳で、フェリスたちと同い年になる」
「えっ! 俺と同い年なんだ」
「どうしてそんなに驚く。私はそんなに老けて見えるのか?」
「いやいや、全然そんなことはないけど……」
殺気を放ち続けられた後にすぐ打ち解けろ、という方が無理な話。
しかしユウト本人は、素直にお姉さんっぽいというのはその落ち着きようからにあった。
「ねえねえマキナ、今回はどうしたの? また定期遠征?」
「うん、そうだよ」
「定期遠征って?」
「騎士団の中でも、私が所属する分隊は――と大袈裟かな。隊長と私はこの村へ定期的に訪問し様子見をしているのさ」
「ほえ~」
「王国から離れている場所とはいえ、領土は領土。そこに生活している人々を見捨てるような真似はできない」
「距離感がわからないけど、随分とご立派な行動と考えだな」
「それは褒められていると判断させてもらう。ちなみに他の地域に分隊の仲間が赴いている」
真面目な話をしている最中でもマキナは抱きついているフェリスの頭を撫で続ける。
「ねえねえマキナ。今回も滞在中は私たちの家で泊ってくれるの?」
「うん、もちろん。前回と同じくいろんな話をしよう」
と、仲睦まじい幸せそうな空間が広がっている光景を前に、ユウトはリリィナへ助け船を出す。
「なあリリィナ。さっき話に出ていた隊長って人は一緒に来ていないのか?」
「そうですね。いつもマキナさんと二人で【ヴォンダ村】へお越しになっているのですが、ほどんど顔を合わせたことがありません」
「何それ」
「たぶん、気を遣ってくださっているのかと思います。あの様子を見てもらえたら、いろいろと察することもできるはずです」
「んー、まあ」
(フェリスとリリィナは村の人たちと親しげな様子はなかった。だから、遠くに住んでいるとしても仲良くしている友達だけの空間を用意する、と)
なるほどなるほど、とユウトは答えのない推測をする。
「でもユウトさんは隊長さんを顔を合わせることになると思いますよ」
「ヴァーバ村長のところへ挨拶に来る的な?」
「はいその通りです。ですので、今思っている様々な疑問を投げかけてみてはどうでしょうか。とても優しいお方なので、全部じゃなくでも答えてくださると思いますよ」
「それはありがたい話だ」
ホッと一安心したところで、幸せな空間から言葉の矢が飛んでくる。
「それにしても、ユウトは【星降り人】だというのに随分と可哀想な境遇なんだな。これからの予定とかは決まっているのか?」
「うぐっ――予定は、今のところない。とりあえず生きていくしかない」
「何か特技があったりは? 戦えたり、料理ができたり、何かを作れたり」
「……ない! あまりにも凡人すぎて何もしてこなかったから、なにもできない!」
「まあ、それはそれで仕方がない。であれば、私から提案がある」
「否定されないのはいいけど、なんでも直球ストレートすぎるって」
「出会えたのも何かの縁。もしよかったら私が戦闘技術の指南をつけてあげようか? 二人に木剣を作ってもらうという話だったはずだし」
「それはありがたい話なんだけどさ。マキナと隊長さんは村へ視察に来ているんだろう? そんな時間あるのか?」
「問題ない。この村は結界に守られているから、悪の存在から危害を加えられることはない。ただ、必要なのは住んでいる人たちへ安心感を抱いてもらうことなんだ」
「あー、なるほど」
王国から遠くていろいろと不安なら、移住すればいい――とは簡単に言えても、いざ実行するには相当なコストが発生する。
出て行くのは自由、しかし移住先で受け入れられるかは未知数。最悪は路頭に迷うこととなってしまう。
そんなリスクを負ってまで村から出て行こうと不安が積もるより、定期的に騎士団が訪ねてきたら安心感が全然違う。
ユウトは察しに察し、試行を巡らせ続ける。
だが妙な光景で、ユウトが真剣に考えていながらも、フェリスはマキナに抱き付いて頬をスリスリしていて、マキナは優しい表情で右手はフェリスを抱き左出て頭を撫で続けていた。
ここに、家に帰ったらリリィナも加わるのだから、女子限定の花園が完成。自分の居場所はそこになく、輪の中に入るのは謎の想いが邪魔をしてできない。
数日間の過ごし方をどうするべきかを考えなくては、と使命感が湧き上がってきた。
「じゃあじゃあ、せっかくだしみんなで夕方ぐらいまでお話しようよっ」
「いいわね。それぞれの軽い自己紹介をしましょう」
「私も賛成だ。ユウトのこともいろいろと興味が湧いてきたからな」
「そう言ってもらえると嬉しいけど、俺は誰もが納得するほどの凡人だから何も期待しないでくれ。本当に、可哀想な存在だからお手柔らかにしてもらえると助かる」