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第44話 まん丸ほっぺ

 食堂を出ると辺りは薄暗くなっていた。


「あれ? さっきより賑やかになってますね」


 柊の言う通り、商店街を行き交う人の数が多くなっている。


「もうすぐ始まるからな」


「え? 何がですか?」


 柊の手を引いて川を渡り、広場へ向かう。すでに明かりの灯るランタンを持つ人が何人かいた。


「あ! これって……!」


「今日はスカイランタン祭りがあるんだ。観光客を増やすためのイベントらしいけど、地元の人も多そうだな」


 カップルや家族連れの姿も見られるが、普段着で慣れた様子の参加者たちが目立つ。


 スカイランタンとは、熱気球の一種だ。天灯とも呼ばれる。底の部分はこの地域で伐採された竹が使用されているらしい。


 その上に大きな紙袋を固定する構造になっている。紙袋の内側の空気が熱せられて、周囲の空気より軽くなる。それでランタンが上昇するのだ。


 受付をするとランタンを手渡された。明かりを灯すと紙の袋が膨らんで、ゆっくりと浮いてくる。


 一斉に手を離すイベントなので、それまでは皆が掲げるようにランタンの底の部分を持っている。


 ひとつのランタンを柊と一緒に持つ。ゆらゆら揺れる灯りを見ていると、カウントダウンが始まった。


「どきどきしますね」


「そうだな」


 ランタンを見つめる柊の顔が明かりに照らされる。


 アナウンスの「それでは、どうぞ!」という声を合図に、手を離す。ランタンはゆっくりと俺たちの手を離れて上昇していく。他の参加者が放ったランタンと一緒に夜空にゆらりと舞い上がった。


「すごく神秘的ですね」


 うっとりしながら柊がつぶやく。


 夜空にたゆたう無数のランタンは、ほんとうに夢のような美しさだった。そっと柊の肩を抱く。柊も、ぎゅっと俺の腰に腕を回して抱き着いて来る。


 身を寄せ合って、ずいぶん長い間、幻想的な夜空を眺めていた。




◇◇◇




 初デートが無事に終わって数日後、俺の日本での気ままな役員生活が始まった。


 気ままといっても毎日出勤するし、帰りが遅くなる日もあれば、休日出勤をすることもある。でも、今までの勤務に比べたら心身ともに余裕がある。


 おかげで育児を柊に任せきりにしなくて済む。授乳は柊にしか出来ないが、それ以外は俺にも出来る。


「蓮、じっとして。暴れたら着せられないだろ」


 今朝の蓮の機嫌はあまり良くない。「おなかすいたもん!」と涙目になり、ジタバタ暴れている。


 なんとかパジャマを剥ぎ取って、蓮のお気に入りの恐竜ロンパースを着せる。慣れないうちは着替えをするだけでも一苦労だった。


 最近は手際よく出来るようになったが、俺の子育てレベルはまだまだ低い。


「朝ごはんもうすぐだからね」


 柊は朝食の支度をしながら、洗濯物を干して、一花の着替えを手伝っていた。二刀流どころか三刀流だ。敵うはずもない。


「どんなあさごはん?」


「クロックムッシュだよ」


「ちーずとろとろのやつ!」


 朝食が好物だと分かり、途端に機嫌が良くなった。足を交互に上げながら、小さな恐竜が喜びの舞を披露する。


 キッチンからはバターの良い香りがしている。柊は手早く食パンにハムとチーズを挟み、バターを塗ったフライパンで軽く焼いてクロックムッシュを完成させていく。


 蓮は全力でふぅふぅしながら熱々のクロックムッシュと格闘していた。猫舌なのは子供だからなのか、柊に似ているからなのかは分からない。


 一生懸命にふぅふぅしている頬はまん丸に膨らんで、完全に柊と同じだった。


 葵の涎を拭いてスタイを取り換え、頬をふにふにとつつく。


 一般的な赤ん坊と比べて、かなり頬の肉付きが良い気がする。一花もまん丸な頬が可愛いし、どうやら俺の家族はまん丸ほっぺがチャームポイントらしい。


 まん丸ほっぺに囲まれて俺は幸せだ。朝の慌ただしさも忘れて、俺はひたすら可愛い丸々ほっぺに癒されていた

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