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第24話 運命……?

 痛みで目が覚めた。


 うなじがジンジンと熱い。昨夜のことを思い出すと、嬉しいような恥ずかしいような、とにかく宗一郎さんの顔を見ることが出来なくて、僕は逃げるように家を出た。


 学校へ行く途中で、体がギシギシと痛むことに気づいた。下半身にも違和感がある。


 教室へ入ると、僕のうなじを見たクラスメイト達が目を剥いた。かなり赤黒く変色しているらしく、保健室で手当てしてもらうことになった。


 皆は「痛くないのか」「大丈夫か」と心配してくれた。


「ありがとう、平気だよ。なんだか、強く噛まれてしまったみたいで……」


 αにうなじを強く噛まれて、痛みに憂いているΩの雰囲気を醸し出しているが、内心は満面の笑みで拳を突き上げている。


 やっと番になれたのだ。これからは堂々とうなじを晒して歩くことが出来る。


 しばらくの間、僕はひたすらウキウキしていた。


 宗一郎さんからの返信がないのに、それを気にも留めず、浮かれた僕はメッセージを送り続けていた。



◇◇◇



「よろしゅうございましたねぇ」


 タクシー代わりにしている須王家の車の中。運転手が目尻を下げるのをミラー越しに見る。


 運転手の辻は、僕のうなじを目にする度に涙ぐんでいる。


 彼は涙もろい。噛み痕のある僕のうなじを見てから、もう何日も経っているというのに、未だに路駐して洟をかんでいる。


 おかげで車の進みはかなり遅い。学校に遅れないか、僕はちらりと時間を確認した。


「体調も良いようですしね」


「うん、すごく元気だよ」


「やはり、遺伝子の相性というのは大事なのですねぇ」


「遺伝子……?」


 何の話だろう。


「でもまさか、探していた相手が同じ学校に通っていたなんて、運命のようですね」


 涙目で辻が頷いている。


 探していた相手? 運命? 


「どういうこと? 遺伝子って、何の話なの」


 僕が問うと、彼は「柊さまは、ご存じ無かったのですか」と言ったきり、しばらく黙り込んだ。


 それでもしつこく、何度も問いただすと彼は観念したように口を開いた。


「遺伝子の相性の良い相手と番になること。それが免疫不全を治療する上で一番良い方法なのだそうです」


「……どうやって、宗一郎さんに辿り着いたの?」


 俯く辻を見て、なんとなく見当はついた。


 須王の力を使ったのだろう。そういえば、僕に見合いの話があったとき「とても良い相手」だと祖父は言っていた。てっきり、家柄のことだと思った。


 でも、宗一郎さんの家は普通のサラリーマン家庭だ。須王に縁者がいるわけでもない。


 どうして自分の見合い相手が彼だったのか、疑問に思わなければいけなかったのだ。



◇◇◇



 放課後、図書室でぼんやりしていると「もう下校時間だぞ」と教師に声を掛けられた。


「須王か。春名……じゃない、ええと、君の旦那さんは元気か?」


「あの……?」


「俺は、あいつが三年生のときの担任だ」


「そうだったんですか」


 教師がちらりと僕のうなじを見る。


「幸せにやっているなら、良かった。進路のことは、俺としては残念だと思ってたけど。まぁ、須王の会社ならやりがいもあるだろうしな」


「進路って、宗一郎さんは……」


「聞いてないか? あいつは卒業後、就職して競技を続ける予定だったんだよ」


 そうだ。宗一郎さんは体育科で、陸上部に所属していた。長距離が専門で……。


「よくひとりで残って練習していたな。なんとか入賞も出来たし……。でも、そうか、須王には言ってなかったのか」


 知っている。入賞したことも、すごく練習していたことも。どうして忘れていたんだろう。僕はこの場所で、彼の走っている姿をずっと見ていた。


 凄く楽しそうに走っている姿を見て、僕は宗一郎さんを好きになったのに。



◇◇◇



 玄関の扉を閉めると、自然と涙が溢れてきた。


「僕のせいだ……」


 宗一郎さんが夢を諦めたのは。


「どうしよう……」


 力が抜けて、その場にしゃがみ込む。


 知らなかった。


 何も知らず、ただ宗一郎さんと一緒にいられることが嬉しくて浮かれていた。


 彼の目に、僕はどう映っていたのだろう。周囲に与えられるだけの、無知で傲慢で、愚かなΩに見えただろうか。


 せめて須王に生まれなければ良かった。免疫不全に苦しむただのΩだったら、宗一郎さんの夢を奪ったりしなかった。


『お前が悪いんじゃないって分かってるけどさ。あいつが頑張ってるの見てたから、納得できないんだよな』


 いつかの、鈴江の言葉が蘇った。やっとその意味が分かった。


 ごめんなさい、と何度も心の中で詫びる。いつまで経っても、涙は止まらなかった。


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