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第46話 新しい家族

 巣作りの一部始終を宗一郎さんに目撃されてから数日後、僕に発情期が訪れた。


 兆候があってすぐに子供たちを預けた。本格的なヒートが始まったのは、その日の夕方くらいだった。


 宗一郎さんは会社を休んで一緒にいてくれた。一緒にっていうのは、もちろんベッドの中だ。僕たちは朝から延々と抱き合っていた。


 夜になって、ぼんやりしていた意識が少しだけはっきりする。


 宗一郎さんの大きな手が僕の背後に回っている。尻の肉をやわやわと優しく揉んだり、ときどき力を入れてぐっと掴んだりする。


「……お尻ばかり揉まないでください」


「尻以外も揉んで欲しい?」


 耳たぶを優しく噛みながら「どこを揉んで欲しいんだ?」と聞いてくる。宗一郎さんはエロ親父度が増したと思う。昔は爽やかなイケメンだったのに。


 まぁ、今も見た目だけは爽やか色男だけど。


「どこがいい?」


 甘い声で囁かれて、悔しいけれど濡れてしまう。


 宗一郎さんが、汗で額に張り付いた髪をかき上げる。その仕草に見惚れていると、からかうみたいに頬を撫でられた。ぷうっと膨らませてみる。


「可愛いなぁ」


 そう言って笑う宗一郎さんもめちゃくちゃ格好良い。悔しいから言わないけど。


 発情期は、だいたい三カ月に一度やって来る。


 宗一郎さんと離れている間は、ヒートになるのにも気を遣った。自分ではどうしようもないのだけど、日本に帰って来てもらうことに申し訳なさを感じていた。


 忙しさで疲弊していく彼を見るのは辛かった。


 あれはたぶん、三年前だったと思う。発情期の前触れがあったので、僕は宗一郎さんに連絡した。次の日の昼には帰国して、そこから翌朝までずっとベッドの中にいた。


 宗一郎さんのスマホが鳴って我に返った。


 おそらく仕事で何かトラブルがあったのだろう。電話で誰かと話をした後、彼は項垂れて「ごめん」と言った。


 ヒートが鎮まったことは、何となく自分で分かった。だから大丈夫。そう明るく言いたかったのに、ずっと喘いでいたせいで枯れた声になった。


「ぼくは、だいじょうぶです……」


 からからになった喉が痛い。


 宗一郎さんは「やっぱり置いていけない」と泣きながら頭を撫でてくれた。きっと、僕がまだヒートの最中だと思ったのだ。


 いま思い出しても胸が詰まる。


 あの頃はやせ細って痛々しかったけど、最近はすっかり元気になった。今朝も「今日も定時で帰るから!」と軽い足取りで出社して行った。


「一晩じゅう僕の中にいたくせに、体力あるなぁ……。αとΩの違いなのかな」


 羨ましいなと思いながら、ベッドの中でもぞもぞする。子供たちが帰ってくるまで、僕は甘い香りが残るシーツにくるまっていた。




◇◇◇




 しばらくすると、体調が優れない日が続いた。


 宗一郎さんは「免疫不全が悪化したんじゃないか」と言って、心配そうに僕を気遣ってくれた。


「もう免疫不全は大丈夫ですよ」


 何となく予感があった。


 二人で病院へ行くと、主治医の秋里が満面の笑みで迎えてくれた。


 ひと目で作り笑顔だと分かるくらいには、彼との付き合いも長くなった。


「これはこれは、おしどり夫夫ふうふさん。いらっしゃいませ」


 患者ではなく、まるで客を迎えるような態度だった。


 須王の家が高額な料金を払って特別個室を契約しているので、客といえば客なのだろうけど。


 宗一郎さんは怖いくらい真面目な顔で「柊の体調が悪いんだ」と秋里に訴えていた。


 僕は、検査を受けることになった。


「柊くん、妊娠してますよ」


 検査後、秋里がさらりと言った。「さすがはおしどり夫夫ですね」と付け足す。


「やっぱり。そんな気がしてたんです」


 思った通りだった。予感は当たっていた。もう四人目なので、何となく分かるのだ。


「え……? ほ、本当に……?」


 宗一郎さんだけが、あわあわと落ち着きのない様子で戸惑っている。僕の体調をかなり心配していたようだ。


 少し時間が経って、ようやく落ち着いたらしい。


「子供……! 良かった……!」


 四人目なのに、宗一郎さんは震えながら涙ぐんでいた。彼は意外に涙もろいひとなのだ。

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