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第42話 デート

 もうすぐ、俺の休暇が終わる。その前にデートに行くことになった。


 結婚して子供もいるのに初デートという響きが面白い。


 柊に「面白いよな」と言ったら「まったく笑えませんけど」と冷たい視線を投げられた。ぷうぷうと頬が膨らんでいる。


 これはまずい。かなり怒っている。


 どこにも連れて行ってやらなかったばかりか、先に秋里とデートまがいのことをした俺が完全に悪い。


 慌てて「初めてのデートでおすすめの場所」とか「失敗しない初デート」というワードで検索してデートの下調べを始めた。


 次の木曜日、子供たちが「読み聞かせ&お泊り会」に出かけた後、俺たちも準備をして家を出た。


 俺が選んだデートスポットは、関東近郊にある鄙びた温泉地だ。


 のんびり都電を乗り継いで行こうと思っていたのだが、柊が須王家から車を呼んでいた。運転手の辻はナビに頼ることなく、すいすいと車を走らせる。


「聞いたことがございます。田舎の小さな温泉地ですよ」


「田舎の温泉地かぁ……。豪華クルーズで船旅とか言い出さないところが、庶民的で宗一郎さんらしいですよね」


 柊はにこにこしながら俺の隣に座っている。俺を庶民的と言うが、柊も今や立派な庶民の一員だ。


 電車で行こうと計画していた俺に「電車代がもったいないので、タダのタクシーを呼びましょう」と提案してきた。


 タダのタクシーというのが、まさか須王家の黒塗りの車だとは思わなかった。


 辻には、せめて一日分の給金は支払いたいと思っている。


 こっそり彼に耳打ちしたら「旦那様から頂いておりますので」と丁重に断られてしまったのだが……。


 ちなみに旦那様というのは、柊の祖父だ。


 使用人の手を借りて、なんとかスマホを操作出来るようになったらしい。


 ときどきテレビ電話で一花や蓮と会話している。すぐに「欲しい物はないか? 何でも買ってやるぞ」と言うので、その度に「むやみに物を買い与えないでください」と柊に叱られている。


 一時間ほど高速を走り、目的地に到着した。


「どうぞお気をつけて、いってらっしゃいませ」


「ありがとう! いってきまーす!」


 深々と頭を下げる辻に、柊が元気に手を振る。


「辻さん、ひたすら待機するのって暇だろうな……。メシは誘って一緒に食べようか」


「運転手は待つことも仕事なので大丈夫なんです。それに、デートは二人でするものですからね!」


「そ、そうだな」


 口を尖らせている柊が可愛い。咎められているのにニヤニヤしてしまう。


 柊の手が俺の腕を取って、そっと身を寄せてくる。


 人通りもまばらなので腕を組んで歩いても恥ずかしくない。嫌というわけではもちろん無く、こういうことに慣れていないので照れてしまうのだ。


 今までずっと恋愛的なものから遠い生活だった。


 俺は仕事ばかりだったし、柊は子育てに追われていた。恋人期間をすっ飛ばして、あっという間に子供たちの親となり必死の毎日だった。


「……順番が逆だったな」


「幸せなことに変わりはないので、順番はどうでも良いです」


「そうか」


 俺の腕に、すりすりと頬ずりをする柊に心臓を撃ち抜かれる。

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