柊がまだ高校生だった頃の、凛とした横顔を思い出す。
「図書室にいる柊を俺はときどき見ていた」
「僕のこと……?」
「うん。校庭のトラックから図書室がよく見えたんだ。柊がそこで勉強していることを知ってた」
薄いフレームの眼鏡をかけて机に向かう柊が、少し大人びて見えたのを覚えている。
「初めは一生懸命な子だなって思った。柊は有名人だったから、Ωであることも学校を休む理由も分かってた。それでも成績が良いから凄いなと思った。俺はその頃、全然タイムが伸びなくて、大会でも思うような結果が出てなかったから余計にそう感じてた」
彼のことが気になり始めたのは、いつの頃からだったんだろう。
「机に向かっているときの顔と、周囲に人がいるときに見せる顔が違うような気がして、本当はどんな子なんだろうって考えるようなった」
そうしていつの間にか、心の中に柊がいた。
「気づいたら柊がきらきらしてたな」
「きらきら……」
「何ていうのかな、雪の結晶みたいな……」
彼を見る度に冬を連想していた気がする。
「……僕も、宗一郎さんがきらきらして見えました。お見合いのとき間近で見たら、もの凄く整った顔立ちをしていたので」
柊が懐かしそうに目を細める。
「実はその前から宗一郎さんのことは知っていて、図書室からこっそり見ていたんです」
「え、そうだったのか」
「初めは、陸上部という集団を見ていました。あんな風に走れたら気持ち良いだろうなって、羨ましく思いながら勉強の合間に窓の外を眺めていたんです」
あの頃は、走ることも出来なかったのか。
「なぜ、宗一郎さんだけを見るようになったのか……。どうしてだったんでしょう。一番楽しそうだったからかな? 気づいたら、周りのひとは見えなくなっていました」
柊の小さな手が、そっと俺の背中に回る。
「カフェテリアの入口に、宗一郎さんの記事があるのを見つけて……」
高校時代、一度だけ大会で入賞したことがあった。おそらくそのときに貼り出された記事のことだろう。
「僕その記事、持ってるんです。ずっと、今でも持っています」
ぎゅっと腕に力を入れて、柊が抱き着いてくる。
「ずっと宗一郎さんに想われたかった。想われないことが苦しかった。子供ができて、家族としての絆が出来れば、それで良いと思いました。恋人みたいになれなくても、想われなくても……」
泣きながらひくひくと喉を鳴らす柊が可哀想で、小さな後頭部を優しく撫でる。何度も撫でた。
「もっと早くこうすれば良かったのに……俺が情けないせいで辛い思いをさせたな……。ごめん。本当に、ごめん」
柊の髪を梳きながら詫びる。
俺の腕の中で、身じろぐように柊はかぶりを振った。
「それは僕も同じです。この先ずっと、こうやって話をしたり抱き合ったりできるなら、僕はもうそれでいいです。夢みたいに幸せだから」
柊の溢れる涙を指で拭った。どれだけ拭っても、涙が頬を伝う。
「柊が好きだよ」
「僕も、宗一郎さんが好きです」
柊の顔は泣きすぎて腫れている。目は真っ赤だった。なのに、きらきらしている。
高校の頃と同じように、柊がきらきらして見えた。
◇◇◇
「どうして、先生と会っているの知ってたんだ?」
公園から帰る途中で柊に聞いた。
「買い物に行く途中、カフェにいるところを見たんです」
そうだったのか。
「テラス席で仲良さそうにしゃべってました」
じっとりした目で柊が俺を見る。
「や、やましい関係だったらテラス席は選ばないだろ?」
問い詰められて若干声が上擦った。潔白なのに焦ってしまうのはなぜなんだ。嫉妬されることに慣れていないからだろうか。
嫉妬……。間違いなく嫉妬だよな、これは。
何というか、単純に嬉しい。柊がやきもちを焼いているという事実に舞い上がる。むすっとした顔さえ愛しい。
「何でにやにやしてるんですか? カフェのテラス席とか、そんなのデートみたいじゃないですか。僕、一度だって宗一郎さんとデートしたことないのに!」
そういえば、柊とどこかに出かけた記憶はない。
「ごめんな? どこにも連れて行ってやらなくて」
謝っているのに顔がにやける。ぷんぷん怒った顔が最高に可愛い。
「部屋でコソコソ電話してるのも知ってるんですからね」
たぶん、寿司屋の予約を取れと言われたときの会話だ。
「子供たちの寝かしつけが終わってたから、小声で話してたんだよ」
「……こういうの、重いですか」
元気にぷんぷんしていたのに、急にしょんぼりになった。
「嫉妬してもらえるの嬉しいけど」
正直にそう言うと、柊が俺の腕に飛びついてきた。ぎゅっと腕を抱きしめて、それから手をにぎにぎする。
「……何してるんだ?」
「診察室で、先生にされてたので」
一生懸命に俺の手をにぎにぎする柊を見下ろす。これはかなりのやきもち焼きだ。でも、飛び上がるくらいに嬉しい。