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第15話『少女から受ける、戦いの手ほどき』

 朝を迎え、朝食などを済ませたユウトは集合場所になっていた、湖の小屋前に。


「――さて、お手柔らかにお願いします」

「心配する必要はない。手加減はする」


 そして、ユウトとマキナは互いに木剣を握り向かい合う。


 洗濯をしてもらうためユウトはヴァーバから上下が別の浴衣のような服に着替えており、マキナは軽装備を全て外して身軽な状態。


「まずは一撃。飢えから攻撃するから防いでみてくれ」


 そう言いながらマキナは前進する。


「本当に優しいじゃないか、そういうの助かる」

「では――」

「いったぁ!」


 スタスタとゆっくり歩いてくるマキナが剣を持ち上げたのを確認し、剣を横にして防いだ。『初心者相手なのだから、発言通り手加減してくれるだろう』『筋トレやトレーニングをしていたわけではないが、これぐらいなら防げるだろう』という軽い気持ちで。


 しかし、結果は違った。


 ユウトの手にかかった負荷は、握っていた木剣を地面へ落とすには十分な物であり、その感覚は『剣を手放した』というより『剣を奪い取られた』という表現の方が正しい。

 情けなくも痛みに顔を歪ませながら、起きた事実を受け入れられずに地面へ転がる木剣へ視線を向ける。


「手がジンジンして痛すぎる」


 そう素直な感想を述べた後、顔を上げて澄ました顔をしているマキナへ視線を向けた。


「い、今のが手加減……?」

「一応はした。力量を図るためにも、多少は力を加えたけど」

「全然お手柔らかじゃねぇ……」

「だがユウト。元の世界では必要がなかったとは思うけど、この世界で生きていくのであれば、なぜ剣を握るのかを考えてみるんだ」

「そりゃあ身を護るためだろう?」

「ああ、そうだ。だが、もっと深く考えてほしい。敵意を向けてきている相手を、身を護るためにどうするのか。人間なら言葉が通じることもある。しかし、そうじゃない相手だった場合」

「命を奪う……か」

「そうだ。もしかしたら傷を負わせたら相手が逃げるかもしれない。だがそれを逃がした場合、その後は、また次は? いずれは命の駆け引きをしなければならないときが必ず来る」


 突きつけられた今の現実に思い詰める……には、まだまだ何も経験していない。

 言葉の意味を理解していないわけではないが、やはり平和な国に生まれ生活していた学生であるユウトにとっては、まだまだ遠い世界の話みたいに感じてしまう。


「正直、あんまり実感が沸かない話だ」

「まあそうだろう。かく言う私も、『国を護る覚悟ができている』と日々鍛錬に勤しんでいても実戦経験はない。だが、だからこそ肝心なそのときに力を振るえるよう心掛けている」

「俺にはそんなご立派な意志や目標がないからな。不貞腐れてるわけじゃないが、凡人の俺はそのとき・・・・が来たら『これが運命だ』と必死に逃げて終わるだけだろうな」

「そう思うのも自由だ。でも、こうして訓練をしようとしているということはいいことだと思う」

「まあ、さすがに無抵抗のまま死にたくはないからな。がむしゃらに今の自分ができることをやってみたい」

「じゃあ続きをしよう」

「頼む」


 手の痛みが引いてきたところで、指南を再開。

 マキナも初手ほどの力を込めることはなく、回数を増やしていく。

 しかし実力差が埋まることはなく、蓄積されていくのは経験と言うよりは痛みの方が圧倒的に上回っている。


 それでも惨めな姿だけを晒すわけにもいかず、ユウトは不器用にも攻撃の一手を講じてみるも、防がれることもなく全ての攻撃を回避されてしまった。


「――はあ、はぁ、はぁ……やっべえ、さすがに体力の限界」

「じゃあ少し、休憩も兼ねて別のことを試してみよう」

「そうしてもらえると助かる」


 ユウトはドサッと地面へ腰を落とし、胡坐あぐらをかいて荒い呼吸をなんとか整えようと試みる。


「ユウトは【魔法】と【霊法】、どちらも使えないと聞いた」

「ああ、悲しいことに微々たる可能性もなかった」

「可能性の話だけ言えば、まだある。練習を重ねていくうちにできることが増えるかもしれない」

「そういうものなのか? フェリスたちに聞いた話じゃ、この世界ではどっちも使える人が多くないって話だったが」

「事実、その結果には間違いがない。だが、それを使えるというだけで人々からの目が変わるものなのだよ」

「どういうこと?」

「魔力を水に変えられる、火を点けられる、風を吹かせる。便利だし何かと役に立つものばかりだが、それだけに労働力としてしか見られなくもある。それだけでなく、人によっては気味が悪いと感じる人も居る」

「いやいや、便利って話は理解できるが、誰だって可能性があるんだったらみんな一緒じゃないのか? しかも働き口がみつかるならいい話じゃないか。最後のはまあ、言いたいことはわかるが」


 マキナは少し目線を地面へ落とし、再びユウトへ戻す。


「正しくは『労働力として酷使され、監禁される可能性があるから』と言った方が伝わりやすいだろう。誰にでも可能性はあるが、それには鍛錬と試行錯誤が必要だ。だが、お金や権力の中で育ってきた人間がそれをするだろうか?」

「……いや、していても極めて少ないだろうな」

「そういうことだ。そして、このような場所でも使える人が増えない理由は別のところにもある」

「別に?」

「【魔法】【霊法】が使える人間は、少なからず一般的な人間よりは戦闘力が高いだろう? そうともなれば、危ないところへ行かされたり嫌がられる仕事を押し付けられるものだ。そして、責任感が強かったり行き場所に困っている人間は、それを断れない」

「はぁ? 自分たちは毛嫌いしておいて、嫌なことを押し付けるなんて酷すぎるだろ」

「たぶん、論理的にはみんなわかっているんだろう。しかし、誰かがどうにかしなければならない事実は変わらない。せめてもの、迫害されないだけマシと思うしかないんだろう」

「あまりにも理不尽すぎるだろ」

「そうだ、この世界は理不尽に満ち溢れている。戦わなければ死ぬ、しかし力ある者は遠ざけられる。しかし、力ある者は力なき者を救わなければならない」


 いつの世も理不尽が尽きない、とユウトは両方の世界を比較する。

 しかしどちらも簡単には結論付けられるものではなく、どちらが大変だ、とも言えはしない。

 自分に力があったのなら、と思うも、それは必然的に人々から忌み嫌われることを意味してしまう。


「孤立する最強とは、まさにこのことなんだろうな」


 誰もが憧れるその存在は、いつもどこでもどんな物語でもそこに行き着くことを思い出す。


「まあ、な。私はまだまだその域に達することはできないから真の意味で理解はできないが。さて、そろそろ動けそうか?」

「残念ながら、日ごろの運動不足が祟ったかもう少しだけ休みが欲しい」

「恥じることはない。私も最初はそうだった。訓練の際中、何回か骨も折られた経験もあるし」

「怖いことを言うのやめてもらっていいですか?」

「冗談ではないのだがな。では、話の趣旨を変えるとしよう」

「ああ、そうしてもらえると助かる」

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