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第39話 夜の支度

 家に帰ってすぐ、子供たちも戻ってきた。


「おなかちゅいたよぉ」


 蓮が柊の足に抱き着いて空腹を訴えている。


「ごめんね、ご飯まだ出来てないんだ」


 公園に長くいたせいで、何も準備が出来ていないのだ。


 柊は「これ食べながら待ってて」と蓮に小分けパックされたチョコレート菓子を渡している。


 エプロンをする柊に「俺も一緒に作るよ」と言ったが「すぐ出来るので大丈夫です」と断られた。


 さっきまでの甘々な雰囲気は消えて無くなり、柊は真剣な顔で野菜と格闘し始めた。


 ぷんぷんした顔、可愛かったなぁ……と思いながら子供たちの相手をする。


 さっそく涎を垂らしている葵の口元をきれいにしたり、おしゃべりな蓮に相槌をうったりする。蓮はかなりご機嫌らしかった。


「ざくろがねーすごくつよいの! すたーとどらごんが味方になってねーまんごすちんをやっつけた!」


 一生懸命に伝えようとしてくれるのだが、何の話か分からない。


 検索すると「フルーツ王国のぼうけん」というタイトルがヒットした。果物の名前を覚えるための幼児向けの絵本だった。


 あらすじを読んで話の展開を理解する。「すたーとどらごん」というのは、スターフルーツとドラゴンフルーツのことだ。


「りんごとか桃も出てくるんだろ?」


 主人公はりんごの勇者なのだ。桃はお姫様。


「りんごはへーぼんだよ」


 チョコレート菓子をモグモグしながら、辛辣な判定を主人公に下す。


「ももとくっつくのはね、ごちゅごうしゅぎっていうんだって」


 幼児向けなのだからご都合主義で十分だろう。


「……誰が言ってたんだ?」


「わすれた!」


 ニコニコしながら、最後のひとつを口入れる。おしゃべりに飽きたのか、今度はテレビに釘付けになった。


 一花はひとりで絵本を読んでいる。隣で蓮がはしゃいでいても黙々と読んでいるから、すごい集中力だ。


 抱きあげて膝の上に乗せる。わずかな重みと温もりに癒されていると「出来たよ!」という声がした。


 ミートボール入りのスパゲティとスープとサラダ。蓮は「みーとぼーるいっぱいいれてぇ」と柊のエプロンを引っ張っていた。


「ありがとう、早いな」


「ミートボールは冷凍していたものを使ったので」


 なるほど。


「おいひぃぃぃ!」


 口の周りをトマトソースで汚しながら、蓮がミートボールを頬張っている。


 食べ終わった後、柊に口元を拭いてもらっていた。食べたらすぐに「ねむたい」と言い出すのに、今日はやたらと元気だ。昼寝の時間が長かったらしい。


 葵は母乳を飲んで、しばらくするとすうすうと寝息を立て始めた。


 風呂から上がった一花も眠そうにしている。俺はスパゲティを茹でた鍋を洗いながら「そろそろ眠いだろ」と蓮に確認する。


「ねむくないよ」


 確かにパッチリ開いた目だ。早くしょぼしょぼした目になって欲しい。


 子供たちが寝たら、柊を自分の部屋に引っ張り込む気でいるのだ。「頼むから早く寝てくれ」と思いながら、蓮がベッドに入るのを待った。


 俺たちが寝たのは、柊がヒートになった時だけだった。愛し合う行為というより、発情期を鎮めるための手段という感じだ。


 甘いにおいを嗅ぐと興奮して、俺はいつも理性を失っていた。記憶が曖昧な部分もある。もしかしたら、酷い抱き方をしていたかもしれない。


 いつの間にかソファで寝落ちしていた蓮をベッドに運ぶ。柊は入浴中だ。子供たちと一緒に風呂に入っていたのに「もう一度、体を洗ってきます」と言っていたので、柊もおそらくそのつもりなのだろう。


 柊と入れ替わりで風呂に入った。湯船にはつからず体を洗ってすぐに浴室を出る。我慢出来ない。もう今すぐにでも寝室に行きたい。

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