妊娠が判明してから、僕の食事の量は圧倒的に増えた。
食べても食べてもお腹が減るのだ。朝は空腹で目が覚める。キッチンへ行くと、タイマーでセットしておいたご飯がちょうど炊ける頃だった。
大きめの丼鉢に炊きたてのふっくらご飯を盛り、焼いたソーセージと目玉焼きをのせる。目玉焼きに醤油を少し垂らすと、お腹がぐうぐうと鳴った。
「いただきまぁす!」
口いっぱいに頬張りながら、幸せを噛み締める。誰もいないキッチンで食べるズボラ飯ほど美味しいものはない。
炊きたてのご飯はつやつやしているし、目玉焼きの黄身はちょうど良いくらいに半熟だし、ソーセージはジューシーで、その全部が口の中で混ざり合うと最高のハーモニーを奏でるのだ。
「はぁ~もに~~! おいし~~!」
心の声が思わず口から出る。
「朝から元気だな」
宗一郎さんが眠そうな顔で起きてきた。
「宗一郎さんも食べますか? ソーセージ目玉焼き丼」
「俺はサラダとスープでいいかな」
体を伸ばしながら、宗一郎さんはケトルで湯を沸かし始めた。
「それだけだと元気がでないから、オムレツも食べてください」
彼の隣で、僕はフライパンにバターを投入した。チーズがたっぷり入ったふわふわとろ~りオムレツを作るのだ。
「……量、多くないか?」
ひたすら卵を割る僕を見て、宗一郎さんが驚いた顔をする。
「宗一郎さんと、子供たちの分と、余ったら僕も食べようかなぁって」
絶対に余るであろう量を作っているのだけど、大食いだなと思われたくないのでそんな風に言ってみる。
新婚でもないし、もう四人目がお腹の中にいるのに、恋心的な恥じらいの部分がまだ僕の中にある。
免疫不全に苦しんでいた頃の僕は、子供サイズの小さなお茶碗を使っていた。少量しか体が受け付けなかったのだ。症状が改善されてくると、普通サイズのお茶碗になった。
蓮を産んだあたりから大きめのものを使うようになった。子育ては体力勝負なので体の割にはよく食べるほうだと思う。そして、妊娠期間中はかなり大きめの丼鉢が僕のお茶碗なのだ。
でも、そのことを宗一郎さんは知らない。妊娠中は僕が入院しているか、彼がフランスにいるかのどちらかだった。
もじもじしながら、食べかけのソーセージ目玉焼き丼を何とか隠そう試みる。デートのとき食堂で大盛のミックスフライ定食を食べる姿を見せてしまったので、食いしん坊であることはバレているかもしれないのだけど。
「今度、食べ放題の店とか行ってみるか?」
マグカップに入ったスープを、スプーンでくるくる混ぜながら宗一郎さんが言う。
「たべほうだい……?」
食べ放題という夢のようなシステムの店が存在することは知っている。でも行ったことはない。
「一花と蓮は大丈夫だろうけど、葵は食べるもの無いかもなぁ」
「そ、そうですね……」
葵は最近、離乳食を始めたばかりなのだ。
「お坊ちゃまの柊が食べ放題とか、想像したら面白いな」
目を細めるようにして見つめられて、何だか凄く恥ずかしかった。
実際に行ったバイキング形式の店は、想像以上に夢の空間だった。美味しそうな料理が並んでいて、見ているだけでお腹がぐるぐると鳴った。
魚介たっぷりのパエリアを頬張りながら、サクサクの天ぷらを味わう。
ローストビーフ、生春巻き、チャプチェも順番に口に入れる。小ぶりな蒸し器の中には小籠包が入っていた。
「異国感が凄いな」
宗一郎さんは感心しながら、僕の食べっぷりを眺めている。
目が合って、思わず反らしてしまう。大食いだと思われたくはないのだけど、あまりの美味しさに我慢できずに食べてしまった。
口いっぱいにパエリアを入れてモグモグしていると「リスみたいで可愛い」と言われた。
「外で可愛いとか、言わないでください」
ふい、と顔を背けながら心の中で歓喜する。小柄なのに実は宗一郎さんより大食いで、妊娠してさらに食欲が爆発してるけど、彼には僕が可愛く見えているらしい。
葵はベビーチェアに座って良い子にしている。
宗一郎さんに茶碗蒸しを食べさせてもらいながら、ずっとご機嫌な様子だった。蓮は「好きなものが食べられる!」と大喜びしていたのに、ひたすらハンバーグと唐揚げを交互に食べていた。
「蓮、いろんなもの食べなくていいの?」
「すきだからいいの!」
絶対に口に入らないであろう大きさの唐揚げをなんとか押し込んでモグモグする蓮の姿に、思わず笑みが零れる。
一花は早々にデザートタイムに突入したようで、見た目にも涼やかなフルーツゼリーや、桜餅、モンブランを食べていた。
蓮と違って一口が小さい。「美味しい?」と聞くと「うん」とはにかみながら頷く。
可愛さにキュンとなる。
そろそろお腹が膨れてきたので、僕もデザートを味わうことにする。プリン、いちごのタルト、チーズケーキを堪能して、初めての夢の食べ放題を締めくくった。