再び解体所へ戻ってきた4人は、魔物より先に地上へ降り立つ。
「先に謝っておくけど、ここから俺は完全にお荷物でしかなくなる」
「それは元より承知のことだろう」
「うわ、ひどっ。事実だとしても直球で辛辣すぎるだろ」
「まあまあユウトっ、私が護ってあげるから」
「ふふっ、わたくしからしたらいつだって頼もしいですよ」
「うおおおおおおっ! 何もできないけど何かできそうな気がしてきたー!」
もしも気力のゲージが可視化できていたのなら、激ミリから一気に最大回復していたのを確認できていたであろう。
しかし、そんな呑気に話していられる時間は無限ではなく。
後追っていた魔物が呼吸を荒げながら到着し、一気に緊張感が全員を覆う。
「私が前に」
両手を前に構えて少しだけ腰を下ろすフェリスが右、怯えを抑えるように木剣を両手で握り締め続けるユウトを真ん中に、不慣れながらも常に【魔法】を制御しながら体を浮かせるリリィナを左。
作戦の要となる矛と盾を担うマキナが前へ出て、赤目で獰猛な牙を剥きだす大狼の魔物と向き合う。
『ようやく諦めがついたか』
「いいや、勝機を見出しただけだ」
『ほう。あの少年が勝機というのなら、俺は既に負けているはず。だが、そうではなく後方に待機している?』
「そうやって情報を聞き出そうとしているのだろう。その手口、私には通用しないぞ」
魔物は荒々しく息を漏らし、優勢ではあるものの思い通りにいかない現状に苛立ち始めている。
しかも、劣勢であるはずの人間側が「勝機を見出した」と言い出すのだから、なおのこと。
一番の獲物が自ら近寄ってきたというのに、食い殺すことのできないことも相まって。
人間側はプラン通り、リリィナがマキナの防御と攻撃に使う風の【魔法】をしようしており、フェリスは自分とユウトとリリィナを守る準備を整えている。
「さっきと同じと思わないことだ――!」
マキナが飛び出すと同時に、リリィナが風で背中を押す。
『ふん――な、なにぃ!?』
「言っただろ、さっきまでの私とは違うのだと」
マキナは魔物の元へ辿り着くと同時に剣を振り下ろし、元の位置へ戻る。
魔物は先ほどと同様に分厚い体毛を【魔法】によって硬質化したのだが、風によってつけられた勢いと剣撃に乗せられた風によって、体毛を貫通させ出血してしまう。
少しだけ心の余裕がなくなっていたとはいえ、俄かには信じられない状況に驚愕を露にした。
『な、なんだと……だが』
「自己回復、か」
分厚い皮膚にできた斬り傷が徐々に塞がっていく。
『少しは焦ったが、所詮はその程度か。勝機とは随分と程遠いものだな』
「まだまだ始まったばかりでしょ? 随分と気が早いのね」
『減らず口が』
生意気な小娘に情緒を乱されるも、自分が勝つ未来を容易に想像し始める。
なんせ、見た目だけは豪快だった風に乗っての強力そうな攻撃で傷ついたものの、思っていた以上に深手を負うことはなかったから。
それに加え、魔物の特性などを理解しているのなら手の内を出し過ぎるのは悪手と知っている相手が、有効な初撃で手加減をするはずもない。
であれば、最大限の好機を逃したということになるのだから。
しかし、攻めきれないのも防ぎきれないのもまた事実。
「す、すげえ迫力のある戦いだ。フェリスとリリィナって、めちゃくちゃ強かったんだな」
「私も驚いてるよ。詠唱もなしにここまで【霊法】を使えるんだもん」
「わたくしも同じです。こんなに繊細かつ強力に【魔法】を使用できるなんて、思ってもみませんでした」
「これなら、作戦通りにいけそうだ」
と、優勢な現状に平静を保っているように見えるが、ユウトは今もドッドッドッドッとうるさい動悸が鳴り止んでいない。
何度も手汗をズボンで拭い、暑くもない気温だというのに背中の汗はびっしょり状態となっているほど。
内心では「俺の作戦なんか関係なしに、このまま解決してくれないか」と、これから待ち受ける重役の責を避けられるのではと淡い期待をしている。
そんな最中、マキナと魔物は激しいぶつかりを継続中。
先ほどまでの完全な劣勢はすでになく、互いに間合いを見極めつつしっかりと対抗できている。
しかし、マキナが動き、魔物がそこまで攻めない、という戦い方は変わらないことから体力の低下が如実に出てきてしまった。
「――はぁ、はぁ……」
剣を正面に構えて姿勢を崩さず、呼吸を整えながら唾を飲み込む。
『どうした? 何度も傷をつけることができても、やはり決定打がないではないか』
「さあ、それはどうかな」
『そろそろ茶番に付き合う必要もないだろう――たしか、こうだったか』
魔物は姿勢を低くし、体に風を纏わせ始める。
「い、いけない――!」
『遅い』
なんと、魔物はマキナが受けていた風の補助を真似されてしまい――。
「はぁっ?!」
マキナを通り越し、ユウトの前へ飛び込んで行く。
「う、嘘だろ!?」
『ご馳走を前に待たされ続けるのはごめんなんでねぇ!』
着地と同時に、魔物は大きく口を開けてユウトへ迫る。
ユウトは成すすべなく、唯一の握っている木刀を下ろして左腕で顔を覆うことしかできない。
「ユウト!」
「ユウトさん!」
間一髪のところでフェリスとリリィナがユウトと魔物の間に風と氷の障壁を作るも――。
『邪魔だ!』
勢いそのままに風を身に纏った魔物がぶつかり、薄く小さい障壁はいとも簡単に砕かれ、ユウトは後方へ吹き飛ばされる。
「がっ――ぐっ――がはっ――」
何度も地面を強打しながら激しく転がり、勢いが収まる頃にはありとあらゆるところが切れて出血し始める。
一同に動揺が走る。
ユウトへ向ける心配の気持ちと、作戦の要である人物が地に伏せてしまった事実に。
しかし迷っていられる時間の余裕はなく、体と思考を止めてしまうと魔物の狙い通りにユウトの命が危うい。
「はぁーーーーー!」
「よくもユウトを――!」
「許しません!」
マキナは感情を押し殺して斬りかかり、フェリスも【霊法】で氷を飛ばしつつユウトの前へ障壁を作り、リリィナは自信をそのまま浮かちつつユウトへ回復。
『鬱陶しい!』
魔物の言う通りに決定打がなくなってしまった3人は、それでも攻め続けるしかない。
「くっ! 攻めきれない!」
マキナの剣は、補助が加わって間違いなく届くようにはなった。
しかし硬質化と自己回復を繰り返し続けられると、体力が削られるのは一方的。
だが、この場に居る全員が忘れていること――いや。
「――若いなら、もっと気張るのじゃ!」
『は――』
「村長!」
「こうやるんじゃいっ」
ぶっ飛ばされて気を失っていた村長が、まさかの登場。
3体1で苦戦していた魔物を、その拳1つでぶっ飛ばしてしまった。
『こ……この、老いぼれめ』
「やられたらやり返す。当たり前のことじゃ」
魔物は、とんでもない衝撃と勢いで隣家へ突撃し、ぶつかって倒壊した瓦礫から這い出てくる。
「なんだなんだ。知らない内にいろいろと凄いことになっているようじゃが……一番の驚きは、ユウトが戻ってきたのか」
「村長、今は魔物が弱体している状態です。一緒に攻め続けてください」
「マキナが居るのも不思議じゃが――わかったわい」
「ですが村長」
「なんじゃ」
「ユウトが解決の鍵です。合図があったら、あいつの動きを2人で完全に止めましょう」
「肝心のユウトが居ないようじゃが、大丈夫なのかい」
「ええ、思っていた以上な男のようなので」
「珍しいこともあるようじゃの。わかったわい。老体に鞭を打ちながら頑張るとするかの」
ヴァーバはマキナへ興味深い目線を送り、体が完全に回復しきって歩き向かってくる魔物へ目線を移した。
「――いってぇ……」
全身を襲う痛みと熱を感じ続けるユウトは、ギリギリのところで意識を失っていなかった。
だから、あのとき感じた回復の温かさと今も尚激しい戦闘を繰り返している音が耳に届いている。
思っている以上の回復速度に驚くも、そんなことを意識し続けられないぐらいの恐怖が前進を襲っていた。
(みんなは今も、必死に戦っている。この回復だって、リリィナがみんなを守りつつやってくれているんだろう。だから俺も、動けるようになったら役割を果たしに行かないといけない)
ここまで来て、自分から作戦を伝えたのにもかかわらず未だに踏ん切りがつかずにいるユウトは、既に立ち上がれる状況でも地面へ伏せ続ける。
(あんな鋭い爪に裂かれたら腕なんてスパッと切り落ちるし、獰猛な牙で噛まれたら体を食いちぎられるに決まっている。そんな相手に、俺が近づいて口の中に木剣を突っ込むなんて、どう考えたって無理だろ)
やらなくちゃいけないとわかっていながら、今でも心の中では「もしかしたら自分の出番は来ない」と期待してしまっている。
だが、ユウトはそうは思っていてもわかってはいた。
期待通りに物事が運んでいるのなら、既に決着はついているし、少なくとも攻防を繰り返す音は鳴り止んでいる。
そうではないからこそ、周りが壊れる音、地面を滑る音、叫び声が響き渡っているのだから。
「……」
もはや体が痛い、という言い訳ができないほど癒えているのを感じ、地面に手を突き、膝を立ててゆっくりと立ち上がる。
(別に、俺は物語に登場して人々を救うような英雄になりたいわけじゃないし、そんな大層な存在に成れやしない)
下半身の土や砂を払い、次に衣類、手、顔に続け、最後に顔を順番に沿って行う。
「凡人は凡人なりに等身大な決断と行動を――」
ユウトは覚悟を決め、歩き出す。
「みんな!」
「――村長! 今です!」
「おーう!」
ヴァーバは魔物に抱き付き、持ち上げる。
『な、なんだぁ!?』
「案外、肌触りがいいんじゃのぉ!」
『放せー!』
魔物は地面に4本全ての足が着かず、ジタバタと暴れるも。
「はぁあああああっ!」
『ガッ――』
マキナはその隙を逃さず、魔物の下顎を斬り落とす。
「ユウト!」
「やってやる、やってやるぞおおおおおおおおおおっ!」
ユウトは駆け出し、不器用に格好の悪い走り姿を晒しながら距離を詰め――。
「おらぁあっ!」
もはや成功できない方が無理な状況で、転びそうになりながらも最後は木剣を魔物の喉奥まで突き刺した。
「スキル【吸収】――! 2人とも!」
「うんっ!」
「はい!」
フェリスとリリィナも駆け寄り、ユウトの背中へ手を触れる。
ユウトは、なんとか背中に極々小さな水滴をイメージし、【魔法】を発現。
服に染みた水滴を吸い出すように、2人は背中側に巨大な氷と濃密な風を生み出し続ける。
「もっと、もっと――もっと!」
『わうあをだをの』
魔物は四肢を封じられ、下顎がなくなって噛みつくことができなくなっても諦めずに抵抗を試みる。
最後の最後、自分の意志で動かすことができる尻尾を硬質化させ、ユウトの心臓を貫こうとするも。
「させない!」
『んああああああ!』
マキナが剣で止め、命の危機に肝が冷えたユウトはスキルを発動させて【魔法】を発現させ続ける。
「どんだけ体の中に【魔力】を蓄えられるんだよぉ!」
「いいから続けろユウト。全てはお前に掛かっているんだから」
「わかってるって!」
池から水を抜ききるほど無謀な挑戦は、なおも続く。
「こいつも回復できていないみたいだし、効果はあるみたいだ!」
「ユウト、もっと頑張って!」
フェリスとリリィナの背後には、自分たちの3倍はある塊ができ、まだまだ大きなり続ける。
「最後は、わたくしたちの想いもぶつけさせていただきます」
「ああ、とびっきりのマジでデカいのを頼む」
「マジでやってやります」
『んあああああああああああああああああああああ! ああああ――あああ――あ、あ――――』
マキナが受け止めていた尻尾が力なく垂れるのを目視し、加えて頭部の力が抜けるのを確認。
「マキナ、村長、離れよう!」
ユウトは木剣を引き抜き、合図の通りにこの場から離れる。
「私とお父さんお母さんの分!」
フェリスは、自身で形成した巨大な氷の塊を投げ、
「わたくしとお父さんお母さんの分!」
リリィナは、それを加速と威力を増すために風を纏わせる。
『――――』
事切れるように地面に横たわった魔物へ直撃し、巨大な塊は壮大な衝突音の次に砕け散り、そこにはもう生物と言えるかたちはなくなっていた。
「や、やった……やったーっ!」
ユウトは作戦の大成功を噛み締めるように高らかに声を上げた。