日本に到着して空港を出ると、迎えの車が停まっていた。
「お荷物、お預かりいたします」
「あ、お願いします」
運転手が仰々しく頭を下げながら、俺のボストンバッグをトランクに入れる。
取締役に就任したばかりで役員待遇に慣れない。運転手と同じくらいペコペコと頭を下げながら荷物を渡してしまった。
停まっていたセダンの後部座席に乗り込むと、車は滑らかに動き始めた。
本革のシートの座り心地はあまり良くない。自社製品が悪い訳ではなく、俺が高級車に乗り慣れていないからそう感じるのだ。
無事に経営統合が完了するまで、四年かかった。
不祥事が次々に明るみに出たせいで、その対処に追われ続けた四年間だった。途中で何度か投げ出したくなった。日本に帰りたい、家族と一緒に暮らしたい。
そう思いながら必死に働いた。柊が送ってくれる子供たちの写真や動画が心の支えだった。
激務のせいで、俺はかなり痩せてしまった。
周囲の人間からも指摘されたが、自分が一番よく分かっている。高校生の頃、あんなに体を絞りたいと思いながらも全く痩せることが出来なかった。
それなのに今が一番、理想のランナー体形に近い。皮肉な話だ。
空港から直接本社へ行き、いくつかの会議を終えて解放された。やっと終わった。
しばらくは休暇が与えられているから、その間はできるだけ家族のために時間を使いたい。スマホの中にある写真を眺めながら、俺はふっと肩の力を抜いた。
◇◇◇
社宅に着いたのは昼過ぎだった。エントランスから、ザッザッという音がして思わず足を止める。
おんぶひもで幼児を背負い、抱っこひもで赤ん坊を支えている状態で、豪快にホウキを振り回している人物がいた。
よく見なくても分かる。間違いなく自分の配偶者だった。
「……あ、あの、柊?」
「あれ? 宗一郎さん、もう帰ってきたんですか? てっきり夜になると思ってたんですけど」
「ああ、うん。えっと、何をやってるの」
「掃除です。今週、当番なんです」
社宅に掃除当番があることを知らなかった。
「俺が代わるよ」
「もう終わるので大丈夫です」
柊は豪快かつ器用にホウキを扱い、落ち葉をかき集めている。
「一花、ここにちりとり持って来て」
柱の影から、ちょこんと顔を出す。写真や動画で見慣れた顔だ。両手でちりとりを持って、トコトコと柊のところへ歩いていく。
「掃除当番があるなんて知らなかったな」
「最初は僕も知らなかったんです。住人の皆さんが気を遣って、当番の名簿から僕たちを外してたみたいで……」
「まぁ、気は遣うだろうな」
逆の立場を想像すると理解できる。
俺は落ち葉をゴミ袋に入れて、収集所に持って行った。途中で何人かの住人とすれ違ったので「こんにちは」と普通に声を掛けたが、全員に仰々しく頭を下げられた。
エントランスに戻ったら、柊は住人たちと立ち話をしていた。普通に会話しているように見えたので、後で聞いたら「慣れですよ、初めは気を遣われて遠巻きにされてましたけど」と笑っていた。
「だったら、次から掃除は俺がしていいか? その方が住人たちも、俺に早く慣れてくれると思うし」
「じゃあ、これからは宗一郎さんが掃く係ですね」
「他にも係があるのか?」
「一花がちりとりの係です」
なるほど、それで一花がちりとりを持っていたのか。トコトコ歩いていた我が子を思い出して頬が緩む。
それにしても、柊のホウキの扱い方は豪快だった。安物のホウキをぶんぶん振り回す様は、須王のお坊ちゃま感が皆無過ぎた。
思わずふき出してしまう。悪いなと思いながらも笑いが止まらない。柊は「どうしたんですか? 何が面白いんですか?」と不思議そうな顔をしながら、俺のことを見ていた。